第百七十話 星の…… その9
世界がモノクロフィルムと化し、司令がまるで求愛する初夏のホタルのように尻をほの白く光らせたまま停止している非現実感マックスの中、俺は自分の頭脳をギアを上げまくって回転させた。
確かに俺は、今まで流されるままに生きてきてしまったことが多い。なんとなく結婚してなんとなく探偵になってなんとなくOBS隊員になってなんとなく戦い続けてなんとなく新司令になって……
元から過去の記憶がないのだから、確かな指標も根拠もなく、他人の言うがままになることばかりだった。
生きるために夢中で、自分で何かを選ぶということをおろそかにして、とりあえず目先の危機を乗り越えることばかりに夢中になっていた気もする。
ここいらで、本当に自分の望むようにしたって罰は当たらないのかもしれない。
この謎の発光体がどこまで信用できるのかは不明だが、せっかく現世に戻ったとしても、そして過去を取り戻したとしても、その代償として全てを失うのはあまりにリスクが高すぎる。
ホシノが変化した超常的存在が告げる恐るべき未来を回避したいのであれば、この夢の中にも似た異世界でつつがなく暮らし続けることも、ありかもしれない。
思えば司令も不吉な予言をしていたし、自分の物語に終止符を打ちたくなければ、それも許される選択肢として採用してもいいだろう。
しかし……
果たしてそれを生と呼ぶのだろうか?
俺は現在現世で司令の死体の隣りに多分転がっているであろう自分の無様な姿を思い描いた。
そしてその傍らで俺の帰りを待っているであろう人も。
たとえ自分はどうなったとしても、最も愛する彼女だけは守り抜かねばならないのではないのか?
自分のちんけな未来はともかく、彼女の希望溢れる未来まで奪うことは許されない。
そもそもそのために、俺は無様極まるOBS操縦士となって、野郎との口づけを繰り返したり、サイコ野郎どもに弄ばれたり、男の乳首や腹の肉を散々こねくり回してきたのだ。
なんか自分で言っていて吐き気がしてきたが……
「どうしますか、砂浜太郎さん? 結論は出ましたか?」
彼方の海鳴りのようなホシノの囁き声が、目覚まし時計のベルの如く俺の意識を強制浮上させる。
俺は、決意した。
「ああ、決めたよ。俺はこのまま司令に乗ってこの爛れた空間からフライアウェイするよ。
あんたによく似た顔のこまっしゃくれた小悪魔が、あちらで俺の帰りを待っているんでな。
いつも夜中に俺の顔にお尻をくっつけて屁をこいた後、『なんだか臭いますね~』とほざいたり、風邪で寝込んでいる俺の枕元に、臓物アニマルよりもおぞましい、触手と内臓をぶちまけたわぬわぬの特大ぬいぐるみを親切に置いてくれたりして、おかげで目覚めた瞬間心臓が止まりそうになるけど、とても親思いのかわい子ちゃんなんだよ。
それに、せっかく俺もこうしてイラストが上手くなったことだし、彼女の無茶振りリクエストに応えて『銀河高速バス69』のミエテルとかを描いてやらないといけないしな」
「そうですか、わかりました。そこまで決心が固いのであれば、もう引き止めたりはしません。どうぞ、お行きなさい」
彼女の声は次第に遠ざかり、俺の鼓動よりも小さくなっていく。
それに反して光の明るさは倍以上に強さを増し、超新星の爆発にも似た燦然たる輝きの前に目を開けているのもやっとだった。
「では、本当にお別れです。砂浜太郎さ……いえ、お父さん」
「な、何だってええええええええええっ!?」
ホシノの衝撃の告白に対して俺が絶叫すると同時に、世界に色が戻り、直後、司令の尻の穴が轟音を立てて何かを射出したかと思うまもなく、俺はアポロ時代の宇宙飛行士もかくやという凄まじい重力を全身に感じ、激しく嘔吐しながら意識の糸が途切れた。