第百八十四話 デジャブ その4
「貴様も覚えておろう。あの天空の女と会話を交わし、そして何んらかの力を授かったことを。報告を受けて我々が現地に到着した時には、既に全てが終わった後で、周囲に密かに人の気配もあったため、とりあえず一番近くにいた貴様を確保……おっと、招待することしかできなかった、というわけだ」
男は話し終えると、金属の床にぺっと痰を吐いた。
「で、でも、何故俺を……?」
「これだけ懇切丁寧に説明してやっても、まだ不十分なのか? 自在に自分の身体から他人を顕現させることのできる人間が、戦略的にどれだけ重要かわからんのか? 我々はその能力を必要としておるのだよ、ボンクラくん」
「なるほど……」
俺はようやく合点がいった。つまりこの気分変動の激しい男はどこぞの外国か機関の軍人かなんかで(口調からの判断もあるが)、偶然俺の経験した怪奇現象に仲間が居合わせたので、その秘密を探るために気絶させ拉致したということだったのだ。
ひどい、ひど過ぎる! 全くもって不運としか言いようがない。だが、まだまだ疑問は残っている。この際いっそのこと全部聞いてやれ、と俺は腹をくくった。指2本分の対価だ。
「でも、それでどうして俺が砂浜太郎だったらダメなんですか? 別にどんな名前だっていいじゃないですか。叱責される理由がさっぱりわかりませんが……」
「話はまだ続きがあるぞ、早漏野郎。いいか、あの衝撃的な砂浜の出来事があってから、既に数日が経過しておる。その間、スリーパーセ……おっと、我々の手の者が調べたところ、貴様以外の全裸男性三人の名前がそれぞれ判明した。知りたいか、ん?」
「は、はい!」
俺は本心から答えた。あの三人は一体誰だったのだ? 今覚えばどこかで見たような気もするのだが……。
「グフフ……まあ、全部話すのはさすがにまずいので、重要人物だけについては教えてやろう。そのかわり、後で……な?」
男の声が、急に女性的に変化してきたかと思うと、髭面を俺の眼前まで寄せ、睦言を囁くようにかすかに声を臭い息と共に耳元に吹き付けた。
正直言って吐き気しかしなかったが、まず情報をゲットしないことにはにっちもさっちもいかない今の俺にはうなずくことしか選択肢はなかった。
「そういえばあの現場にはハイ◯ースが一台停車していたそうだな。日本ではかの車を公道で見かけた女性は、拉致されぬように咄嗟に手のひらで女性器を隠すそうだが本当か?」
「知りませんよ、何ですかその奇習!? てか焦らさないで早く教えて!」
遂に俺は我慢できずに叫んでしまった。ついでにどうやら自分が突っ込み人間だったこともはっきりと思い出したけど。
「焦るなマイハニー、ちょっと場を和ませただけじゃないか。いいか、よく聞け。貴様のすぐ隣にいた二十代半ばと思われる全裸男性は、その後近辺の警察に保護された後、精神病院に強制入院となったのだが、そやつの名前が砂浜太郎だということを、病院に出入りする業者や見舞客などに扮した我々の仲間が、苦難の末に突き止めたのだ」
「ええええええええええええええーっ!?」
俺は心臓が肋骨を突き破りそうなほど驚愕し、一瞬周囲がホワイトアウトした。
すいませんが次回も多分四週間後更新予定です。寒いので皆さん風邪に気をつけて!では、また。