第百十六話 或る豚饅頭の一生
前者二名の死はいっちゃ悪いがわりとどうでも良く、むしろ内心拍手喝采を送った節もないではなかったが(ひでえ)、篠原に関してだけは結構ショックだった。
「こんなところで死ぬ羽目になるとは、悔しくて悔しくて死にきれませんよ僕は、菊練り!」
死の床で彼は無念そうに叫び、俺の手を握った。
「僕が死んだら嫌がらせに、僕の蔵書をここの図書室に寄付してやりますよ! ネクロ○ミコンが絵本に思えるくらいの魔書ばっかりで、読んだ人間は発狂で済めばまだいいくらいの精神疾患を発症して、汚言と妄想と幻覚を脳から迸らせながら生まれてきたことを後悔し、延々と苦しみぬいて死ぬようなのをチョイスしといてやりますよ、弟の夫!」
「さすがにそれはやめとけ。気の毒だとは思うが、俺だって全然記憶が戻る気配はないし、この病院で永久に塩漬け状態だし、そんなもの間違って読みたくないしな」
「……そうですね、すいませんでした。ちょっと錯乱していました。思えば僕より貴方の方が気の毒な人かもしれませんね、砂浜さん。
天涯孤独でせいぜいストリーキングしかしてないのにここで一生確定なんて……ヌンチャクバイブ!」
「そう言われると、俺もなんだか死にたくなってきたよ!」
「ハハハ、まだ死なないで下さいよ。あなたには僕のエロゲー講座を聞いてもらった恩もあるし、なんとかこの地の底から退院してほしいとは思っているんですよ、ペニバン!」
「でも、万が一退院できたとしても、一体どうやって食っていくんだよ? 俺、学歴なんて欠片も持ってないし、何の仕事もしたことないし……」
「そんなものは後からだって、努力次第でどうとでもなります。僕は一応有名大学に最初入りましたけど、内部はここ以上の地獄で毎年一学年で三十人以上留年させ、自殺者と退学者をマミーボコボコ量産していたので辛すぎてやめましたが、今では年間数百万以上をエロゲーとエロフィギュアとエロ本とエロ同人とエログッズと痛車に注ぎ込めるぐらいのエリートサラリーマンになったんですよ! 要は生き残った者勝ちなんですよ、砂浜さん、巨乳ファンタジー!」
「は、初めて篠原がまともなことを言っている……」
「よしてくださいよ、いつもまともだったじゃないですか! それはそうと、あなたはとても探偵に向いていると思いますよ。
あれなら学歴や資格なんか関係ないですし、僕の知り合いのア○ル探偵に、あなたのことをよろしく頼んでおきましたから、困ったときは是非特別観察室を尋ねてください、ス○ルファック!」
「かなりやばそうなんですけどその人!」
「まあそう言わず、きっと役に立ちますから、一度訪室してみてください。
それはそうと、僕のお墓にはシクラメンだけは絶対に供えないで下さいね! ああ、肛門が痛い……マンカストラップ!」
豚マン野郎はそう言い残すと、昏睡状態に陥った。それが彼と交わした最後の会話だった。
篠原の死後、唯一の話し相手を失った俺はしばらく悲しみに暮れていたが、やがて気を取り直すと、嫌々ながらも彼の遺言通り、呼吸器をつけた謎のスキンヘッド男の病室に出かけた。
彼は、篠原を軽く凌駕するほどの大変態で、俺が今まで出会った中で最も邪悪な危険人物だったが、探偵業に関しては異常に詳しく、実体験から来る様々な知識を授けてくれた。
なんでも得意なのは迷いア○ル探しか不倫ア○ル調査らしいが、そもそも意味不明なのでそれらについてはスルーしたが。
どうして俺に親切に教えてくれるのか尋ねたところ、筆談で、「篠原の死ぬ間際に、彼のア○ルをス○ルファックさせてもらったお礼だ」と答えたため、俺は正直その場で盛大に嘔吐しました。てか、あいつの真の死因って……!
まあそんなこんなで、俺は作業療法に勤しんだり、愚弄莉亜是頭から謎の宗教や聖水購入の勧誘をしつこく受けてはやんわりと断ったり、篠原が図書室に寄贈した地雷本をうっかり読んでしまって生まれてきたことを後悔しつつ吐いたりしつつ、病棟でのんべんだらりと日々を過ごしていった。
「そういえば今日、お前に面会したいって人が病棟に来ているけど、診察が終わったらちょこっと会ってきてもいいぞ」
高峰先生がパソコンを打ち込みながら、ブヒヒとほくそ笑みつつ俺をちら見する。
「ええっ、だ、誰ですかっ!?」
過去をしみじみと反芻していた俺は、彼女のサプライズな発言に、氷でも背中に入れられたかのように思わず椅子から立ち上がった。
正直自分に面会を申し込む者など、今の今まで一人として存在せず、会いに来る家族がいる他の連中を、ちょっぴり、いや、かなり羨ましく思っていたのだ。
「相変わらず落ち着きのない男だな。そんなに驚かずとも君のよく知っている人だよ。じゃあ、本日の診察はこれにて終了! はい、出てった出てった」
「まだ病状に関して何も話してませんけどおおおおお!」
女医に体よく診察室を追い出された俺は、仕方なく面会室へと足を運んだ。
「お兄様お兄様お兄様お兄様お兄様アアアアアアアアアっ!」
「うわあああああああああああっ!」
ドアを開けた途端、いきなり白のタンクトップとジーンズに身を包んだ見覚えのある女性に抱きつかれ、俺は心筋梗塞でも起こすかと思った。