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第百十四話 そして正常へ

 事ここに至ってはさすがに警察を呼ばないわけにもいかず、浅尾の通報により、奥村伸一の時と同じ面子、すなわち県警およびZ警察署の警察官たちが再びどやどやと天神病院を訪れた。


 すわどうなることかと俺は息を呑んだが、さすが高峰先生はぬかりなく、顔面に重傷を負っているにも関わらず、実にうまいこと山田看護師に全ての罪をなすりつけて話を造った。


 つまり、借金で首が回らなくなった彼が、密かに思羽香を殺そうと外に誘い出し、それを止めようとした俺たちにも怪我を負わせ、錯乱して逃走したって具合に。死人に口なしってやつだな。


 面倒を好まない性質の官憲どもは、彼女の言うことを鵜呑みにして、ろくな調査もせずお開きとなり、女医と思羽香はそのまま近くの総合病院に運ばれ、入院となった。


 俺の両手の怪我は大したことはないため、簡単な手当のみで、すぐに病室に戻された、というわけだ。


「おそらく山田の大馬鹿野郎は俺たちと思羽香の討論中に、陰に隠れてこっそり様子を窺っていたんじゃないかと思う。


 そして彼女の自決というショッキングな出来事を目の当たりにし、一時的に正気を失い、ふらふらと院外へ彷徨い出たんだろう。


 どうして線路に飛び込んだのか、今となっては知る由もないが、彼が魔性の占い師にぞっこんだったのは確かなようだし、絶望のあまり衝動的に後を追ったのかもしれんな」


 俺はそこまで一気に話すと、唾を飲み込み喉を潤す。


「俺を恐怖に陥れたのは許し難いが、既に仏になっちまったことだし、恋に溺れた哀れな男をあまり責めるのも可哀そうなんで、水に流してやることに決めたよ、やれやれ」


「一回り器が大きくなりましたね、砂浜さん、フェムドム!」


「よせよ、照れるじゃないか」


 珍しく篠原に褒められ、俺は少々こそばゆく感じた。


 警察には何一つまともに答えなかった俺だが、このサイコな変態野郎には、つい真実を全て話してしまった。


 だが、彼にも一応お世話にはなっているし、この件に関しては伝えてもよさそうに思ったのだ。


「お前さんも、シクラメンの花がよく似合う男だよ、篠原さん」とお返しにお世辞を言ってやる。


「えっ、ど、どういう意味ですか、もっこりまんRPG?」


「この前調べたら、和名が『豚饅頭』だったんだよ」


「そういう意味かよ畜生、ルークリース凌辱!」


 いつもは丁寧語の彼が、珍しく伝法な口調になった。


 ちなみに今日の彼の扇子には「網代本手」と書かれている。彼曰く、「正常」という意味らしい。よくわからんがなんとなく知らない方が良さそうな気がした。


「しかし、海野さんと高峰先生の傷は大丈夫なんでしょうかね、セントクレスピン?」


「うーむ、思羽香師匠の方は命に別状無さそうだって聞いたけれど、先生の顔面に関してはまったくわからないな。あのひどいスカーフェイスが簡単に治るとはとても思えないけど……」


「確かに旗付きオムライス好きの武闘派ヤクザもびっくりの形相になっていたと聞きますし、せっかくの美人がかわいそうですよね、ア○ルパイルドライバー!」


「まあ、しばらく入院するそうだし、様子を見るしかないな。彼女のおっぱいみたいにうまいこと整形してくれればいいけど……」


「えっ、あの巨乳は偽物だったんですか!? なんというデスチチ!」


 デブが驚きのあまり、扇子を取り落して自分自身の豊満な胸を鷲掴みにしている。気持ち悪いからやめてほしい。


 俺は寝不足のため、うとうとと微睡みながら、二人の美女の今後について心配しつつも、夢の世界へと吸い込まれていった……。



「パパ! パパ! パパ!」


「……ん、ああ、花音か」


「しっかり! バックトゥーザフューチャー3! 豊胸手術!」


「だ、大丈夫だって。ちょっとママとの思い出に浸っていただけだよ」


 俺の頭を障害が残りそうなくらい揺さぶってくる花音を何とか制止すると、俺は合掌を解いて、大きく背伸びをした。


 全身に蝉の鳴き声が雨のように降り注いでくる感覚が、なぜかシャワーに似て心地よい。


 それにしても短時間だけ黙祷していたつもりだが、過去の記憶を辿っていたためか、凄い長時間のようにも感じてしまう。なんか数カ月くらい経ったような気さえするほどだ。


「あれっ、そういえばお義父さんはどこへ行ったんですか?」


 俺は、側でまだ墓掃除をしている海野桐に尋ねた。


「あら、あの人なら、『さっきのクマを解体して、毛皮と熊の胆を売ってくる』って言い残して、とっとと言っちゃいましたよ」


「熊汁! 熊の掌! 熊カレー!」


「狩猟期以外に、しかも墓場でクマをバラすのは、ちょっとどうかと思うんですが……」


「ところで太郎さん、この後お暇?」


「はぁ、特に用はないですけど」


「じゃあ、お参りが終わったら、ちょっとうちに寄って下さる?」


「えっ、良いんですか!?」


 俺は口から魂が飛び出そうになるほど驚いた。俺は海野家には出禁状態であり、今までたった一度しか足を踏み入れたことがなかったのだ。


「是非ともお話ししたいことがありますが、主人には内緒ですので、出来ればこっそりとおいで下さい。ただし、お一人でお願い致します」


「お一人でって、花音も連れて行っちゃダメなんですか?」


「はい、駄目です」


 海野桐は亡き妻に似た凛とした横顔のまま、玲瓏とした声で俺に答えた。

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