第二十話 イッツおーとマティック
空は紺色から闇そのものへと移ろい行く。
マジックアワーは終わりを告げた。
一番星が東の空に眩い輝きを放っていた。
この戦いにはウロ・シュートは無意味だし、どうやら格闘戦しかなさそうだった。
俺はそれをよく頭に叩き込み、最後の作戦を練った。
「花音、アシストよろしく頼むぞ!」
「パパ、アイムビューティホードリーマー……むにゃむにゃ」
「ああ、寝ないで花音! デザートに日翔ホテルのプリンも付けるから!」
「覚醒! 獣も肥え! 人も肥え! 神も肥える!」
なんか知らんが起きてくれたようだ。
今度からナイトゲームの前には絶対にお昼寝させよう。
『大丈夫ですか? そんな状態で……』
ちょっと毒気を抜かれたような少年の声は、意外にも年相応だった。
「なーに、うちのエースパイロットはちょっとお目ざめに時間がかかるのさ。
とりあえず、花音、ごにょごにょ……」
俺は後ろに首を曲げて、内緒話をした。この際止むをえまい。
「了解! お任せあれ!」
「しかし花音、お前良く見えたな、奴の攻撃」
「耳を澄ませば! アンチステルス! 心眼!」
「そうか、音か!」
『気付くのが遅いですよ!』
「パパ! 上!」
「ラジャー!」
確かに花音の言う通り、攻撃前に顆崎リオン、じゃなかった風切り音がわずかに響いた。
俺は必殺・ガチャレバならぬガチャ乳首でがむしゃらに避けまくる。
『チッ!』という舌打ちが、通信機を通して耳朶を打った。
やっこさん、そろそろ焦っているようだ。
「ほらほら、どーした? お前の母ちゃん種付けブレスー!」
「サンオブアウルク-ハイ! 豕喙人! くっ殺大魔王! 苗床の子!」
『いら』
俺と花音のよく分からん一山いくらの安い挑発に、少年は切れかかっている。
さすが切れやすいお年頃だ。
「そんな単調な攻撃じゃあくびが出るぜ!
司令、今のうちにチクチンを探し出して下さい。
多分ホテルの近くにいる筈です」
『分かっておる!』
『うっ』
少年の焦燥感が鰻登りになっていくのが実感できる。
俺はひたすら目を凝らし、聴覚を研ぎ澄ませる。
夜風のなびく音に、一条のノイズが混じった。
視界の隅に、黒い影がよぎる。
「そこだ!」
ようやく捕らえた敵機目掛けて、俺は急降下していく。
『かかったな阿呆が!』
急に柄の悪くなった声とともに、漆黒の物体が軽やかにタ-ンし、俺の操縦するOBS目掛けて突っ込んでくる。
どうやら罠だったようだ。でも避けない。
「花音、踏ん張りどころだ、堪えろ!」
「ダイヤモンド! ひしゃげてやがる! アンチェイン!」
無防備にさらけ出していたマイOBSの腹部に、あちらの黒OBSの黒頭がめり込んだ!
『うおおおおおおおおお!』
「ぐおおおおおおおおお!」
激突の衝撃が全身に走るが、予想していたこともあり、耐えられない程ではない。
俺は咄嗟に両手を相手のOBSの両肩に回し、がっちりと掴んだ。
これで逃げることは出来ない。鬼ごっこはお終いだ。
「喰らえ、新必殺技・ガストリック・ジュース!」
「げぼおっ」
『ぎゃあああああああああ!』
遂に限界を超えた我らがOBSが、盛大にゲロをぶちまける。
かかったのはもちろん、黒OBSと、その背に負ぶさった黒い肌の少年だ。
彼は右手に、丸めてある長い長い管の付いたプラスチック製のボトルを持っていた。
あれこそが高圧浣腸に使用する容器、イリゲーターとやらだろう。
彼は新必殺技の酷さに堪え切れなくなったのか、ついその手を離してしまった。
『ああっ!』
無情にも容器が、遥か彼方の地上へと遠ざかっていく。
慌てて追いかけようにも、もはや操縦すらままならない。
胃液は別に黒OBSや少年を溶かすことは無かったが、一時的なショックを与えるには十分だった。
『参りました……』
少年ががっくりとうなだれた。
俺達の勝利が確定した瞬間だった。




