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第百二十九話 手記

 竜胆く……じゃなくてリンリン、知ってますか、X駅の東口のドームには、願いを叶える、「天使のリング」があるって話を?


 あのビルが丸ごと入りそうな巨大なガラス張りのドームの天井にはね、大きな大きな銀色のリングが壁の四か所から伸びるケーブルで吊るされているんですよ。


 この前読んだ新聞記事によると、「テンションリング」っていうのが正式名称で、張力で壁を引っ張ることによって、柱のないドーム全体を支えているんですって。不思議でしょう?


 リングの中のワイヤーで出来た五芒星もロマンチックで、いつしか「天使のリング」って呼ばれて、願い事の叶うパワースポットになっちゃったんです。


 近代技術の粋を凝らして造られた建築物が、歴史のある神社や、神秘的な鍾乳洞とかと同じ扱いだなんて、笑っちゃいますよね。


 私も、以前はお嬢様で世間知らずの友達がそんな噂を喋り、「あそこの下で、あの人に告白してもらえるよう頼んでみようかしら……?」と呟いていたのを傍で聞きながら、心の中では小馬鹿にしていたんです。


 ちょっと性格悪いですよね、フフっ。


 でも、そんな冷めた私も、毎日ドーム内のバス亭で並びながら、あくびを堪えてバスを待っているうちに、ふと、あることに気付いたんです。


 実はドームの天井をよく見ると、車輪のついた真四角の機械が必ずいつもどこかにいるんです。


 先程の新聞には、これはガラス磨き用の特殊なお掃除ロボットで、ドーム中のガラスをピカピカにするって書いてありました。なんでも一億円以上するそうですよ。


 毎朝、大抵はこの、通称「お掃除くん」が、「天使のリング」の中に、まるで自分の巣で眠る鳥のようにいるんですけれど、時々別の場所で見かけることがあるんです。面白いですね。


 そして私は、独自の占いを思いつきました。朝、リング内に「お掃除くん」がいない日は、何か特別なことが起こるっていう占いを。


 他愛もない妄想だと笑うかもしれませんが、意外とこれがけっこう当たるんですよぉ。別にまったくのノー根拠なわけじゃなくて、何人かの知り合いの話と私の朝の観測を照合した末に導き出した科学的結論なんですけどね。


 ひねくれ者の私は、「天使のリング」の真下で願い事をしてもかなわなかったわひどいわ詐欺だわ訴えてやるわとぶーたれる友達の話にうんうん残念だったねーと相槌を打ってやりながら、きっとそれは「お掃除くん」が関与しているのではないかと、密かに考えていたんです。


 どうやら彼女の実行した日は、ロボットが頭上にいた日であると、私の記憶力は告げていました。


 そこで私は、落ち込んでいる彼女の肩を叩き、「今度、ロボットが真上にいない日に再チャレンジしてみたら?」ってアドバイスしてあげたんです。さすがに可哀そうでしたからね。


 藁にもすがる思いだった彼女は素直に言うことを聞き、後日再びウィッシュアポンナリングしました。


 そして、詳しい経過は本人達同士しか知らないので、どちらがどちらに告白したのかはわかりませんが、見事願望成就し、私の友達、つまり副会長と、彼女の想い人の生徒会長は、めでたく付き合うことになったのです! これって凄くない?


 ま、本当のところを言っちゃいますと、実は私ってば会長からも同じ悩みを相談されていたんですけどね。


 結構彼と仲の良い私は、だから、会長と副会長が両想いなことは把握済みだったので、絶対うまくいくと確信していたんです。


 それにしても、実際に成功したのは凄いことには変わりないですけど。こういうのってタイミングも重要ですからね。


 というわけで、友達を実験台……もとい実験の協力者にして確信を強めた私は、私自身も、いよいよおまじないの力を借りようと、とある日の朝決心しました。


 なぜって、その秋晴れの明け方、朝日を貫くガラス越しに見えた「お掃除くん」は、寝床のリングの遥か遠くに、ヤモリみたいにへばりついていたんですから。


 私がどんな願い事をしたのか知りたいですか、リンリン?


 勿論、「愛しい竜胆くんと、二人だけになって、お話が出来ますように」って頼んだんですよ。そしてご存じの通り、奇跡が起きました。


 あの朝教室で一人きりのあなたを目撃した時、世界がまるで違って見えました。


 ずっと前から、声を掛けたいと思っていたんですよ。同級生の中でも一番大人びて、何でも知っていって、物静かで、ミステリアスで、優しいあなたに。


 長いこと不登校だったのによく学校に顔を出せるもんだとか、実はいかがわしいことばかりしているらしいとか、全人類をぶっち切りで超越したサイコパワーの持ち主だとか、リンリンのことを陰で悪く言う人もたまにいますが、それは皆優秀なあなたのことを妬んでの、幼稚な嫉妬心からだと私は見抜いていました。


 リンリンが従姉妹の李布ちゃんの頼みを聞いて、わざわざ遠方の祭りに出かけて助けてくれたことを私は知っていましたし、皆本当のあなたのことを何も知らないと内心呆れていました。


 まぁ、所詮中学生なんてまだまだお子様ですからね。入院生活などで大人に交わって過ごした私にとっては、あなた以外は皆ガキンチョにしか思えませんでした。


 この人なら、きっと私を助けてくれる。そしてあわよくば、仲睦まじい、生徒会長と副会長みたいに……なんて、期待を抱いちゃったりしたんです。


 散歩のときに他人の視線を感じるという話をした人は、どれも自意識過剰だとか、気のせいだとか、思春期心性だとかまで言うので、私もうんざりしちゃっていたんです。


 そして予想通り、リンリンは快く承諾してくれて、私は天にも舞い上がる心地でした。だから、副会長の無理なお願いを、つい引き受けちゃったりしたんです。


「悪いけれど、今日、私に変装して、生徒会長のお宅に行ってくれない?」っていう用件を。

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