第九話 オーク女と中2男子
「よう、変態ども。遅かったがー。
先にやっとったでー。はよおあがりー」
「こんばんは、皆さん。お疲れ様です」
仲居に案内されて階段を上がり、突き当たりの襖を開けると、十畳ほどの座敷にはなんと既に二人の先客がいた。
一人はやけにグラマーな女性で、スーツを着ていても巨乳であることがわかるほどだったが、想像を絶するほどの醜さで、いかつい顔面の中心に豚そっくりの鼻がへばりつき、手にしたコップからビールを流し込んでいる口元は鰐のように大きく、猪がかつらを被っていると言われても違和感が無かった。
あまりの酷さに年齢すら判別できないほどだったが、俺はその人物と面識があることを即座に思い出した。
「た、高峰先生!」
忘れようもない、以前俺の主治医だった女医である。
こんなところで再会するとは想像だにしていなかった。
「おや、誰かと思えば砂浜太郎やないのー。お久し振りー」
「あれ、母さんのお知り合いの方ですか?」
彼女に酌をしている、もう一人の先客がこちらを見た。
ごく普通の顔立ちをした、中学生くらいの少年で、黒い制服を着ている。
彼はビール瓶を机に置くと、丁寧にお辞儀をした。
「初めまして、高峰桔梗の息子、高峰竜胆といいます。
中学二年生の14歳です。いつも母がお世話になっております」
「い、いえ、こちらこそ、どうもよろしく。砂浜太郎です」
俺もついお辞儀を返してしまった。
それにしても礼儀正しいお坊ちゃんだ。
「砂浜さんですか。変わったお名前ですね」
「なーにダラなことゆーとるがやおリン、こいつの名前を付けてやったんはうらやで」
オークもかくやというご面相の女医が、話に割り込んでくる。
「えっ、母さんがこの方のゴッドファーザーだったんですか!?」
「そゆこと。彼が記憶喪失で砂浜を彷徨っていたところを警察に保護されて連れてこられたんで、うらが砂浜太郎って命名してやたんや。
でもゴッドファーザーよりはフェアリー・ゴッドマザーの方がええわあ」
「どっちかと言うとビビディとバビディと魔人ブウですよ母さんは」
「何を生意気なことゆーがやこの糞ガキめ!」
「ちょ、ちょっと! お店で喧嘩しないで下さい!」
「ん? 何を揉めてるのー?」
「おや高峰先生、もう着いておられたか」
「パパー! 腹減った!」
「あー」
俺の後ろからどやどやと、羊女に司令、花音、そしてチクチンがどやどやと入室してきた。
今までどこにいたんだ、こいつら。
「やっぱりヘルメットと羊マスクでの入店はまずいと言われたんで、外しておったんだ」
「そりゃ普通そうですよ……っておおおおおおおOBS!?」
振り返って司令を見た俺は、びっくりして思わず叫んでしまった。
何と彼の素顔は、角刈り頭のぽっちゃりしたおやじ顔……つまり先程まで俺が操縦していたOBSに瓜二つだったのだ。
「すまん、驚かしてはいかんと思って、ヘルメットで隠しておったんだよ。
話せば長くなるからな」
「長くてもいいから話して下さいよ! どういうことなんですか!?」
「ま、まずは一杯飲みながら語り合いましょーよ。夜は長いんだから」
「それもそうですね……」
俺もひとまず納得して席に着いた。なぜか上座だった。
「では、今日のエロンゲーションに対する勝利と、砂浜太郎くんのOBS隊への入隊を祝って、かんぱーい!」
「かんぱーい!」×5
「あー!」
司令の乾杯の音頭の元、俺達はビールを注いだコップを持った手を高く掲げた。
おっと、未成年者の二人はオレンジジュースだ。
あと、手のない約一名は声だけ上げて、高峰竜胆少年の膝を枕にくつろいでいる。
二人の関係が気になって少年に問い質したところ、「この方は僕のペット件師匠なんですよ」と意味不明な答えが返ってきて、俺は次句が継げず固まってしまった。
どういうことだってばよ!?
「ここの料理は今や某テニス選手のせいで高級魚になってしまったノドグロをメインにした豪勢なものだから、腹一杯食って味わってくれ」
「凄いですね……ところでさっきの話ですが」
ようやく俺は話題を差し向けた。しかしすぐ邪魔が入る。
「それはそうと太郎ちゃん、あなたSM倶楽部って行ったことあるー?」
「ないですよんなとこ! 今関係ないでしょう!?」
「それが大ありジャイアント・アントなのよー。
SMってのは、店員と客が一緒にロールプレイをする、いわゆる一種のファンタジーゲームなのよー」
「意味分かんねえ!」
「例えば客の中には、『異世界に転移して神様にチート能力貰ったんで魔王になってハーレム作ってたらもっとチートなゴリウー勇者に攻められて嬲られ逆レイプされかかるって設定でお願いします』っていう細かい設定を要求してくる人がいくらでもいるのよー。
だから、あたしも大概のことは受け入れられる精神力を身につけたってわ・け」
「で、結局何がいいたいわけですか?」
「つまりOBS関係については色々と信じられないような話が出てくるけれど、SM倶楽部の人気女王様の如く、広い視野でもって聞きなさいってことよ」
「……分かりました」
俺はぐいっとコップを空にすると、司令に向き直った。
「よし、では本当に長い話になるが、我慢してくれよ」
そういうと、司令は遠い目をして、旅の吟遊詩人の如く、摩訶不思議な物語を始めた。