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第十二話 夢で萎えたら

 俺は裸で、空を飛んでいた。


 X市を遥か下方に見下ろし、両手を広げ、風を切って、優雅に滑空している。


 何とも言えない爽快な気分だったが、身体は自由に動かせず、誰かがずっと俺の乳首を後ろから触り続けているのが少しばかり不満だった。


 そう、俺はOBSそのものと化していた。


「パパ! 右! 大!」


 背後の声とともに、俺の右乳首がくいっと捻られる。


 なんか最近触られ過ぎて痛い。


 俺も今度から自分の乳首をそれぞれアンディとフランクとか名付けようかしら。


「分かったよ、花音」と答え、俺は大きく右に旋回する。失速は殆どなく、振動も少ない。


 後ろの操縦者が、「パパ! グッジョブ!」と褒めてくれた。


 ちょっと嬉しいので、少しロールなんかしてしまった。


 そういや飛行機乗りは相手に合図や挨拶する時、翼を振るらしいけど、OBSの場合はそのまま手を振ったらいいのか?


 空の王国は青く澄んでどこまでも見渡せ、雲は筆で掃いたようなのがわずかに浮かんでいるだけだった。


 地上の喧騒は遠ざかり、鳥の鳴き声が時折聞こえるのみだった。


 乳首はちょっとヒリヒリするけど、愛する娘と一緒にこのまま地平線の果てまでも飛んでいきたい、切にそう願った。


 ちょっとセンチな気分になっていると自分でも思ったが、悪くない気分だった。


 しかし砂上の楼閣にも等しい幸福な時間は、すぐに崩れ去る。


「パパ! あっち! ひとまる!」


 花音がフランクじゃなかった俺の左乳首を捻り、俺の身体の向きを修正する。


 その先には、忘れもしない、ラフレシアにも似た巨大な赤い唇が天に浮かび、蛇のような長い舌をチロチロと覗かせていた。


 口の中は真っ暗な闇となっており、何一つ見えない。


 サルバドール・ダリが製作した巨大唇型ソファのように、シュールレアリズム的な存在だった。


「うっ!」


 俺は呻いた。また炎のフラッシュバックが起こり、万力で締め付けられるほどの頭痛が突発的に生じる。


 今こそ奴を倒さなければならない。


 あの時の胸の焼けつくような苦しみも即座に蘇り、鼓動が倍くらいに速まる。


 その間にも、俺と花音はぐんぐん憎い敵に接近していった。


「ちゅぽっ」


 俺達が近付いたのに気付くと、怪物は掃除機のコードよろしくシュルシュルと舌を回収して口を閉じ、唇をすぼめた。


 まるで愛しい恋人に口付けするかのように。


「死ね! ひょっとこフェラ野郎!」


「パパ! 避ける!」


 宣戦布告しようとしたにも関わらず、花音がアンディじゃなかった俺の右乳首を強く捻る。


 俺が右に旋回するのと、巨大唇から炎のような痰がマッハで打ち出され、俺の今までいたところを撃ち抜いたのは、ほぼ同時だった。


「ひえええ……」


 燃え盛っていた俺の怒りの炎が、死の恐怖の前に鎮火されつつある。


 間一髪だった。しかしさすが花音、ハンス・ウルリッヒ・ルーデルもびっくりのエースパイロットだ。


 戦闘センスが半端じゃない。


「助かったよ花音。ついでに抱っこ紐からカテーテル取り出して、パパの尿道に優しくデリケートに突っ込んで、ウロ・シュートやってくんないかな? 


 悪いけどパパ、今自分でおしっこ出来ないんだよ。


 将来の介護の練習だと思って、お願い、ね?」


 多分凄く痛いんだろうが、背に腹は代えられない。


 ここは反撃のチャンスだ。


 ちなみに俺は包茎だが、真性ではなく仮性なので、カテーテルは難なく挿入可能だろうと思われる。


 しかしいくら待っても背中から返事が聞こえてこない。


 いつの間にかあれ程いじられていた俺の両乳首もフリーになり、風がそよそよと嬲るばかりだ。


「花音? 花音!」


 いくら叫べども、俺の声は空しく宙にかき消えるのみ。


 ひょっとして、さっきの痰つぶてに当たってしまったのか? 


 俺の心が急速に凍りついていった。


 異変に感付いたジャイアント・キスマークは、ほくそ笑んだように見えた。


 やつは最早目前、否、口前まで迫った俺に対し、再び舌をにゅるんと伸ばし、こともあろうに俺の右乳首に這わせやがった。


「あひいいいいいいいいいい!」


 今まで触られまくって敏感になり過ぎていたマイスィートニップルに対し、それは最大級の攻撃だった。


 あたかもフェンゼルに、「お前を舐めたい、乳首ちゃん」と言われ恥じらうマリー・アントワネットの如く、俺は身も世も無く悶えまくった。

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