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第百五十八話 心の海 その1

 朱金色に輝く海は穏やかそのもので、時々ゆるやかな波が押し寄せる音が、優しく耳元に響いてきた。


 しかし奇妙なことに、海にもビル群にも砂浜にも、そしてモノレールの中にすら、人っ子一人見当たらない。


 まるで世界が滅亡し、人類が死に絶えた後、静かに滅びゆく週末の世界……という感が、無きにしもあらず、だ。


「こ、ここはいったいどこなんですか!?」


 不安に駆られた俺は、宙に向かって絶叫した。


「ここは私の元いた世界の海だよ。もっとも本物ではないがな」


 再び、どこからともなく司令の声が、潮風に乗って響いてくる。


「本物じゃない? まあ、それはそうでしょうけど……」


「いいか太郎、人間というものは、誰しもが心の中に、自分だけの海を持つ。


 その海は人それぞれで、その人の最も好きな海の姿をしているという。


 子供のころによく泳いだ、故郷の白砂青松の海岸、旅行でたまたま訪れた、忘れられないほど綺麗な風景の渚等々、だ」


「はあ、そんなもんですか……」


 俺は、見たこともないような壮麗な夕映えの中、いつしか姿の見えない司令と、普通に会話を交わしていた。


「そして、海岸に打ち寄せる波の形こそが、人の感情を表しているのだ。


 見たまえ、私の海の波は、比較的穏やかだろう? 


 これは、私の現在の心の波が、とても落ち着いた状態だということを表している。


 ただし、ずっと夕焼けに包まれているということは、どこかもの悲しさを感じている、ということなのだろう。


 激しく傷ついた肉体を少しでも保持し続けるため、活動停止状態に陥っていることも原因の一つだろうけどな」


「へえ……」


 俺は、俄かには信じ難い、心理学的かつSFチックな話についていけず、砂浜に腰を降ろして両足を放り出し、ただ茫然と、蜃気楼にも似た無人の海上楼閣を眺めた。


 だが確かに司令の言う通り、いくら時が経っても海面すれすれの太陽の位置は全く変わらず、世界は永遠の茜色に浸っていた。


 この心の海には、時間の概念などないのかもしれない。


「まあ、さっきまでの、悪魔超人六騎士地獄めぐり並みの酷い世界に比べたら、月とスッポンのような天国だけどもさ……」


 俺は、夕方だというのにトロピカルジュースが飲みたくなるような暑さに戸惑いながら、つぶやいた。


 やがて、海の中から角刈り頭がぬっと突き出し、こちらに向かってざぶざぶ波を掻き分け歩いてくる姿が目に映った。


「すまん、太郎、待たせたな。ここまで歩いてくるのに手間取ってな。


 どれ、久しぶりに一緒にボーイズトークでもしないか?」


 無人の波打ち際に、全裸で仁王立ちしている司令は、太陽の光を全身に浴び、金光燦然と輝くKOG(ナイトオブゴールド)の如く、なんだかいつもより雄大に見えた。特に股間の実剣(スパイド)が。


「ボーイズトークじゃなくてオヤジトークでしょうが! そもそも人に散々苦労させておいて、何全裸で寛いでいるんですか!? なんでおっ立てているんですか!?」


「何、素晴らしい風景を見ていると自然とそうなると、かの島本和彦先生もおっしゃっていたぞ。


 ところで太郎、お前さんはキツマンとユルマンじゃ、どっちが好きなんだ?」


 まるで犬派か猫派かみたいな軽い口調で、この糞オヤジはとんでもないことを聞いてきやがった。


「どーでもいーでしょーが、んなこと!」


「なんだ、じゃあ本当にどっちでもいいのか?」


 そう言われると、ついムカついて、正直に答えたくなってくる。


「……そりゃ、どっちかと尋ねられたら、そりゃキツマンの方がいいですよ。


 ほぼ全てのエロ小説やエロ漫画やエロゲーやAVなどは、そちらの方を絶賛していますし、実際気持ちいいと思いますね。


 吉原の遊女だって、外八文字歩行で肛門括約筋を鍛え上げてキツマン化したとか言いますしね。


 それに、かの『THEレ〇プマン』だって、ユルマンに遭遇し発射できず、『やばい、太平洋だ!』と大ピンチに陥った時は、秘技卍ハーケンクロスで危機を脱したじゃないですか!」


 思わぬところで、以前サイコ少年に教わったエロ豆知識が役に立ってしまった。


「フッ、まだまだ若いな、小僧」


 無駄に豪華絢爛に金色に輝く司令は、せっかくの人の蘊蓄混じりの高尚な意見を鼻で笑った。ひでえ!


「じゃあ、ユルマンがいいとでも?」


「いいか、砂浜太郎よ。若いうちはキツマンがいいかもしれんが、年齢が上がると、森見登美彦先生言うところのジョニーの立ちが徐々に悪くなってくる。


 そんな状態で蘇ったばかりのウォーズマンの如く無防備にザ・マン力に突進してみろ。途中で中折れするのがオチだ。


 そういうときは、あたかも真綿でくるまれたような、春の海の如くひねもすのたりとして温かくゆるゆるとした、『後宮小説』でいうところの『たると』にぬぷうっと優しく飲み込まれるのが、まさしくGO TO HEAVNというわけだよ」


「はあ、さいですか……」


 俺は、この糞オヤジが何を言いたいのかさっぱり理解できず、彼と同じくふりちんのまま、永久の黄昏時に映える海上に聳えるSF都市をぼんやりと眺めていた。

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