第百七十七話 カレー味のうんこの作り方 その1
「パパ! 起きろ! おはようさん! プ◯キュア目覚まし時計はたのしい幼稚園の付録!」
「太郎! 砂浜太郎! この若ハゲのダラブチのチャンぺが! いつまで寝とるんがや! とっとと起きんかい! おリンも羊女もチクチンも皆死ぬぞ! ええんか!?」
「……はぁ?」
なんだかすごく懐かしい二人の声に交互に脳をシェイクされ、俺は寝ぼけ眼で答えた。
「あっ、やっと目が開いたよ、メスオークじゃなかった高峰先生!」
「一言余計やけど、でかしたぞ、花音ちゃん! よっしゃ太郎、出撃や!」
「……誰?」
俺は記憶に薄い膜がかかっているのを感じながらも薄目を開け、眼前ではしゃぐおかっぱ頭の二歳くらいの女児と、まるでイノシシのような顔をした、声からかろうじて女性と思われる異形の人物に問いただした。
確か、とても見覚えがあるのだが……。
しかし現実感が希薄で、身体中がふわふわし、まるで映画の中の世界に入り込んだみたいな奇妙な感覚がした。
「何言ってんのこの甲斐性なしの若年性アルツハイマーの腐れ男やもめ! 愛しの娘の花音ちゃんのことを忘れちゃったの!? また乳首をラジオペンチでキュッと締めようか?」
「ほんまにボケとんな、こいつは。ええ気なもんやで。お前の主治医の高峰桔梗やぞ。また医療保護入院になりたいんか?」
「あ、ああ、そうだった……」
俺は、ぼんやりとだが、記憶が戻ってくるのを感じた。
そうだった。俺は確か巨大な子宮の化け物との戦闘に参加するため、遺体となった角刈りオヤジの精神世界にサイコダイブし、筆舌にに尽くしがたいほどの異空間で艱難辛苦を乗り越えて、ついに彼の魂らしき者に出会い、その身体に跨って無事現実世界に帰還したのだった……。
だが、どこかが、何かがおかしい。
さっきまで俺がいた、夜の砂浜での不可思議な出来事はいったい何だったのだ?
あれも魑魅魍魎のごとき精神世界における幻覚の一つだったのか?
それにしてはやけに真に迫っていたが。
それに引き換え、現在のリアリティーの無さは、どういうわけだろう……?
まだまだ思い出せないことも多く、世界全体がオブラートに包まれているように思われ、俺は精神を集中しようと試みた。
『コーホーコーホー(悩むな、砂浜太郎……否、己の名前すら失った哀れな男よ。今お前が見ているものは、辛うじて脳内消去を免れた過去の残像なのだ)』
『うがあああああっ!?』
突如脳内に、スキンヘッドで人工呼吸器を装着した明らかに邪悪なオーラを放っている人間のイメージが浮かび上がり、俺は悲鳴を上げた……はずだったが、実際の俺は相変わらずぼーっとしているだけで、やけに寒くて線香臭い部屋の壁を見つめており、物音一つ立てなかった。
『コーホーコーホー(落ち着け、我が愛弟子よ。先ほども言った通り、全てはとっくに終わってしまった出来事だ。お前はそれを、自分の出演している映像を観賞するごとく、ただ見て体験することしか出来ないのだ。もっとも、当時の記憶も少しは蘇りつつあるため、時々感情がシンクロすることはあるがな。つまり平たく言えば、某新世紀汎用人型決戦兵器アニメの第二話Bパートみたいなもんだな)』
謎の脳内の声は、滔々と俺に教師のように語りかけ、現況を説明してくれた。
『その説明はわかりやすいけどちょっと平た過ぎるよ! てか、あんたいったい何者なんだよ!?』
俺の潜在意識が、奴と関わり合ってはいけないと警報を鳴らすも、他に頼れる存在もないため、俺は嫌々ながらも質問した。
『コーホーコーホー(我こそはお前の師匠で、可愛い弟子を助けるため入院中に暗示をかけてお前の意識の奥底に勝手に住み着いている者だが、そんな些細なことは気にするな。些細なことといえば、うんこ味のカレーとカレー味のうんこのどちらを食べたいかという昔から伝わる命題があるが…)』
『やめてええええーっ!』
逃げ場のない脳内で、堪らず俺は虚空に向かって叫んだ。
また遅くなって申し訳ありません!
次回の更新日は未定ですが、遅くならないよう今度こそ頑張ります!では、また。