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第百四十八話 昆布

「しっかし弱ったな。こうなりゃ『他にすることはないのですか』が口癖の丞相でも呼んでこないと新たな作戦なんて思いつかんぞ……」


 俺の貴重な頭髪が、プレッシャーと多湿環境のため、徐々に離脱しそうになるのが実感できた。いろんな意味で極めてヤバい。


「安心せい、太郎におリン! うらに今、すんばらしいアイディアがひらめいたぞい!」


 急にメスオークが目覚めた獅子のごとく咆哮し、俺の背中を全力でぶっ叩く。


「げぼあ! 今度は一体なんですか、高峰先生!?」


「おおすまん、ところで産婦人科で子宮孔をこじ開ける時に使うものはなんやか知っとるか?」


「は?」


 いきなり浴びせられた斜め上からの質問に、俺は固まった。えーっと……。


「マニアック過ぎてまったくわかりませんよ!」


『あっ、確かペルーの首都みたいな名前のやつじゃなかったですか、母さん!?』


 現在絶賛戦闘中のどこぞの糞ガキが乱入してくる。ちゃんとバトルしてくれ。


「そりゃクスコで子宮じゃなくて膣に使用するやつだが! まったく馬鹿リンが……」


『そ、そうでしたか。間違えてしまうとは、エロ孔明失格ですね。お恥ずかしい……』


「いや、別に恥ずかしくないから!」


「ほーか、おリンでもわからんもんが太郎にわかるわっきゃないわな……」


 猛り狂っていた高峰先生がやや落ち着き、両腕を組んで何か思案している。


「いいかげん焦らさずに教えてくださいよ、先生!」


「落ち着け、新司令。隣に座っとるおまいさんの娘をよく見られ」


「えっ、花音がどうかしたんですか!?」


 俺は臭くて蒸れる忌わしい黒ヘルメットを颯爽と脱ぎ捨てると、いつの間にやら助手席に移動している愛娘に目を落とした。


「んっ? これ、パパも食べたいの? そういやお昼、まだだったよね」


 天使のごとく(ただし黙示録ちょっと入ってる)心優しい彼女が、かじりかけの巨大高級羅臼昆布の先端を俺に向ける。


 俺は突如世界のいらない真理の扉をまたもや開いたような気がした。


「ま、まさか……!」


「そう、海藻や」


 後部座席の高峰先生がドヤ顔を作って鼻息を荒くする。俺も猪顔の表情に少し詳しくなってしまった。


「ええか、太郎におリン。知っとるかもしらんが乾燥させた昆布は水分を含むと数倍に膨れ上がるんや。


 この性質を利用したんが産婦人科で見られるラミナリア桿や」


 先生は講師口調と化して、俺たちに講義を始めた。俺はおとなしく黙って聞いていたが、竜胆はそうもいかなかった。


『ラミネートカード?』


「違うわダラケ!」


『じゃあ横浜DeNAベイスターズ監督か第6使徒ですか?』


「ラミレスでもラミエルでもラミ◯スラミ◯スルルルルルでもないわ! ええか、これは出産や中絶なんかの際に、子宮頸管、つまり子宮孔を拡張させるために使用されるんや。


 長さ8センチ、直径数ミリ程度の細長い桿で、ラミナリアという昆布の茎根から作られるんや。


 そいつを子宮孔に挿入した後しばらく放置して、膨張するのを待つ。


 研修医とかが主に朝やらされる仕事やな。こいつが終わると『ええ仕事したわ〜』と医局に戻って一服しとったわ」


「へぇ〜」


 俺は素直に感心した。まったく医療者とはいろんな事を考えつくものだ。


「最近は高分子素材を原材料としたより性能が高いものに取って代わられつつあるが、天然物やし、危険性の少ない安全な医療機器である……とまあざっとこういった代物なんやけど、おまーらわかったが?」


『よくわかりましたよ、さすが母さん!』


 かつて年がら年中近親相姦を目論んでいやがったマザーファッカー予備軍が、母親をヨイショするのがちと気持ち悪かった。


 俺はといえば、高峰先生のありがたいお話を拝聴しつつ、また一つ脳に無駄知識が刻印されたのを確実に感じた。


「まぁ、確かに俺も腹が減ったけど金がない時、昆布かじって水をガブ飲みすると、胃の中が膨れ上がって、一時的に満腹になったような気分になるので、なんとなく理解は出来ますけどね……」


『相変わらず飽食の時代に反するひどい食生活を送っているんですね、砂浜さん。


 司令就任祝いに給料を上げてもらったらどうですか?』


「余計なお世話じゃ竜胆! しかしお前でも子宮に関して知らないことがあったんだな」


『母の説明にもある通り、近年では下火のアイテムですからね。でもなかなか使えそうじゃないですか。


 たとえば時間停止漫画で、時間を止めて女の子の子宮孔にこのラミちゃんを突っ込んでおいて、しばらくしてから時間を動かすと、非常に面白いことになると思いませんか?』


「貴様の発想は邪悪過ぎるわ!」


 激昂しつつ、俺はこれ以上こいつにエロ漫画を描かせてはいけないとかたく心に誓った。

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