第百四十四話 ブリブリブリブリブリストルスケール
「まるで必死に何かを探しているようね……」
「!」
カマ羊のさりげないつぶやきがきっかけで、俺の頭脳に閃きがスタンガンのように走った。
「そうか、今日は雪がドームに積もっているから、例のお掃除くんの姿が見えなくて困っているんだ!
彼女の手記によれば、そいつが通称『天使のリング』内にいないときにしか願い事がかなわないらしい」
「まっ、さすが現役JCらしい妄想ね~。あたしの若い時を思い出すわ~」
「てめえ絶対女子中学生だったこと過去にねえだろうがこのド畜生め!」
俺と腐れ羊が言い争っているさなか、突如画面の外から何かが飛んできて、雪かきに夢中の蘭布ちゃん(巨大子宮)にポーンと当たった。
「父ちゃんのかたき!」という幼い声までテレビから聞こえる。
『いけない! 以前唇の化け物に父親を殺されたと思しき少年が、石を投げた模様です!』
MHKのアナウンサーの悲痛な叫びが車内に響き渡る。と同時に、蘭布ちゃんの触手の動きが止まると、その先端から地上に向けて何かを高速で叩きつけた。
「あれはひょっとして……」
「卵子です!」
恋人の身体事情に異様に詳しいサイコ小僧が、俺の言葉の穂を継ぐ。
直後に凄まじい轟音と砂煙が生じ、画面中を灰色に染める。
『激怒したと思われる子宮の怪物が何物かを地上に投げつけた模様です!
幸い直撃した人はいませんが、石畳が破壊され、破片で怪我人が数人出ています!
自衛隊の出動はまだでしょうか!?』
アナウンサーの声音に、先程までとは違う恐怖と絶望の色が滲んでいる。
どうやら駅前広場は大パニックとなっているらしい。
「もう迷っている時間はない! 高峰先生!」
「ホイきた。もうとっくに用意してあるが」
いつの間にやら冷気の立ち上るテレミンソフト坐剤を三つ手にしたメスオークが、牙をむき出しにしてにんまりする。どうやら冷蔵庫から出したばかりのようだ。
「よし、全員戦闘配置について出撃準備せよ! 具体的に言うとすぐ全裸になってOBSにキスをぶちかまして抱っこひも付けたあとで高峰先生に頼んで自機のア○ルに座薬を挿入するんじゃああああああ! おげえええええええ!」
自分で言ってて嘔気がこみ上げる。司令としてはまだまだなようだ。
「ブラジャーじゃなかったラジャー!」と竜胆がほざく。
「キルヒアイスじゃなかったキスマイアスよーん! 早くあたしをファックミ~!」と羊女が腰をくねらせる。
「ヒューッ、アッー!」とチクチンが喘鳴音の合間に奇声を発する。
こうして新生鷹の団じゃなかった新生OBS隊の面々は銀鼠色の天に向かって気炎を上げた。
ブリュブリュブリュっと耳を塞ぎたくなる凄まじい下痢音の三重奏を奏でながら、竜胆、羊女、チクチンをそれぞれ乗せた三機のOBSが、高峰クリニックの駐車場から、航空ショーのブルーインパルスよろしく茶褐色の三本線を描いて曇り空目がけて飛び立っていく様は、俺には公害としか表現できなかった。すごく臭い。
「念のためにシートを敷いておいてよかったわ……」
高峰先生が猪鼻を手で塞ぎながら、目の前の惨状をうろんな瞳で見つめる。
早くも粉雪が降り積もっていたブルーシートは、見る影もなく一面茶色に染まっており、まるでちょっと早めの春が到来したかのように……まったく思えねえ!
「ブリストルスケールでいったら4くらいやな……おっとすまん、職業柄つい評価してしまったが。
しっかしこれ片付けたくないわなあ……」
「まぁ、そのうちまた雪が全てを覆い隠してくれますよ……たぶん」
俺は一時的に降雪の弱まった天の底を見上げながら、フルフェイスヘルメットを調節した。
レインボーシステムを再び作動し、乳首GPSで位置を確認し、視聴覚共有モードを現在ぶっちぎりで先頭をぶっ飛ばす羊女のものと同調させる。
しかしこいつ、ちょっとカウパー液じゃなかった先走り過ぎじゃないか?
そういやわぬわぬとのバトルでも、一人飛ばしていたっけ。一番槍してもなんの恩賞も当たらんぞ。
「羊女、あんまり急ぐな! またすぐにやられるぞ! 命を大事に!」
『あ~ら太郎ちゃんじゃなかった新司令どの、心配ご無用よ。あたしってばこう見えて結構遅漏なんだから』
「聞いてねえしそんな情報知りたくねえ!」
俺はさっそく命令無視する腐れケツメドシープに罵声を浴びせかけた。中間管理職は胃薬が必要って噂は本当だな。
『まぁ、様子見でやられる生贄の羊的な捨て駒役も意外と必要ですから、別に良いんじゃないですか、砂浜さんじゃなかった新司令?』
「皆無理して新司令って呼ばなくていいから! それよりせめてフォローしてやれよ、竜胆!」
『もう遅いです。羊女さんの方が先に接敵しますね』
サイコ小僧が冷たく指摘する通り、俺の面前に早くも駅のガラスドームが飛び込んできた。
つまりは羊野郎が到着したってことだ。俺は密かに念仏を唱えた。