第百六十一話 心の海 その4
司令の瞳から迸る緑色の光輝が、彼が精神世界内でもOBSとして目覚めたことを如実に物語っていた。
「では一旦さらばだ、親愛なる砂浜太郎。今から私は君を乗せ、地獄の最下層へ下った後、煉獄を経て天国へと至ったダンテを導くウェルギリウスの如く、君を現世へと送り返そう。
おっと、煉獄と言っても喧嘩ばかりしているが女子○生八万円とかサランラッパーとか三十分間フェラとか時々下ネタが入る漫画の最強技とは何の関係もないぞ」
「んなこたわかっとるわ! それにそのネタ相当初期でしょう!」
徐々に小さくなる司令の声に比して、俺の突っ込みボイスは大きくなっていった。
「ハハハ、そういやそうだったな。
但し、私が一時的に深層意識から不在となることによって、心の海を含めたこの世界に何らかの異変が起こるかもしれんので心したまえよ」
「えっ、いきなり嫌なこと言わないでくださいよ! 俺、操縦するの久し振りなんですから! シェーン、ティーバック、じゃなかったカムバーック!」
薄れゆく無責任な司令の意識を呼び戻そうと、俺は彼の肩を引っ掴んで前後に揺さぶるも、やがて声は途絶え、ラブドールの如くなんの反応も示さなくなってしまった。
「やれやれ、意味不明なことばかり言って消えちゃって……しかしどうすんだよ、これから……抱っこ紐、じゃなかった連結具や、ハイエースだって無いんだし、飛び立つことすらできないじゃないかよ……ったく」
黄昏の空の下、うじうじと愚痴り続ける俺が足元の石ころを蹴り飛ばそうとしたとき、それが石ころなんかではなくて、銀色の外装にくるまれた何かの薬であることに気づき、すんでのところで足を止めた。
「こ、これは……テレミンソフト3号坐剤、いわゆる大腸刺激性下剤じゃねーか! さっすが心の世界、ご都合主義も甚だしいな……」
あきれ返る俺だったが、何はともあれ砂にまみれた外用薬を拾い上げると殻から取り出した。
「さて、お次は、と……」
俺は嫌々ながらも、これまたご都合主義的に、いつの間にかソックスとコンドームと連結具を装着し、戦闘モードとなった、今や石像の如く不動化した司令のムッチリーニとしたお尻側に顔を向けた。
以前入院中に、あの腐れフェラ爺さんにトイレで泣く泣く坐剤を挿肛したときの悪夢が頭をよぎる。
「……えーい、ままよ! ア○ルジャスティスウウウウウ!」
意を決した俺は(以下略)した。
ため息を吐きたくなるほど見事な夕空を背景に、二人の裸のオヤジが定規で引いたような真っすぐなマニューバを描いて飛翔している。つまりは司令と、彼に跨った俺のことだ。ちょっと客観的に表現してみました。
「……しっかしようやく離陸したのはいいものの、どこもかしこも砂ばっかだな」
俺は眼下に広がる広大な砂漠を眺めながら、ちょっとうんざりしていた。
あの幻想的ともいえる、金波銀波に洗われた海上の未来都市群はとうの昔に過ぎ去ったが、その後は行けども行けども砂礫の海が続くばかりで、木の、否、草の一本も見当たらなかった。
永劫に照りつける夕陽は置物の如く微動だにせず、俺の喉はカラカラで、舌が上顎にくっつきそうだった。
「とにかく上昇しないとダメだったな。えーっと、確か右乳首を引っ張るんだっけ?」
いかん、あまりにも自分自身で操縦するのが久し振りなので、操縦法がすっぽり頭から抜け落ちている。
ファティマこと、花音についてきてほしかったなあ、とつくづく思いながらも、古女房を愛撫するかのように、右手をワキワキさせながら、嫌々ながらも前方に伸ばしかけたその時。
「ぶぎょおおおおおおっ!」
いきなり下から飛来してきた何物かが、俺のたった一つしかない大事なア○ルを神の雷の如く貫いた。
体内を突き抜けるような感覚が激烈な痛みと共に駆け巡り、錯乱の極致に至った俺は、つい間違って司令の左乳首を思いっきり引っ張ってしまった。
当然の如く機体は機首を下げ、錐もみ状態で母なる大地に向かって突っ込んでいく。
「ふんぬおおおおおおおおおーっ! エンジェルズエプロオオオオオオオオオオオーンッ!」
久々のハーブなアクシデントに咄嗟に対応できず、頭の中が真っ白になりかけたが、なんとか意思の光をつぶらな瞳に取り戻した俺は、激突寸前に司令の腹を引っ掴み、魔法の呪文を唱えることにだけは辛うじて成功した。