第百三十八話 ハロー来訪者
「ここに副会長がいるって……この部屋には、俺と君と花音と蘭布ちゃん(子宮)しかいないじゃないか。副会長ってのは」
「別に透明人間でも幽霊でも遠隔操作型スタンドでもなければ、僕の脳内にインストールされている脳内嫁でもありません。
ちゃんと目に見える存在として既にこの場にいますよ」
俺の天丼を天丼で返しやがったクソ生意気な小僧は楽しそうにほくそ笑んだ。メロスは、じゃなかった俺は激怒した。
「全く見えねーよ! また貴様のばくさんのかばんの中かよ!?」
「うーん、砂浜さんはもう歳だから視認しづらいかもしれませんね。
そろそろ老眼鏡でも買いましょうよ。でないと免許更新でひっかかっちゃいますよ?」
「いらんお世話じゃボケェ!」
俺はポケットのゴールド免許を取り出して奴に突きつけながら抗議した。
「しょうがないな。じゃぁ、今しばらく回想話を続けますが、よいですか?」
俺の小脳と中脳と大脳が揃って、「キリング・ミー・ソフトリー!」という悲鳴を大合唱し、ドーパミンやら何やら変な汁を垂れ流し出したので、生命の危機を覚えた俺の声帯は、「絶対にNO!」と吐き捨てるように答えた。
これ以上精神的拷問を受けると、俺は真実を知ったザレム人みたいに発狂しちゃう可能性大です。助けてノヴァ教授!
「本当に情けないですね。とにかく僕は今、副会長の家族や関係者たちに目をつけられ、追われています。
先程手記にもあったとおり、彼女の実家は凄い名家で、父親は溺愛している娘の失踪に心を痛め、あらゆる手段を使って捜索中であり、その網に引っ掛かってしまったのです。
僕も会長宅に自分の痕跡を残すようなヘマはしなかったつもりですが、あの後会長には逃げられちゃってますので、そこから何か感づかれたのかもしれませんね」
「あんたどう考えてもやり過ぎたよ!」
「というわけで、現在僕はアパートには帰らず、ネカフェなどを渡り歩いて暮らしています。できればほとぼりが冷めるまで、しばらく泊めて頂きたいんですが……」
「嫌だ嫌だ嫌だ! そんなん一万円ぽっちじゃ割に合わんわ! とっとと出頭してらっしゃい!」
俺は奴の裁判を傍聴し、裁判長に、ここは無期懲役でどうすかと進言してやろうと決意した。
「どうせここまで深入りしたら、砂浜さんも同罪ですよ。毒食わばサラマンダーよりずっとはやいって言うじゃないですか」
「NTRなトラウマゲーの話はやめて! ていうか最初からそのつもりだったのかよ!? ひっでえな! だからこそ話を最後まで聞いてないのに!」
「なるほど、砂浜さんも意外と策士ですね。さすがジジイのう◯こまみれの仏像を便所から取り出し見事事件解決しただけはありますね」
「その話はやめろおおおおおお!」
俺たちが際限なく言い争っている最中に、突如試合終了を告げるホイッスルの如く、ピンポーンとチャイムが鳴った。
「あっ、そういやこの前ヤ◯オクで『どっきりマイクローン』を落札したんだっけ。すっかり忘れてたわ」
「相変わらず昔のちょっとエッチな少年漫画でシコってるんですね、やるっきゃ太郎さん」
「うるせえ! ちょっくら待っとれよ」
心ウキウキワクワク気分で、さっきから黒雲のように胸中に垂れ込めていたストレスも一気に吹き飛んだ俺は、愛する恋人を出迎える若者の如く、「はーい、今開けますねー」と、普段より一オクターブ高い声で、何の疑いもなくドアを開けた。
「めこおおおおおおおおお!」
いきなり俺は、目の前の、やけに目つきの悪い、短髪で学生服姿の少年に突き飛ばされ、盛大に尻餅をついた。
「だ、誰だよお前は!? MHKの集金なら、払ってないから百歩譲って許すけど、どう見ても違うだろ!」
今まで熊だの母乳デブ女だのエセ宗教家だのの突進を受け流してきた俺も、久々の不意打ち攻撃には対処できず、玄関にしゃがみ込んだまま悪態を吐くことしかできなかった。
謎の少年は、右手に何やら持ち手に折れ曲がった棒のついた槍のようなものを握りしめ、土足でリビングに突っ込んでいった。
あれも俺が掃除するのだろうか……って槍だと!?
「か、会長!」
なんと竜胆少年が、三白眼男を一目見るなり蘭布ちゃん(子宮)を小脇に抱えて立ち上がり、聞き捨てならない一言を発した。
「ようやく会えたな、このサイコ野郎! 貴様が馬鹿でかい昆布を抱えてこのアパートに入っていくところを偶然目撃したので、この雪の降る寒い中、今か今かと外でずっと待ってたんだよ!
なのに待てど暮らせど全然出てこないから、待ち切れずにお邪魔したって寸法さ。
さぁ、副会長を何処へやった!? 答えろ、この人の皮を被った悪魔め!
正直に白状しないと、俺のアトラトルが黙っちゃいないぞ!」
見ると確かに彼の頭や両肩にはこんもりと雪が積もっていた。可哀想に、竜胆のハーブな外道話のせいで、こいつは凍死寸前だったのだろう。でも武器はちょっとまずいんだが……。
俺は、師匠や副会長とやらのように、いざという時のために、ア◯ルに武器を仕込んでおかなかったことをちょっぴり後悔した。