第十五話 エロ漫画先生×2その2
「といわけで、すまんが、今のところは月々十万しか払ってやれんのだ」
「最初の話の四分の一じゃないですか! えらく違いますよ!」
「仕方ないんや太郎。うらのクリニックだってそないに儲かってるわけやないし、司令にあまり給料払ってやれんもんでなあ」
「ま、まあ、結局司令を通して先生からお金を頂く形になるわけですから、それは分かりますけど、もうちょっと何とかなりませんか?」
「う~ん、すまんがこれ以上は……OBSの維持費も馬鹿にならんもんでなあ」
「パパ! 腹減った! 飯! 飯! ちゅるちゅる!」
「わ、わかったよ花音、はい、あーん」
「美味! ハラショー! コマンタレプー! ズズー!」
俺がそうめんを箸で摘まんで口に入れてやると、麺好きの花音は絶賛し、すぐに啜り込んだ。
他の連中も、一息入れて、目の前のそうめんに箸を付けた。
昼飯を食べながら話をしよう、との司令の提案で、俺と花音と竜胆とチクチンと司令と高峰先生の六人は、広々としたリビングキッチンに移動し、竜胆少年お手製のそうめんを頂くことになった。
腰のある中々良いそうめんを使っており、たちまち平らげた俺は、思わずお代わりを所望したくなる程だった。
ちなみに羊女は未だにやってこない。
司令の話だと、どうやら大事な用事があって今日は参加できないと、メールが来たらしい。
麺は美味かったが、交渉は難航していた。
そもそも俺の給料とやらは司令の小遣いから捻出されるわけだから、思った以上に現実は厳しそうだった。
「僕も協力してあげたいのは山々なんですが、遅筆なので中々単行本が出せないんですよ。
ジャンルもちょっと特殊性癖なので人を選びますから……」
エプロンしながら麺を茹でていた少年が、申し訳なそうに会話に加わる。
「い、いや、君から貰おうなんて、考えてもいないよ。どうせ貰うならチクチンの方から……」
「んぁー!」
例の如く一人だけ床で皿からそうめんを犬喰いしていたチクチンが、側においてあったペンを咥え、同じく側にあるメモ用紙になにか書き込む。
「なになに……『児ポ法に加え、近々ア○ル禁止法も施行されるらしいので、自分の作品も売り上げが激減することが予想され、悪いが力になれない』って……」
「ああ、アナ禁法ですか。
肛門に必ずモザイク処理を強要したり、○ナル画像の所持すら禁止する恐るべき悪法ですね」
「うむ、今期の国会の衆議院本会議で可決され、参議院の審議に移ったと聞く。最早どうあがいても可決される運命だろう」と司令。
「何で皆そんなに詳しいの!
てかお前の作品って幼女ものでア○ルなの!?
そりゃ売れんわ!」
「ああああ……」
チクチンがやけに悲しそうな顔をしながら、そうめんを啜る。
だいぶ落ち込んでしまったようだ。
「太郎、そがいにいじめんなや。
人の性癖は様々だでー? げっぷ」
昼間から缶ビールを手にしたメスオークが、臭い息を吐く。
「そうだぞ、それに法律に反対する動きもある。
現在ア○ルを心から愛する人々が、表現の自由を訴えて、法の成立阻止に密かに動いているとも聞く」と再び司令。
「どうでもいいわそんな法律!
それより俺の給料の話はどうなったの!?」
俺は花音の口に親燕の如く、せっせとそうめんを運びながら吠えた。
こ奴らのペースに呑まれると、話が明後日どころか因果の地平線まですっ飛んで行く。
「まあまあ、世の中金だけではないぞ、砂浜太郎。
名誉や正義というものも、目には見えないが、OBSに乗ることで……」
「そんな綺麗ごとじゃ、家族を食わせていけないんだよ!
何しろ昨日のおっぱいおばけのせいで俺のバイト先二つも消滅したんだから!
それにこの前のたらこ唇のせいで俺の女房が焼き殺されたんで、忙しい時は花音をいろんな場所に預けないといけないんだ!
金がかかるんだよ!」
俺は遂になりふり構わず、溜め込んだ思いを周囲にぶちまけてしまった。
皆、水を打ったように静まり返り、一言も発しない。
「そ、そうか、あの時奥さんが亡くなったのか……」
ようやく司令が沈痛な声を発する。
だがそれが、俺の心の炎に油を注いだ。
「そうだよ、そもそもあんたがこの世界にやっかいな化け物を不法投棄したせいで、妻は死んだんだ!
どうしてくれる異世界人様よ!
助けに来るなら来るでもうちょっと早く来いや!」
俺は勢い余って手を振り上げていた。
つゆの入ったガラス製の皿が床に叩き付けられ、盛大な音を立てて、砕け散る。
それは俺の心が割れた音のようだった。
「パパーっ! わーんっ!」
花音の泣き声で、俺の易怒性に水が差され、やや冷静さを取り戻した。
やっちまった、と少しばかり後悔したが、もうどうすることも出来なかった。
昨日酔っていて言えなかったことを、言ってしまったまでだ。
「……」
俺は無言のまま立ち上がると、泣きわめく我が子を抱きしめ、リビングキッチンを後にした。
口の中は、苦いものでいっぱいだった。