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怨霊  作者: 卵焼き
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第二話

 今日は二週間の自宅謹慎最後の日である。昨日母からもの言いたげに受話器を渡され、大事な話があるから寺に来て欲しいと、川澄さんから伝えられた。謹慎中だから夜に来て欲しいとも。重要な話とはどんな話なのか気になったが、何も聞かなかった。一度会って彼女の寛大な雰囲気に魅せられたのかもしれない。屋上の一件もあるし、彼女なら信用できると思ったのだ。寺はあぜ道を途中で逸れて真っ直ぐ進んだところにあるようで、寺に向かうことについて別段心配はしていなかった。

 玄関を開けると鈴虫の鳴き声が聞こえ、ひんやりとした外気を感じる。夜に誘われるようだった。玄関を閉めると、僕は夜に包まれた。そこには、それを牛耳るような大きな満月が黙然と浮かんでいる。僕は大きな間隔で置いてある電柱だけが白く照らしている細いあぜ道を歩き出した。ジャリ、ジャリという足音と虫の鳴き声だけが聞こえる。あぜ道は田んぼに面していて、遠くの方の田んぼは真っ暗で何も見えない。何度も通った道なのに、初めて通る道のように感じた。

 少し寒くなってきて足を早めようとした時、ジャリ、という僕の足音以外の音が遠くで聞こえた。足を地面にすった時のような音だった。僕は足を止めて後ろに振り返った。何もいない。あるのは通ってきたあぜ道だけである。

 空耳かと思い、また前を向いて足を進める。僕はオカルトを全く信用しておらず、オカルトを扱ったテレビ番組を見ても怖くなかったために、自分は幽霊などに怯えることはないと思っていた。しかし、どういうわけか今は何かに怯えていた。足が速くなる。

 何かの気配を後ろに感じた。僕は、恐る恐る、ゆっくりと後ろに振り返った。そこには、赤い皮膚をした人間のような、目がとても大きな化け物が首をかしげてこちらを見ていた。

 僕はそれを見るやいなや全速力で走り出した。

 ただ走る。

 息が上がってきて横腹が痛くなってきた。それでも走り続ける。

 あぜ道を逸れて寺に向かう。

 何かにつまずいて、両手をついて転んでしまった。何につまずいたのか確認もせずに無我夢中に走り出す。

 寺らしきものが見えてきた。人影らしきものが見える。川澄さんだった。彼女は僕に気づいてこちらを向いた。


「あ、あの、川澄さん」


 息も絶え絶えに言った。


「おぉ、どうした。そんなに走って」


「そ、その、赤い、赤いのが」


「赤い……?」


「ば、化け物が、いて、その、いました」


「ほー」


 川澄さんはとくに驚いたこと様子を見せずに、僕の話を聞いている。


「それは、今お前の後ろの方にいるやつか?」


 背筋がゾクリとなるのを感じた。振り返ると、さっき見た赤い化け物が遠くの方からじっとこちらを見ている。


「ひっ」


 僕は情けない声を上げて、川澄さんの後ろに隠れた。


「ははは、大丈夫じゃ、わしはどうやら怨霊に嫌われているようでな、これ以上は近づかんよ」


「あれが、怨霊……?」


「それじゃあ、話をするとするか」


 そう言って彼女は僕を寺の中に案内した。

寺独特の匂いがした。窓から月の光が床を照らしている。僕は彼女に促されるまま、ミシミシとなる床を歩いて正座した。彼女は、かしこまらなくて良いと言ってあぐらをかいたが、足を崩す気にはなれなかった。


「今から、怨霊の話をする」


 話によると、怨霊とはさっき見たような化け物のことで、自由に姿を見せたり隠したり、物に触れることも出来る。怨霊は弱っている時の人間に取り憑いて魂を食べるとされており、魂の中心にある核を食べられると、食べられた人間は死ぬ。取り憑かれてから核を食べられるまでおよそ半年と言われている。

 また、怨霊は核を食べることを好む。そのため、取り憑かれた人間は既に核の周りをある程度食べられているために他の怨霊からも核を狙われさらに取り憑かれやすい。


「そして、お前は怨霊に取り憑かれている。私には見えるぞ。ただ……」


「……ただ?」


「なぜか、魂をほとんど食べられていないようじゃな……どういうことじゃ」


「見えるんですか」


「ああ、見えるとも」


「それはなぜです?」


「私は寺の娘だからなのか、そういう能力が子供の頃からあるようでな。それから今言った話もそうじゃが、信用するかどうかはお前次第じゃ」


「そうですか」


 あの化け物を見てから、僕はほぼ怨霊という存在を信じていた。いや、信じざるをえなかった。


「信用します」


「そうか。しかし……なぜじゃ……」


「……僕についている怨霊は、どういう怨霊ですか」


「普通の女に見えるの、髪の長い。ただ、妙な気持ち悪さを感じるんじゃよ、あれじゃ、生理的に無理じゃ」


 彼女は、露骨に気持ち悪そうな顔をした。


「気持ち悪いとはなんですか」


 僕の斜め後ろの方から、少しの苛立ちがこもった女の声がした。顔を向ける。僕と同学年ほどのの髪の長い、青色の浴衣らしきものを着た女が一歩後ろに正座していた。僕は反射的にのけぞった。


「ようやく姿を現したか。この怨霊めが。成敗してくれる」


 川澄さんは立ち上がる。成敗と聞いて、少し驚いた顔をしてから姿を跡形もなく消した。


「ふん、この腰抜けが」


 そう言って、彼女は息をゆっくり吐いた。僕はあまりの出来事に拍子抜けしていた。


「もしかしたら、これからお前に話しかけてくるかもしれん。ただ、相手をするな。いいことなど何もない」


「わ、わかりました」


「……結局、魂を食べない理由は教えなかったな、あいつ。もしや……」


「それはもちろん、魂を美味しく頂くためですよ。怯えさせて熟したほうが、より美味しくなりますから」


 天井からまた女の声がした。天井から上半身だけを出している。


「……ふん。そのまま沢田の魂を食べさせることなく殺してやる」


女は黙って姿を消した。


「何度も言うが、あいつの相手はするな。気色悪い」


「……わかりました。そういえば、川澄さんは怨霊に嫌われていると言っていましたが」


「ああ、それはじゃな。あいつが馬鹿なだけじゃろ。寺の娘だからか知らんが、他の怨霊はわしには近づかん」


「そうですか」


「他に聞きたいことはないか?」


「成敗というのは、なんですか?」


「隙を見て物理的に殴るか蹴るかでもして弱らせてから、わしの家に代々伝わる呪文を唱えながら札を押し付ける。それで消える。」


「怨霊は、全ての怨霊が喋れるんですか」


「わしが知っている限り、喋れる怨霊はあいつだけじゃな……。他にないか?」


「いえ、ありがとうございます」


「いいんじゃ。どうやらお前は怨霊に狙われやすいようようじゃ。核が他の者より一回り大きいし、熟している。お前を怯えさせて弱らせ、取り憑こうとする怨霊が多いじゃろう。わしは怨霊からお前を守る。そして、お前に憑くあの女を絶対に消す。必ずじゃ」


 僕の目を真っ直ぐみて言った。


「……ありがとうございます」


 頭を下げた。


「いいんじゃ、あそこで会ったのも何かの縁。こちらからも、よろしく頼む」



 女は、頭を下げる沢田をじっと見つめていた。

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