第百六十九話 星の…… その8
「えーい、尻に乳は……じゃなかった、背に腹は代えられん! 南無三!」
俺は遂に覚悟を決めると、その邪悪極まる座薬ロケットとやらを、砂に半ば埋もれた司令のアスに遠慮なくずぼりと挿入し、素早く自分の身体を連結具で彼に固定した。
「それじゃいよいよお別れだね、穴が血おじさん、結構楽しかったよ」
「俺はちっとも楽しくなかったよ! まあ、画力が向上したことだけは良かったけれど……」
これで戻ったら花音に絵をせがまれたとき、ちゃんと描いてやることができるかもしれないな、と俺は心の中で密かにガッツポーズを決めた。
音を立てながら蒼く光り輝く導火線が、じりじりと短くなっていく、あたかも逃れられぬ運命のように。
「それじゃあな! しみったれた穴が血おじさん! 長生きしろよ! そしてそのケチなア○ルよ! ボクのことを忘れるなよ」
「なんで急にポルポル口調に!? 確かに二度と会わないとは思うけれど……ってなんだなんだなんだぁ!?」
生意気な口をほざき続けるホシノの全身が、突如導火線の先端以上に爆発的に光を放ち、俺の瞳を眩ませた。
「最後なので正直に申し上げましょう。私の真の役目はミッシング・リンク。貴方の失われた記憶を補填し、更なるステージへの跳躍を助けるために現れたのです」
「ど、どういうことだよ一体!? てかなんで急に話し方が変わるんだ!?」
俺はホシノのいるだろう方向に向かって闇雲に怒鳴るも、すさまじいばかりの光輝の中に彼女の小さな輪郭は溶け込み、視認することはかなわなかった。
「貴方は突如自分の画力が向上したと考えておられるようですが、実際はそうではありません。以前から身に着けていた高い技術を、私の依頼がきっかけで思い出しただけに過ぎないのです」
「俺が元から画力が高かった、だと……!?」
「私から申し上げられることは、今はこれだけです。後は現実世界に戻れば全てわかるでしょう。ですがその瞬間、貴方は全てを失います。それでも戻りますか?今ならまだ、この非現実的精神世界で、破滅を永遠に先延ばしにしながら生きていくこともできます」
「えええええええええええっ!?」
あまりにも衝撃的なことをホシノ(だったもの)が淡々と述べるため、俺は一瞬時間停止してしまったかのように、思考が凍り付いた。
だが、その瞬間、実際に俺の周囲のものがすべて動きを止め、色彩を失い、静止画像と化した。もちろん後数ミリに迫った導火線も。
「なななななんだよ次から次へと!?」
「これが最後の選択のチャンスです。時が止まっている今のうちに、決めてください。私は貴方の結論に対し、何も文句は言いません。正解なんてどこにもないのですから。ここから先は貴方の自由です。貴方の未来は貴方自身が選び取ってください。今までとは違って」
「……」
一切の感情を排したホシノ(だったもの)の台詞が、俺のガラスだか豆腐だかよくわからないやわなハートに鋭利な刃物となって突き刺さる。
人生には、時折何の前触れもなく目の前に重大な選択肢が否応なく突きつけられる時がある。
そして、間違えたとしてもやり直しは大抵の場合決して許されない。
これは、ゲームでも妄想でもなく、俺自身の物語なのだから。
一体どうすればいいんだ!?
俺は、数千年の時を経たエジプトのファラオの石像のように、沈黙を続けながらひたすら自問自答を繰り返した。




