第十四話 エロ漫画先生×2
「意外と近かったな」
高峰クリニックは結構簡単に見つかった。
てか、うちから歩いて十分だった。
住宅街には珍しい、ちょっとおしゃれな感じの、ベージュ色の二階建てで、外壁はわざわざレンガ風に仕上げてあった。
「たーけやーぁ、竿竹―ぇ」というのんびりした売り声が近付き、遠ざかっていった。
「パパ! 拉致車! パコ車!」
「ん、どうした花音……げぇっ!」
花音の指し示す先を見ると、クリニックの隣りにだだっ広い駐車場があり、そこに昨日散々お世話になったあの白いハイエースを発見した時、俺は息が止まりそうになった。
「間違いない……ここだわ」
だが、いきなりクリニックの正面玄関から入ってもいいものだろうか。
ここ、精神科って書いてあるんですけど……。
記憶喪失のため、実際十年前に県立の精神病院に強制入院した経験のある俺は、昔を思い出してやや顔をしかめた。
でもよく考えたら、あのメスオークじゃなかった高峰先生は当時の俺の主治医で、つまりは精神科医なんだから、これは当たり前のことだ。
あの後独立して開業した、ということなんだろう。
「おや、砂浜さんじゃないですか」
「ん、その声は竜胆くん……ってあんた何やってんだああああああああ!」
俺は昼間の往来にも関わらず、思わず絶叫してしまった。
なんと、学生服姿の竜胆少年が、右手で何かを鎖鎌の分銅のように振り回しながらこちらに歩いてきた。
よく見ると、彼は鎖を握っており、その先はおぞましい生物の首輪に繋がっていた。
恐るべきことにあどけない少年は、動物虐待もかくやという方法でチクチンを振り回していたのだ。
「宍戸梅軒! タケコ○ター! オスプレイ!」と花音がまたよくわからんことを叫んで興奮する。
「な、なんでそんなことするの!
さすがにかわいそうでしょ!
DVはやめたげて!」
「いえ、ちょっとチクチン師匠の散歩に付き合っていたんですよ」と涼しげなイノセントボーイ。
「あ゛ あ゛ あ゛ あ゛」
「チクチン泡吹いてるよ! なんか黄色いものも口から出てるよ!」
「お互い同意の元なんですが……僕とチクチン師匠の尊敬する作家・デルモンテ平山夢亜紀先生の作品に出て来た犬の散歩法ですよ」
「知らねーよそんな事! すぐやめないと死ぬよ!」
「僕も疲れたのでやめようと思っていたところです」
そう言うと、ナチュラルボーンキラーな少年は、ようやく腕の回転を止めた。
途端にどさっという音とともに、チクチンは地面に転がり落ちる。
とりあえず気絶しているだけっぽいが、なんか少し幸せそうな表情をしているのは気のせいか?
もっとも顔が一般人とかけ離れているので、俺の見間違いかもしれんが。
「……なんでこんなことしたくなったんだ、二人とも?」
「お互い今後の作品の参考になるかも、と意見が一致したので、ちょっと試してみたんです」
「……作品?」
また、よくわからんことを竜胆少年が述べる。
「そうですね、お見せした方が早いでしょう。
とにかく我が家へお入り下さい。
住居の入り口は、裏側にあります」
そう言うと少年は、ずりずりと意識のないチクチンを引きずったまま、俺と花音を案内した。
今日は平日だけど、学校は創立記念日なんだろうかこの子、と余計なことを考えつつ、俺は後に従った。
時間は正午まで後わずかで、透き通る日差しが肌に痛くなってきた。
「どうぞ、狭苦しい部屋ですが」
「いえいえ、失礼します」
「魔窟! 訪問! エロ本どこ!?」
クリニックの裏手に回ると、すべすべした幹の木が生えており、その側に確かに住居っぽい造りのこじんまりとした玄関ドアがあり、入ると脇にトイレのドアがある以外は住居スペースはなく、真っ直ぐ先は階段になっていた。
成る程、一階部分はクリニックで、二階に住んでいるのだろう。上がってすぐ脇の部屋に、俺達は通された。中は六畳程度の部屋で、シングルベッドや机やタンスがあり、一見したところ特に怪しげなものは見当たらず、竜胆少年の自室と思われたが、小さな布団も敷いてあり、床に直接デスクトップパソコンが置かれていた。
また、エアブラシや絵の具、絵筆など、絵を描くのに必要な道具が散見された。
「ここは僕とチクチン師匠の部屋なんですよ」
「あー」
少年の声に、ようやく息を吹き返したチクチンが朗らかに答える。
「母と司令は現在仕事中なのでお待ち下さい。
もうすぐ午前の診療が終わるはずなんですが、長引くことが多いですから」
「あの、それはいいけど、君は学校に行かなくていいの?」
「今日は創立記念日なんですよ」
「ああ、そっか……って絶対嘘だろ!」
「あれ、ばれちゃいましたか? てへぺろ」
彼は可愛く舌を出すが、俺はそんなことじゃ誤魔化されない。
「昨日お前の母さんが、明日こそ学校行けよって言ってたの思い出したわ! 不登校児なの?」
「いいじゃないですか、聖闘士だって全員義務教育受けてませんよ」
「だからって個人授業で原子の破壊の仕方とか習いたいのかよ!」
「うろたえるな! 小僧ども!」
「花音はちょっと黙ってなさい!」
「まあまあ、こう見えても僕はやることが多くて大変なんですよ。ね、チクチン師匠?」
「んぁー!」
「何て言ってるか分かんねえよ!
……ってあんた何やってんの?」
何時の間にやらチクチンは、地べたのパソコンを唇で起動し、なんとタッチペンを口に咥えてお絵かきソフトを立ち上げると、ペンタブレットを利用して、ぐりぐり半裸の幼女を描いていたのだ。
「先程言ったでしょう? 彼はこうやって器用にエロ漫画作品を仕上げ、『極楽天』にデータ入稿しているのですよ。
ちなみにペンネームは、『ぐぁさん』といいます。貧乳系の画風で有名ですね」
「す、すげえ……って、立派に社会生活を営んでいるってそういうことかよ!」
「その筋では有名ですよ、スジ作家だけに」
「聞いてねえ!」
「おっ、早速さっきの体験を生かして描いてますね、師匠」
恐るべきことに、彼の描く幼女は鎖付きの首輪をしており、しかもその顔はどこかで見たような……。
「パパ! これ花音! 上手上手!」
花音は喜んで、芋虫の禿頭をなでなでする。
「おい! 人の娘をエロ漫画のモデルにすんじゃねえええええ!」
さすがに殺意の波動に目覚めた俺は、怒髪天を突き、芋虫野郎を蹴りつけた。
「あー!」
エロマンガ先生はペンを咥えたままベッドに激突したが、命に別状は無さそうだった。
「ひどいじゃないですか、僕にはDVだとか言っておきながら。
今ので変なとこ押して画像データ皆消えちゃいましたよ」
「うるせえやい! 犯罪だろうがあれ!」
「まあ、最近児ポ法だのなんだので、世の中うるさくなってきましたからねぇ。
だから師匠には、僕みたいに巨乳ものを描きなさいっていつも言ってるんですが、全く聞いてくれないんですよ」
「僕みたいに……って、君もなんか描いてるの?」
「ええ、僕も師匠と同じ雑誌で、時々描かせて頂いております。
ちなみにペンネームは、『古都寄席由美之介』と申します。
OBS募集のポスターを描いたのは、実は僕ですよ。といっても、得意分野は母乳系ですけどね」
「し、師匠ってそういうことかよおおおおおお!」
「ええ、出会った時、彼は僕に過去を一切語ってくれませんが、意思伝達の代わりにこのタッチペンを使ってみることを思いついて、咥えてもらったところ、なんとこのように、足の指でリアルなネズミを描いた雪舟の如く、上手にイラストを描き出したのです。
僕は感動し、その場で彼に弟子入りを申し込み、承諾されました。
こうして僕達は師弟関係となったのです」
「……」
「おう、遅れてすまんかったな、入るぞ」
「待たせて悪かったがー」
その時部屋のドアを開け、ようやく白衣を着た司令と高峰女医が入って来た。
色々衝撃的な出来事に合って思考が麻痺しかかっていた俺は、今の話はひとまず頭から締め出すこととした。




