第十六話 アナ禁スカイウォーカー
「……ハロワ行きたくないなあ」
俺は結局あの後、花音とともにアパートに戻り、ベッドでごろごろしていた。
正直何もしたくなかった。
花音はすぐに泣き止んで、室内をどたばた走り回り、俺の顔を踏み付けたり、乳首に楊枝を差し込もうとしたり、へその穴にクレヨンを入れようとするので、正直ろくに休むことも出来なかったが、かといって、立ち上がる元気も出なかった。
「……どうすれば良かったんだろう」
ぐずぐずと思い悩んでしまうが、思いはぐるぐる回転木馬のようにおなじところを周回するのみで、何一つ進まない。
どうしようもなかった、というのが正直な答えだろう。
確かに異世界人どもがよけいなことをしたばっかりに、妻が命を落としたのは、紛れもない事実だ。
いつも、炎の中で家ごと灰になる彼女の最後がフラッシュバックする。
この憎しみは、一生消えることはないだろう。
しかし、あの時俺と花音の命を救ってくれたのは、どうやらOBSだったらしい。
俺は、母を求めて燃え落ちる家に飛び込もうとする花音を必死で押さえるうち、煙でも吸い込んだのか、つい意識を失ってしまい、その後のことはよく覚えていない。
だがどうやら、いろんな事実を総合すると、その直後に謎のオヤジ二人組が飛んできて、唇と死闘を繰り広げた結果、勝利したと、ネットのまとめサイトでは語られていた。
自衛隊が及び腰で遠くから攻撃を仕掛けるなか、果敢にも突っ込んでいったと、そこには書かれていた。
そのことを思うと、複雑な気分になってしまう。
俺の腐った命はともかく、花音の命を救ってくれたことは、どんなことよりも感謝すべきことだと頭では理解している。
おそらく司令も、本人の意思であの怪物どもをこちら側に送り込んだわけではないのだろう。
その証拠に、心を痛めてOBSを開発し、対抗手段になるよう手を施してくれた。
決して悪人ではないのだ。変態だとは思うが。
だが、だからといって、彼ら異世界人のしたことを許せるかというと、そこまで俺は人間が出来ていない。
怒りを自分で抑制できない。
一体どうすればいいんだ?
俺の思考と言う名のF1レーサーはぐるぐるぐるぐる同じコースをひた走る。
そのうち疲れて壁にクラッシュするまで、何十周でも走り続けるだろう。
このレースにゴールは無さそうな気がする。
その時、スラックスのポケットの携帯が鳴り響いた。
面倒くさげに取り出して画面を見ると、「司令」となっていた。
俺は思わず舌打ちをする。
昨日酔っている間に、どうやら電話番号を教えてしまったらしい。
今出れば、何を口走ってしまうか分からない。
このまま無視しよう、そう思った。
呼び出し音は二十回を超えた。
いい加減、諦めてもよさそうなのに。
「もしもし! 花音! あんた誰?」
「あっ、花音、勝手に出ちゃ駄目だろ!」
慌てておしゃまさんから電話をひったくる。
最近の一歳児は平気で携帯を使いこなすので末恐ろしい。
『おう、ようやく出てくれたか』
例の野太い声が耳元に響く。
「はぁ、どうも……」
俺は力なく答える。
何を言っていいか、思考がまとまらない。
電話越しのためか、怒りが沸騰するようなことはなかったが。
『さっきはこちらがすまなかった。
お前さんの気持ちを考えもせず、本当に悪かった。
全ての元凶は確かにこの私にある。
事が全て終わったら、私の命を奪ってくれてもかまわない』
突然凄いことを言われて、俺は言葉を詰まらせた。
司令が電話の向こうで頭を下げている姿まで想像できた。だが……。
「例えあなたを殺しても、本体はあちらの世界にあるんでしょう?
何の意味もありませんよ」
俺は、わざと冷たく言い放った。
『その通りだ。だが、一体のみ、私の全てを注ぎ込んだと言っただろう。
つまり、この私はその他のOBSとは根本的に異なる。
私が死ねば、あちらの世界の私も完全に機能停止し、死に至る。
ちなみに現在、あちらの世界の私は意識なく、人工呼吸器に繋がれて、辛うじて生きている。
全てのリソースを私につぎ込んだ結果、そういう仕様になった』
「そ、そうだったんですか……」
『まあ、そのくらいの覚悟が無いと、ここまで自由にこの世界で動けんよ。
私は既にあちらの世界で、女性のエモーショナル・ウェーブを送る装置を完膚なきまでに破壊し、その後にOBSを送り込んだ。
しかし、次元のねじれのためか、既に届いているはずのエモーショナル・ウェーブが、こちらではランダムに集合し、時間をおいて実体化しているため、まだまだエロンゲーションは襲ってくるだろう。
あと何体来るのかは、正直私にも予想出来ない』
「はぁ……」
『だが、必ず全てを滅ぼせるときがくる。
その時は、多分同じ次元の私には理解出来るだろう、何となくだが。
だから勝手なことをいうようだが、その時まで、どうか力を貸してくれ。
それが終わったら、私をに煮るなり焼くなり好きにしてくれ』
「角刈りオヤジをどうこうする趣味はありませんよ、ハハ」
つい憎まれ口を叩いてしまう。
でも、心なしか、いつもの冗談が言えるほど、気持ちは回復していた。
俺のエモーショナル・ウェーブも、少しはどこかに旅立ってくれたのかもしれない。
『俺だけで駄目なら、チクチンの穴も貸すぞ』
「いりませんよ!
でも、まだ貴方を許せるかどうかは分かりませんけど、色々と助けて頂いたのは確かなので、その恩を返すまでは、戦おうと思います。
いささか不本意ですが、給料も十万円でいいですよ」
『おお! ありがとう! 感謝する!
……で、早速で済まんが、一つ頼みたい事があってな』
「いきなりですか!」
思わず俺はずっこけそうになった。
『すまんが、今チクチンが、竜胆くんと共に、OBSを一体乗せて、ハイエースで駅前の日翔ホテルに向かって走っている。
奴らはついでにクリニックから高圧浣腸まで持ち出しおった。
すぐクリニックまで来て一緒に後を追って欲しい。
羊女はどうしても手が離せない用事がまだあるので、遅れて来るそうだ』
「話がさっぱり見えませんよ!
落ち着いて喋って下さい!」
『先程アナ禁法の話をしておったろう。
あの後チクチンは、自分が自殺する動画を世間に流すことで法律に反対すると訴えたんだ。
また馬鹿なことを言っていると思って、私は放置していたんだが、彼の弟子の竜胆くんを説得し、愚かな行動に加担させてしまったんだ!』
「だから彼らは一体何がしたいんですか!?」
『チクチンは、ここX市で一番高いビル、日翔ホテルの屋上からOBSの能力を利用して浣腸をぶら下げることによって超高圧浣腸と化し、ビルの真下で自分の肛門に挿入し、公開ア○ル自殺を行うつもりなんだよあの馬鹿!』
「な、何だってーっ!?」
俺は心の底から絶叫した。




