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第百七十六話 ダ・カーポ その4

「……」


 俺はがっくりと肩を落とした。


 俺の再三の呼びかけにもかかわらず、彼女はどこか遠いところへ一人で旅立ってしまった。


 最早頼れるものは何一つない。


 悲しみの井戸から湧き上がる熱い雫が、俺の目頭からこぼれ落ちる。


 そのまま身も世もなく、母親を失った幼児のごとく盛大に感情失禁したいくらいだったが、彼女の最後の忠告を思い出し、はたと我に帰った。


(確か、『今現在の周囲の状況をよく覚えておいてください。後で何かの役に立つかもしれません』って言ってたな……)


 俺は右手の甲で涙を拭うと、四方に視線を投げかけた。


 いつの間にか、最初に見かけた年齢のそれぞれ異なる俺以外の三人の裸の男たち-4、5歳程度の小さな男の子と、14、5歳くらいの少年と、24、5歳ほどの青年の三人は、いずれも遠くに歩き去っており、茫漠とした暗い渚に足跡がわずかに残されているだけであった。


 それぞれどこへ去っていったのかははっきりとせず、何かの役に立つとはとても思えなかった。


「……?」


 だが、俺は頭の中で軽い引っかかりを覚えて戸惑っていた。


 あの三人と自分に、何かの繋がりを感じたのだ。


 そもそも四人の腹部から同時に角刈りオヤジが出現したという怪奇現象が、俺たちの何らかの関係性を示唆していたが、他にももっと大事なものがありそうに思われたのだ。


(そうだ、そもそもかく言う俺自身は一体何歳なんだ?)


 俺は唐突に新たな疑問に目覚め、素手で自分の全身を撫で回してみた。


 どうやら残念なことに頭髪はだいぶ薄くなっており、とても三十代より下とは言い難かった。


 せめて鏡でもあればいいのだが、砂浜に落ちているゴミの中にはそんな有用なものは何一つなく、無駄に時間を費やしただけだった。


(そういえば、あの太った角刈り軍団はどうなったんだ?)


 慌ててこうべを巡らすと、俺のずっと背後の方にその姿を発見した。


 どうやら四体のうちの一体だけが明らかに意思を持って動いており、微動だにしない他のそっくりな三体を、一体ずつ両手に抱えて蟻のごとくせっせと運んでいる真っ最中だった。


(……いったい何をしているんだ?)


 よくよく見ると、陸側の潅木の陰に一台の車が停めてあり、どういうわけだかドアが開いていた。


 角刈り男はその中に肉人形と化している同胞たちを砂袋でも扱うかのように次々と乱雑に投げ込んでいた。


 やがて全て積み込み終わると、角刈り男は全裸のまま運転席に乗り込み器用にエンジンをかけると、俺を尻目にさっそうと夜の砂浜を突っ切り、遠くへ消えていった。


「……はぁ」


 俺はあっけにとられて小さくなる車のテールランプを見送るばかりだったが、夜風に晒され続けたせいか、さすがに冷えてきたので、どこか身を隠せる場所を探そうと、あてもなく歩き始めた。


「……ん?」


 波の音は未来永劫変わらぬ響きを繰り返し、俺を何とも憂鬱な気分にさせたが、その中に明らかな違和感を覚えた時だった。


「ぐがああああっ!」


 突如薄っすらとなって防御力が落ちている後頭部に激しい一撃を受け、俺は砂の上にゆっくりと倒れ込んだ。

次回の更新日は未定ですが、遅くならないようまた頑張ります!では、また。

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