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第百二十六話 嵐の朝に

「あれ、でも、確か、前にもこんなことがあったような気が……」


 突如、先程テレビで見ていたユミバちゃんの登攀姿がおぞましい記憶の殻をこじ開ける。


「……ひょっとして!?」


「ええ、そうです。わぬわぬ同様、彼女は間違いなくエロンゲーションだと思われます。


 それで砂浜さんのところにわざわざ相談しに来たわけです」


 彼は薄い唇の両端を心なし持ち上げた。いわゆる酷薄な笑みってやつだ。


「……」


 俺は、何とも形容しがたい表情で、心臓にも似た蠢く肉塊を見下ろした。


 現在、別段憎しみは涌いてこない。確かにエロンゲーションどもは、妻の敵の一族ではあるが、こちらに危害を加えてこない限りは、俺も積極的に存在を抹殺してやろうという気にはならない。


 まずは事情を聞くことが先決だろう。


「とりあえず、彼女……蘭布ちゃんがこうなった経緯について、詳しく話してくれ」


 俺は極めて理性的に彼に話しかけた。


「いいですよ。あれは、九月の大嵐の日のことでした。珍しくこの地を台風が直撃するとのことで、皆浮き足立っていました。


 かくいう僕も、女子のスカートが捲れたり、干してある女物の下着が飛んでこないか楽しみで、休日にもかかわらず早起きをし、いそいそと外出の支度をして家を出ました」


「……」


 そんな悪天候の日に、わざわざ外出する女性や洗濯物を干すやつがいるかよ、と内心突っ込みたかったが、ただでさえ進行が遅い話がまた進まなくなるおそれがあるので、俺は渋々お口チャックした。


 だいぶ耐性がついてきた気がする。


「ドアを開けた瞬間、僕は突風で吹き飛ばされそうになりました。


 横殴りの風が、雨とともに激しくぶつかり、全身あっという間に濡れ鼠です。


 こりゃいかんと思ってレインコートを纏い、なんとか数メートル外に出たはいいものの、既に後悔しており、すぐ引き返そうとしました」


「ま、当然だわな」


 どうせなら田んぼでも見に行けよ、と言ってやりたかったが我慢我慢。


「ですがその時、アパートの近くのマンホールの蓋がボコッと跳ね上がり、勢いよく汚水が噴き上げました。


 濁った水はユダの命令で決壊されたダムの如く、みるみるうちに足元まで押し寄せてきました。


 床下浸水とか勘弁だなぁと憂いているうちに、ゴミとともに、なにか赤黒い物体が、僕の方向にどんぶらこと流れてきたのです。


 一目でわかりました、蘭布ちゃんの子宮だって」


「なんでわかるんじゃああああああああああああ!」


 とうとう堪忍袋の緒が切れて、俺は絶叫してしまった。でもどう考えても竜胆のサイコ野郎が悪いよね、これって。


「さっき話したじゃないですか、彼女は病弱だったって」


「陥没乳頭のことか?」


「それって病弱って言いませんよ。実は蘭布ちゃんは子宮内膜症っていう病気で入院したことがあるんですよ。


 子宮内膜が子宮の中以外の場所に出来て異常に増殖する厄介な疾患で、十代後半から二十歳前後のあたりより発症しやすくなるらしいんですけど、彼女はちょっとおませさんだったんでしょうね」


「そうか、おっぱいも大きいってことだしな」


「おっ、わかってきたじゃないですか、砂浜さん」


 奴は俺を褒め殺しにしようと企んでいるようだが、どっこいそうは問屋が卸さない。


「だからってどうして子宮の形状まで貴様が把握しているんだよ!? 3days ~満ちてゆく刻の彼方で~!」


 死んだ豚饅頭のエロゲー講座の悪影響のせいか、つい汚言を発してしまう。


「それはずばり彼女の子宮の写真を見たことがあったからですよ、もちろん」


「なんでじゃああああああああああああああああ!」


「うるさい人ですね。彼女は治療のため、腹腔鏡下手術を受けました。その時術中撮った写真をプリントアウトしたものを、先日お宅に侵入した際ゲットしてあったってわけです」


「貴様のその歪んだ情熱にはある意味頭が下がるけど、やっぱりなんか間違ってるよ、人として!」


「誰だって好きな相手のことはお腹の中まで知りたいもんでしょ? てなわけで、僕はぷかぷか漂ってきた蘭布ちゃんの大事な子宮を慌ててキャッチすると、両手で引っ掴んだまま凝視しました。


 間違いなく彼女のものだと確認すると、とにかく往来でジャックザリッパーと間違われるのも嫌なので、すぐに戦利品を我が巣に丁重にお持ち帰りしました。


 とりあえず即、水道局にマンホールの件は電話しましたが」


「いや、その前に警察にかけろよ!」


 突っ込みまくって喉が痛くなってきたが、ふとラジオペンチを思い出して愛娘を探すと、彼女は子宮の大事なところを指で突いてキャッキャとはしゃいでいた。ポルチオ!

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