第百三十七話 閑話休題その9 一周年記念だよ全員集合温泉回!
某月某日(夏)
「一緒に温泉に行きませんか、砂浜さん?」
「うっ」
昨日からやや夏風邪気味で、喉の痛みと鼻水に悩ませれ、愛娘のボディブレス攻撃に耐えつつ横になっていた俺は、竜胆の携帯でのお誘いに、初めて心惹かれてしまった。
この前からじりじりと蒸し暑くなっており、一風呂浴びて寛ぎたい気分だったのだ。
「お前にしては珍しくまともな提案だな。でもちょっと今風邪ひいてるんだよ、悪いな」
「そんなもんつかってしまえば一発で治りますよ。湯船で汗を流すのは一番の治療法ですって」
「本当かよ、おい!? でも、花音はまだ温泉は無理だしなあ……」
好き嫌いの激しいお嬢様は、風呂の湯が40度よりちょっとでも高いと火がついたように泣き叫んで断固入浴拒否するため、俺はいつも温度調節に四苦八苦しているのだ。
「大丈夫です。今日は高峰クリニックは休診なので母が花音ちゃんの面倒見てくれるって言ってましたよ」
「じゃあ高峰先生に連れていってもらえよ!」
「ところが母は大の温泉嫌いなんですよ。まぁ、あのご面相ですし、気持ちはわからないでもないですが……」
「面倒だな……」
「行きたくないんですか? 県内でも珍しい混浴なんですよ、砂浜さん。江戸の丹前風呂もびっくりですよ!」
「それでそんなに乗り気なのかよ貴様!」
と言いつつも混浴の一言で、俺の煩悩が着火してしまったのも確かだった。
「そうです! 一周年記念といえば温泉回! かの鼻フックマニアで有名なあ◯ほりさ◯る先生も確かそう仰っておられました!」
「言ってる意味がよくわからん!」
「で、どうします?」
「……仕方ないな、いいよ、わかったよ!」
というわけで、俺はPL顆粒を内服してやや眠気の残るフラフラの身体に喝を入れ、毎度お馴染み愛車のポルテに小僧を乗せ、うだるような暑さの中、川沿いの道を山奥へと登っていった。
ガタゴト揺れるポンコツ車をなだめすかしながら進むうちに、上流に大きな木造建築が見えてきた。
古びた日本家屋を改装したのだろうか、藁ぶきの古風な造りで、雅趣に富んだ良い建物だ。
「疲れたでしょう。さっそくおつかり下さい。お召物を預かりましょうか」とフロントの婆さんが手際よく案内をし、服まで脱がせてくれる。
昨今のサービスはどこもいいが、ここは格別だ。俺たちはさっそく風呂場に向かった。
川の中に岩を囲って造られた風流な露天風呂は、先客がいるがやけにひっそりとしている。
彼らの会話を聞くともなしに聞いていると、「肺の影を指摘されて……」だの「ご飯がつかえてバリウム検査をしたら、食道のあたりに……」だの、どうやら病気の話ばかり聞こえてくる。
病気の湯治にいい温泉なのだろう。名湯とは意外に近場にあるものだと思った。
「おっ、久しぶりだな。元気にやってたか?」
急に聞き覚えのある野太い声が湯気に紛れて湯船の奥から響いた。
「あ、あなたは……」
よく目を凝らすと、なんとよく見知った太った男が角刈り頭に手ぬぐいを乗せて、くつろいでいた。
「司令じゃないですか! 何でこんなところにいるんですか!?」
「それはこっちの台詞だよ。お前さんが来るのはまだ早いと思ったが……」
「ど、どういう意味ですか?」
司令の話す言葉の意味が、さっぱり理解できない。何か大事なことを忘れている気がするのだが…….。
「いいおとこおおおおおおおお!」
「うごあああああああああ!」
突如凄まじい雄叫びと共に、何者かが司令に突進してきて、そのまま一緒に湯船の底に沈んでしまった。
「し、司令、大丈夫ですか!? ていうか、あいつは確か……」
どこかで見たような暴走ダンプ女のことが思い出せず、俺は頭に手を当てて考えるも、ふと顔を上げると、水没したと思しき二人は湯船に存在せず、そのまま泡沫のようにどこかに消えてしまった。
「な、なんなんだ、一体……」
「おや、砂浜さんじゃないですか、ジョナ・ファルコン!」
「そ、その声と特徴的な語尾は……」
背後からかけられた声に思索を中断された俺は、恐る恐る振り返る。
そこには懐かしさすら覚える、あの閉鎖病棟の同室者の姿があった。
「やっぱりお前か肉饅頭! ってことはここは、ひょっとして……でも、そんなはずは……」
「まだ分かりません? ここがどこだか。あの岩にここの温泉の名前が彫ってありますよ、豊年祭!」
彼は手にした扇子(防水加工済み)で傍の岩を指し示す。
そこにはペンキで赤々と「地獄温泉」と彫られていた。
更に周囲を見渡すと、以前コンビニバイトしてた時に客でよく見かけた大柄の男や、カピバラのような頭髪をした背の高い男や、黒い仏像で身体の垢擦りをしている爺や、湯船に浸かっているにも関わらず何かをスケッチしている猫背の男の姿がちらほらと見受けられた。
「嫌ああああああ!」
「そうは言っても仕方ないですよ砂浜さん。さっき奪衣婆に着物を剥がれて、この三途の川に来たんでしょう? まあゆっくりしていきましょうよ、シナリス!」
「断固拒否する! 俺はもう上がる!」
「そうは言っても、お連れの方が許すかどうか……鶯の谷渡り!」
「連れだって? そういや竜胆のやつ、どこに行った?」
俺が、最後に竜胆を見たあたりに目を凝らすと、なんとそこには大きな鎌を握った黒服の骸骨が湯船に浸かっており、「ああ、いいお湯ですねぇ、ラリホ〜」などとほざいていた。
「くそ、騙されたのか!」
「もう諦めましょうよ砂浜さん、こっちも慣れたら楽しいですし。永久に混浴に浸かり放題ですよ、床オナ!」
「だからってあんな怪物デブと入ったって楽しくないわ! それに俺には現世で待っている愛娘がいるんだ!」
「そんならもっと厳しい地獄の奥まで連れて行ってあげますよぉ〜、おしおきだべぇ〜!」
なんと骸骨野郎が俺に向かって鎌を振りかざしながら迫ってきた。何このホラー展開!?
「茜!」
「いいほねおとこおおおおおおお!」
その時、何者かの呼びかけとともに、先ほどどこぞに消えたかと思われた高山茜が、ジョーズのごとくザバァッと湯船から上半身を浮上させ、骨野郎めがけてクソ汚い両乳房からクロスさせるように母乳を発射させた。
「そ、それは吾輩の苦手な十字架!? こりゃたまらん、ヨホホ〜イ!」
一々語尾が変わるスケルトン氏は、怖気づいたのか、急に鎌を放り投げると空高く舞い上がり、虚空に消えていった。とんだ悪魔城伝説だ。
「何ぼんやりしているの? 今のうちに逃げなさい!」
湯煙の奥から、見覚えのあるシルエットが俺に話しかける。もう間違いない、彼女は……。
「し、思羽香!」
「花音によろしくね、あなた……」
俺が近寄ろうとするも、影は乳白色の霧の中に溶け去り、俺は泣きながら湯を掻き分けて脱衣所に向かった……。
「パパ、パパ、パパ! 起きろ!」
「か、花音……」
俺はアパートの寝室で激痛とともに目覚めると、寝汗にまみれた重い頭を両手で抱えて夢の残滓を繋ぎとめようとしたが、風呂に放り込んだ入浴剤のごとく、淡い色彩だけが心の奥に留まったのみで、後は全て失われていった。
「さっきママに会ってきた気がしたんだが……ところでお前さん、なにやってんの?」
手で触って確認したところ、どうやら俺のア◯ルには、十字に組んだ長葱の先っぽが挿入されているようだった。
「悪霊退散!」
とても会いたかったはずの糞ガキは、ドヤ顔を作ってダブルピースしやがった。
以前2ちゃんねるで書いた「涙の温泉地」というお題のSSを大幅に書き換えたものです。
というわけで、全員集合ってのは死人の方でした!
では、また。