第百二十五話 ぷちぱら文庫はボテ腹搾乳ハーレムエンドが多いですが実際は出産しないと母乳は出ませんけどね
「ここに彼女がいるって……この部屋には、俺と君と花音しかいないじゃないか。蘭布ちゃんってのは透明人間か幽霊か、それとも遠隔操作型スタンドなのか?」
もしくは貴様の脳内にでもインストールされているのかと、グレッグ・イーガン的な脳内嫁を想像してしまったが、どうやら彼の答はいずれでもなさそうだった。
「ちゃんと目に見える存在としてこの場にいますよ。でも、絶対驚かないで下さいね?」
「あ、ああ、約束する」
とまさに口約束しながらも、今までの経験上、絶対叫んでしまうのではないかという予感が黒雲のように胸中に沸き起こり、俺は虚ろな目になった。
「じゃあ、お見せします」
一呼吸置き、彼は肩から掛けっぱなしだった学生鞄を膝の上に下すと、爆発物でも扱うかのように、慎重な手つきで蓋を開いた。暗がりの中から、想像を絶する何かが光のもとに転がり出てくる。
「……タコ?」
最初、俺はそれが茹でタコにしか見えなかった。しかしタコと違い、卵をちょっと押し潰したような形の赤黒くヌメヌメした物体からは、ピンク色の二本の触手が突き出しており、その先端は、同じく物体からぶら下がったウズラの卵大の白っぽい二つの球体にそれぞれ絡みついていた。
「違いますよ、ほら、よく見てください。タコは八本足ですけれど、これは二本しか触手がないでしょう? いわゆるこぶくろってやつですよ」
「……小渕と黒田?」
「多分そうボケるだろうなと思いましたよ。いいですか、子宮ですよ、し・きゅ・う。子供を妊娠する、女性の大事な臓器です」
「子宮……」
遂に繊細な俺の思考がオーバーヒートを起こし、一時停止した。
そういや昔、「『森高の子宮』っていうエログッズを好奇心に駆られてつい買ってしまったことがあるんですけど、期待に反して単なるオナホでがっかりでしたよ、セブンティーン!」と病院で同室だった肉饅頭がほざいていたっけ……ってそうじゃなくって!
「お巡りさああああああーんっ! こいつとうとうやりやがった!」
俺は再びマイ携帯を引っ掴むと今度こそ110番しそうになったが、花音に延髄蹴りを喰らい、危うく脊損になりかけ、通報を断念した。
「パパ! ちゃんと最後まで話を聞きなさい! ほうれんそう!」
「で、でも……どう考えてもマーダーケースブック即採用の猟奇殺人鬼ですよ、こいつ? 学生鞄に女性の臓器入れて持ち歩くサイコ野郎なんて、ダンゲロスの主人公ぐらいしか知りませんよ、俺? いくら言い訳しても、今回ばかりは当局が許しませんよ?」
「ちょっと落ち着いてください、砂浜さん。知ってますか、子宮って女性の臓器で一番腐りにくい部位なんですよ。
前立腺、膀胱なんかもそうですけど、とっても丈夫なんです。昔どこぞの歌手が、35歳過ぎると羊水が腐るなんて言って大ブーイングを浴びましたけど、むしろ死体ですら腐りにくいって素晴らしいですよね」
「だからどうした!? 腐りにくいから持ち歩いてキーホルダー代わりにしているとでも言いたいのか!?」
「だから落ち着けってこのカッパ頭の脳みそからっぽ野郎」
奴はさりげなく言ってはならない台詞を口にしたが、俺が奴に襲いかかる前に、続けてとんでもないことをのたまうことによって怒りの炎を即座に鎮火した。
「こう見えても、彼女はまだ生きています」
「えっ……?」
竜胆は、鞄の中から大学ノートとボールペンも取り出すと、軟体生物もどきの触手の一本に、そっとペンを絡めた。
にわかに、信じられないことが起こった。ヌラヌラした触手がギュッとボールペンを握りしめると、開かれたノートに、たどたどしくも、はっきりと文字を書いたのだ。
『はじめまして』
「……」
黒インクで綺麗に右上がりに記入された平仮名六文字を目の当たりにし、俺は再び絶叫しそうになったが、今回ばかりは理性の力で押しとどめた。だってさっきからの娘の突込み攻撃で満身創痍なんだもん!
まず一旦深呼吸してから、俺は、「これはどういった新種のジョークグッズなんでしょうか竜胆くん?」と礼儀正しく質問した。
「ですから本当に生きているんですってば。改めて紹介しますね。彼女が噂の蘭布ちゃんです、ていうか、蘭布ちゃんの子宮です」
「は……初めまして、砂浜太郎です」
そんな馬鹿なと頭では繰り返しぼやきつつも、身体はなぜか素直にお辞儀してしまった。
目の前の悪夢の落とし子の如き生物は、ヌメヌメヌメヌメと粘液を垂らし、肛門のごとき先端から丸い粒をプリッと排出したりしながらいつの間にやらうちのフローリングを這い出し、ベトベトに汚しつつある。
あれ俺が掃除すんの? 変な病気とかうつりそうなんですけど……。




