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第百三話 裏切りといえば、睡眠姦風の表紙のエロ漫画は、途中でよく目覚めるので裏切られますよね

「うぐっ!」


 初めて謎の襲撃者が声を漏らした。明らかに女性のものであるそれは、やはりよく聞き知ったものだった。


 と同時にいわおの如くびくともしなかった拘束が緩んだため、女医は全身の筋肉を駆使して悪魔のホ-ルドを解き、からくも脱出に成功した。


「高峰先生! 逃げましょう!」


「砂浜太郎君か! あ、ありがとう!」


 そのままボールペンを投げ捨て、右肘を押さえて呻いている高山の脇をすり抜けると、元来た道へと一目散に突っ走る。


 ようやく通常運転を再開した脳が思考することはただ一つ。


(とりあえずナースセンターへ!)


 起き立ての急激な運動で心臓が悲鳴を上げるのも構わず、全速力で廊下を駆け抜け、デイルームへと舞い戻った俺は、椅子や、新聞や雑誌を収めたラックを蹴飛ばしつつ、ナースセンターのドアへと猪突猛進する。


「おい、不穏患者だ! 誰か出てきてくれ!」


 数メートルの距離ももどかしく、高峰先生がガラガラ声を張り上げるも、暗闇に空しく反響する以外は何の反応もない。


 受付の窓越しにぼやけるナースセンター内部には人っ子一人見当たらず、電灯が一つ侘びしく光っているだけだ。


 確か今日の夜勤は昨晩と同じ面子のようだったが、皆お花でも摘むか雉でも撃ちに出かけているのだろうか? 留守居役がいないとはあまりにも不用心すぎる。


「別にいいさ、中に逃げ込めばこっちのものよ」


 女医は白衣の胸ポケットからマスターキーを取り出すと、ドアノブの鍵穴に差し込み、右に回す。


 しかどうやら手ごたえが無いようで、此岸と彼岸とを隔てる、黄泉比良坂を塞ぐ千引の大岩の如き境界の鉄扉は微動だにしない。


「バ、馬鹿な! 開かないだと!? 回し方が足りなかったのか!?」


 彼女は焦って何度も何度もガチャガチャと解錠を試みるも、ドアは頑なに侵入を拒むのみで、時間だけがどんどん過ぎて行く。


「有り得ん。さっきまで何の問題もなく開け閉め出来たものが、たった数分で壊れることなど、普通に考えて有り得るはずがない。だがもし、それが可能だとするならば……」


 女医はぶつぶつと呟き、何事かを高速で思索している模様だ。俺には開かない原因の推測すらできなかった。


「電子ロックか!」


 突如恐ろしい回答に辿り着いたらしい彼女は、悲鳴さながら叫んだ。


「なんですか、それ?」


「病棟のあらゆるドアの鍵は、ナースセンターで制御可能で、任意で電子ロックをかけることが出来るのさ。


 更にその設定は二段階に分かれており、初期段階ではマスターキーがあれば開けることが出来るが、二段階目ではナースセンターのコントロールパネルで操作しない限り、如何なることをしても解錠不可となる。


 以前病棟で暴れる患者に看護師が鍵を奪われ離院されたことがあったため、このような仕様に変更されたんだ」


「まさか、あいつに侵入されたのか!?」


 耳をそばだてるも、内部の物音はことりともせず、人の動く気配も無い。


 もっとも病棟の壁は非常に分厚く、ちょっとやそっとの音量では通過することは叶わないため、あまり意味が無い行為ではあるが。


「それとももしや……看護師が裏切った!?」


 その可能性はあまり考察したくなかったが、電子ロックのシステムに通じている者は誰かということになると、そう結論付けるのが一番正しいということになる。


 いくらなんでも給料を貰って病院に勤めている以上、こんな馬鹿騒ぎに加担するはずがないとは思うんだが……。


 とにかくこのドアがロックされているということは、病棟から外へ出る他の出入り口も同じ状況と見て間違いないだろう。


 脱出経路は何者かによって封鎖され、普段患者を隔離する側の医師が病棟に囚われの身となった。世界はオセロのように一気に反転し、白は黒となる。


「先生、PHSとか携帯電話は持ってないんですか? 外部に連絡して助けを求めましょう!」


「君も見ただろう? PHSは昼間の一件で壊れて持ってないし、うちの病院の病棟規則では、医療機器に影響がある場合もあり、原則として携帯電話やスマートフォンの電源は切っておくよう定められているため、私は病院にいる時は、基本的に医局に置いたままにしている。


 どちらにせよ隔離室周辺は電波も通りにくいし、院内では圏外になることが非常に多いからな」


「で、でも、何か他の通信手段が……」


「南1病棟では、固定電話はナースセンター内にしかなく、患者の携帯電話類は全てナースセンター預かりとなっており、必要時に渡して特定の場所でのみ使用が許可されている。


 ナースコールという代物はこの病棟には存在せず、火災報知機もナースセンター内にしか設置されておらず、助けを呼ぶことも出来ない。八方ふさがりだ」


「そんな……」


 俺は戦慄した。この襲撃は用意周到な計画的犯行だったのだ。


 敵は高峰先生のPHSが壊れたことや、普段携帯電話を持ち歩かないことを熟知しており、更にはこの病棟のシステムまでをも完全把握している。


 しかも逃げ場はない。ほぼ詰んでいる状態だ。


 どこかで、復讐の女神の高らかな笑い声が木魂している気がして、俺は思わず両耳を塞ぎそうになった。

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