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第十三話 ふにゅう

「パパ! パパ! 起きろ! 朝飯! 腹減った! 殺す! ハングリー精神! ガンジー!」



 目覚まし時計のアラームよりも盛大な金切り声と、凄まじい胸の感覚とで、俺はぱっちり目を開いた。


 さっきまで生死を心配していた我が愛しの娘が、ベッドに横たわる俺の腹に馬乗りになり、ベトベトになった俺の右乳首を弄びながら、怒鳴りまくっている。


 どうやら乳首に吸いついていたらしく、口元に細い毛なんかを貼りつかせている。


 そういやこいつを昨日風呂に入れなかったな。まあ、仕方ない。


 窓の外ではお天道さんは既に昇りきっているご様子で、強い日差しがカーテンの隙間から俺の網膜を刺し貫いた。


 俺は花音が無事だったことに、ひとまずホッとした。


 悪夢とは、目覚めた後に本人を安心させてくれる、逆説的な抗不安薬だと、何でもちん◯に例えるフロイト先生がのたまっていたと、以前高峰先生から教えてもらったが、まさにその通りだった。


 しかしまだ心の潜在意識の奥底に、正体不明のもやもやしたものがはびこっている。


 いつか愛娘と永遠に別れなければならない日が唐突に訪れるのではないかという、謂れのない恐怖感が、何故か拭い去ることが出来なかった。


「呆け親父! ギブミーチョコレート! バレンタイン少佐!」


「わ、わかった! わかったから降りなさい、花音! 


 パパのおっぱい吸ってもミルクは出ないよ!」


 いっそ関根勉の父親のように父乳でも出れば朝飯代が浮くのにな、という考えが一瞬頭をよぎったが、もし本当に出たら、ただでさえやわな俺の乳首は持たないだろうな、と考え直し、造化の神に感謝した。


 どうやらあの地獄の飲み会の後、俺は花音とともに、無事にこの1LDKの安アパート、「メゾン・ボトムズ」に帰って来たようだったので、そこはホッとした。


 しかし這い寄る飢えたけだものをなんとか押しのけ起き上がると、辛い現実がすかさず夢とバトンタッチする。


 あの悪夢の超兵器・OBSに、俺は今後も乗り続けなければならないのか? 


 昨日は辛勝できたとはいえ、あんなのはビギナーズ・ラックかもしれんし、今後も勝て続ける保証はない、っていうかそれ以前に、絶対いつか警察に捕まるわ! 


 なんとか穏便に断れないものか?


「糞親父! 飯飯飯! 食料! 種モミじゃー!」


「ご、ごめん花音! ちょっと考え事してただけだって! 今用意するから!」


 このお嬢様は舌が肥えており、何故か高級食品しか食べて下さらない。


 俺は寝室の洋間を抜け出しダイニング件キッチンに行くと、買い物袋から昨日買っておいたドライトマトと黒オリーブのフォカッチャを二つ取り出した。


「ヒャッハー! ブラボー! おあがりよ!」


 奴が喜びの声を上げると同時に、目にも止まらぬ速さで俺の手元から奪い去る。ちなみに二つとも。


「あっ、花音! それ一個はパパの朝ご飯だから返して!」


「あー? 聞こえんなーパクパク」


 幼児とは思えぬスピードで、たちまち二個とも貴重なパンを喰い尽す。


 俺は溜め息を吐き、蛇口に口を当てると直接水道水をがぶ飲みした。


 どうせ二日酔いのため、あまり食欲は湧かなかったし、もう午前十時だったので昼まで我慢しよう。


 しかし今朝は新聞配達を思いっ切りすっぽかしてしまったな。


 謝りの電話を入れるのが憂鬱だ。はぁ……。


「パパ! メール!」


「ん? 本当だ!」


 早くも朝食を終えた花音が指摘する通り、テーブルの上に置きっぱだった俺の携帯に緑のランプが点灯している。


 恐る恐る画面を見ると、二件の新着メールがあった。


 バイト先の新聞配達の販売店と、同じくバイト先のコンビニの店長からだ。


 俺は猛烈に悪い予感に襲われた。


「な……なんですと!?」


 驚くべきことに、二つのメールはどちらもほぼ同じ内容だった。


 昨日のおっぱいおばけのレーザービーム攻撃のせいで、どちらの店舗も壊滅状態となったので、バイトは当分中止とのお知らせだった。


 ちなみにそんな状態なので、給料もいつ払われるか未定とのこと。


「悪夢だ……」


 俺は頭を抱えた。


 ただでさえ食費のかかる金食い虫を扶養するだけでも大変なのに、貴重な収入源が二つとも潰れただと!? 


 またハロワに通うのかと思うと、嫌気がさしてきた。


 違う場所で、一から仕事を覚えるのは、結構辛いのだ。


 これならまだOBSの方がましかもしれない。


「結局、あいつの言う通り、交渉に行かざるを得ないのか……」


「パパ! ドンマイ! 元気だせ!」


 花音が鳩に餌をやるように喰い残したパンの皮を俺に放り投げる。


 俺は有難くて涙が出そうになった。


「うん、花音。パパ、頑張るよ。だって、男の子だもん……」


 俺は皮をかじると、力弱く頷いた。

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