第百五十五話 淫乳の乱舞
晴れ渡った青空を覆い尽くさんばかりに、巨大な乳房の群れが上空に蠢いていた。
お椀型、半球型、釣り鐘型、しずく型、三角型、皿型、円錐型、ヤギ型、下垂型といった、有名な9タイプのおっぱいがずらりと勢揃いしている。
(ちなみに俺は釣り鐘型が好みだ)
その多様な乳房の、ノーマルタイプだのフラットタイプだの陥没乳頭だのパフィーニップルだの、これまた様々な形状の乳首から、地上に降り注ぐレーザー光線の雨は、眼下に広がるSFアニメに出てきそうな大都市を瞬時に崩壊させ、次々と焼け野原に変えていった。
(ちなみに俺はパフィーニップルはまだ許すが、序ノ口譲二大先生のような長すぎる乳首はちょっと嫌だ)
所々に人々の死体が積み重なり、地上を炎の舌が舐める。文字通りの屍山血河の地獄絵図だ。
郊外へ延びる道路は大渋滞となり、にっちもさっちも動かない様子で、人々の怒号や絶叫、嗚咽がいたるところで飛び交っている。
「くそっ、何の因果でこんな目に合うんだ!」
「エロンゲーションどもめ、軍隊はいったい何をしているんだ!?」
「そんなものいくら来てくれても無駄さ。通常兵器じゃあいつらに叶わないらしいぞ」
「畜生、いったいどうすればいいんだ!?」
その時、車の窓から顔を出して天を睨みつけた一人の男性の、臓腑を絞り上げんばかりの挽歌にも似た叫びが、業火で赤く染まりつつある空を貫いた。
「みんな女どものせいだ! 身勝手で傲慢で、自分の感情すらコントロール出来ない猿以下のクソッタレどものせいだ!
怒鳴ることしか知らないヒス女どもを殺せ!」
「おおっ! その通りだ! そもそも俺はア〇カよりも綾〇派だったんだ!」
「俺だってセシャー〇ンよりも江〇派だったんだ! 近親相姦好きのタ〇ューンもいいけど! たると!」
「お前どさくさに紛れて何言ってんだ!?」
「遠慮はいらねえ、殺せ! 殺せ!」
人々の、というか、男どもの声が唱和し、轟音となって轟いた。
その惨状を、ただ茫然と、どこかで見降ろしているだけの俺は、肝を冷やしながら思った。
これは魔女狩りの始まりだ。
曇天模様の下、囚人服を着た何十人という女性たちが、鉄条網に囲まれた、だだっ広い運動場のようなところに黒い目隠しをして立っている。
両腕は頭の後ろで組んでいる。
彼女たちの遥か前方に立つ軍服の男が片手をサッと挙げると、どこからともなくバンバンと銃声が鳴り響き、女性たちの頭は次々とバットでかち割られたスイカみたいになっていく。
「ざまあみろ!」
「これでちったあスッキリしたぜ!」
「殺せ! もっと殺せ!」
鉄条網の外で、群衆(といっても男ばっかりだが)がヤジを飛ばし、拳を振り上げ、騒ぎまくっている。
次の瞬間、打ち損ねられたのか、片耳だけを吹き飛ばされた女性の頭上に、黒雲のようなものが沸き起こったかと思うと、ゴムボールほどの大きさの黒い球となり、見る見るうちに膨れ上がっていく。
「しまった、エロンゲーション化だ!」
「なんだってええええ!?」
「に、逃げろおおお!」
突然うろたえだす男どもに対して、今や長いまつ毛の生えた、巨大な目玉と化した眼球は、まるで『ボディ……来たか……』という情けない姿となった吸血鬼のように、瞳孔をカッと開いて中から黄色味を帯びたジェット水流を噴出し、彼らの身体を易々と切断していき、阿鼻叫喚の坩堝と化していく。
まるで映画館の観客席に座っているかのようにその悲惨な光景を高みから見物している俺は、さっきと同じく、何一つできなかった。
どうやらこの世界では、悔しいが俺は幽霊以下の存在らしい。
(畜生、何もできないのか……)
言葉を発することすら許されない俺は、ただ悪夢のような光景を凝視するのみだった。