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第百四十九話 サキッチョー・ダーケー・デ・イーカラ(1919〜6969)

『でも、なかなかよさげじゃないですか。というわけで砂浜さん、申し訳ないですけれど、先ほどあげた高級羅臼昆布をとっとと返してください』


「これ戦闘に使うつもりかよ!? もうすでに先っちょかじっちゃってるよ!


 てかお前もさっきかじっていただろうが!」


 俺は助手席の花音から、まだしゃぶりついている昆布を奪い取りつつ応答した。


『先っちょ、先っちょ、気持ちいい。じゃなかった、先っちょぐらい別にいいじゃないですか奥さん、減るもんじゃなし』


「減るよ! てかちったあ落ち着け!」


『おっとすいません、砂浜さん。僕としたことが、つい先っちょという神単語に興奮してしまいましたよ先っちょクロマティ。


 でもそれを使うのは悪くない作戦だと思いますよ。


 蘭布ちゃんのマジカル子宮孔をこじ開けるのに、大きさといい材質といいちょうどおあつらえ向きです。


 今すぐこっちに届けてもらえませんかね?』


「そんな気軽に頼まれても、こちとら尼の当日お急ぎ便みたいなわけにゃいかねーんだよ! くそ、どうすれば……」


 俺はまたもやなけなしの薄い頭を抱える羽目となった。まったく、司令とは次から次へと難題が降りかかってくるものだ。


『うーむ、確かにさっきの投げ槍みたいにお空に放り投げてもこちらまでは届かないでしょうし、着地するのもOBSは非常に困難ですし、弱りましたね』


「かといって、俺がOBSに乗って出撃しようにも、飛ばせる機体がもうないしな。


 羊女の機体は、現在ダメージを受けていて使えんだろうし……手詰まりか?」


 俺たちは無い知恵を絞るも、やはりゼロにいくらゼロを足してもゼロであり、バカは何人集まってもバカであると実感しただけだった。


「大丈夫、まだ一つだけ方法がある!」


 突如、隣に座る愛娘が、悩める俺に、預言者の如く一条の光をもたらした。


「ど、どういう意味だよ花音!?……って、まさか!」


 俺は花音が車窓の外を指差しているのに気づき、彼女が言わんとしていることを悟ってうろたえた。


 そう、冬将軍が支配する車外に立つのは、言わずと知れた高峰クリニックだった。


「あそこに旧司令寝ている! パパ、一発ブチューっとかましてこい! 男は度胸!」


 娘の語る壮絶なラブシーンを想像し、一瞬頭がスパークして真っ白になった俺は、「嫌だああああああああああ!」と駄々っ子の如く号泣した。



 眠り姫の例をあげるまでもなく、古来より口づけには愛情表現以外にも、神聖で、呪術的な力があるとされてきた、とどこぞの本で読んだ記憶がある。


 だが、果たして白馬の王子様ならぬ、下賤の身の俺の唇なんぞで、司令を死の国から蘇らせることなど出来るのだろうか……?


「太郎、着いたで」


 高峰先生が、またもや俺の背中をドンと押す、本当にどんどんオーク化してないかこの人?


 花音も「パパ、早く早く!」と俺の尻をスパンキングしながら発破をかける。


 俺は嫌々ながらも、ツタンカーメン王の墓の封印された扉を開く考古学者のカーターの如く、高峰クリニックの二階の、もはや霊安室と化した物置のドアに五カ月ぶりに手をかけた。


 中は薄暗くて肌寒く、線香と埃と中年男性の臭いがたゆたっていた。


 目が慣れてくると、以前拝んだ時と何一つ変わらぬ、純白のシーツを被り北に角刈り頭を向けて横たわる司令の姿がそこにあった。ちなみに顔の白い布はどけてあった。


「おまんさん、何案山子みたいにぼさっと突っ立っとんのや。早よやらんかい。男なら万に一つの可能性に賭けてみい!」


「わ、わかりましたよ。もう……」


 俺は黒ヘルメットを小脇に抱えたまま、おずおずと司令の枕元に歩み寄る。


 久々に見る彼の死に顔は相変わらず安らかそのもので、まったく腐敗しておらず、確かに脇の下でもコチョコチョとくすぐれば、すぐにでも飛び起きそうに思えるから不思議だった。


「どうした、まだかいな! おリンやチクチンがこうしている間にも寒空の下頑張って戦っとんのやぞ!」


 高峰先生が胴間声を張り上げると、花音までもが「キッス見ったい! キッス見ったい!」と手拍子を叩きながら飛び跳ねる。


 お前それどこで覚えて来たんだよ!?


「えーい、ままよ!」


 散々ためらっていた俺も遂に心を決めると、息を大きく吸い込み、エリナ・ペンドルトンにズキュウウウウンと口づけして庶民を痺れる憧れるさせるDIO様のごとき表情になると、唇を突き出し、身をかがめて、司令に熱いベーゼをお見舞いした。おげえええええええええ!

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