約束の成就
やっと、真の主人公である、詩人さんの出番です。
両親と兄夫婦と別れた子供達は、保護者である空風の精霊と共に、祭りの真最中の街へと繰り出す。二人の光地の神子の姿を見出した人々は、その服装で御忍びと判り、敢えて一般の子供達として扱う。
屋台を梯子しながらも、別段逸れる事の無い、神子達と見習い神官達、そして、この国の騎士達。
神官の護衛の騎士は、彼等と共に楽しんでいながら、辺りをさり気無く警戒する。年相応に見えないその姿と見覚えのある顔で、神子の騎士だと周りは気付く。
たった一人の大人は、彼等の行動を見つつ、同じく辺りを警戒している。だが、周りには全く気付かれず、子供達の行動で振り回されている保護者にしか、見えない様だ。
流石は風の精霊と言った処か、本来の穏和な性格に加えて、今までの経験が、彼の風の精霊とは別の意味での、一種の穏業の技をその身に着けている。
人には知られずに、己の行動を成すその技は、彼の得意とする物となっていた。今は、それを目の前の子供達を、護る為に使う。
その事は彼にとって、最も嬉しい事であり、自ら率先して望む事でもあった。
一通り、屋台を見終わったリシェアオーガ達は、風に乗って聞こえてくる詩に、気を取られた。特にリルナリーナは、その音色に聞き惚れ、音が聞こえる場所へ自然と足を向ける。
彼女(今は彼)の歩みに、連れの者達が気が付き、そのまま共に足を進める。
行き着いた場所は、舞踊家達が集まる広場。
その一角の、見覚え在る場所で、見覚えのある人物を、リシェアオーガとエニアバルグ、ファムトリアは見付ける。
竪琴を弾き、詩を詠う吟遊詩人…以前、子供三人と紅の騎士であるアーネベルア、そして、現在宰相であるバルバートアと共に出会った人物。
彼の詩声に魅かれて、リルナリーナが足を止め、その詩に聞き入る。同じ様にリシェアオーガも、それに聞き入り、詩が終るまで声を掛けるのを我慢した。
詩が終わり、人々が自分の周辺で集まっている事に気付いた吟遊詩人は、顔を上げ、客人達を確かめる。
詩人の詩を聞いていた様子を確認し、人々に声を掛ける。
「御気に召しましたなら、御心の金額で宜しいので、此方へ入れて下さい。」
詠い終わった後に、何時も言っている言葉を告げた詩人は、傍にあった白い料金入れの器を指差した。
その中に、リルナリーナは、小さな薄紅の石を入れる。これに倣ってリシェアオーガも、小さな青い石を入れた。
他の者は銅貨を何枚か入れていた為、その石だけが異様に目立つ。吟遊詩人は、入れられた石を凝視し、驚いたように子供達を見た。
石を入れたのは、双子の兄弟と思える子供。
光の神の祝福を受けた姿をした、美しい子供達。
その顔を確認した詩人は、噂に聞く神子達だと思った。
そう、彼等は、光の神にそっくりだったのだ。声を掛けようとして口を開くが、双子の内の一人が素早く話し掛けた。
「お兄さん、こんにちは。もっと、詩を聞かせて貰える?」
聞き覚えのある声に、詩人は驚き、閉じられた眼のまま少年を凝視した。
「もしかして、坊やかい?確か…オルディだったよね?」
敢えて、知っている本名のオーガという名を呼ばず、偽名を呼ぶ彼へ、少年はにっこりと微笑み、頷く。
彩は変わっていても、性別を変えていない為、声は変わっていない。その事を、吟遊詩人ならではの耳で、聞き分けたのだ。
会いたかった子供に会えた、その喜びで詩人は、嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、早速、あの時のお礼をしたいのだけど…良いかな?」
彼の言葉に少年は頷き、聞きたい詩を希望する。
それは、この季節に相応しい詩。
実りの秋に相応しい、リュース神を湛える詩。
前に会った少年からの依頼とは思えない、優しく慈悲に溢れた選曲であったが、目の前の少年は嬉しそうに聞き入っていた。
光地の神子様らしいという声が、周りから聞こえる。その声に一緒にいる騎士達も、兄弟も、同意していた。
詠い終った詩人は、先程の石を取り出し、双子の兄弟へ渡そうとした。
「こんな高価な物は、受取れないよ。」
そう言って、彼は返そうとするが、兄弟は首を横に振り、
「「お兄さんの詩が、気に入ったの。
だから、それはお兄さんの物。…迷惑なの?」」
と、最後は、困惑した表情で告げる。
彼等の言葉に詩人は、諦めの溜息を吐き、それを受け取る。その石が何であるか、判っている様子の彼へファムトリアが尋ねる。
「吟遊詩人のお方、それが何か、お判りなのですか?」
「神々が創られる輝石ですね。
今まで見た事が無い物なので恐らくは、新しい神々の物だと思います。」
流石は神殿に赴く、吟遊詩人である。
彼等は詩を詠う前に、神殿でその許可を得る。許可といっても、一枚の木札を無料で配布している物で、神殿に赴いた証拠となる。
同じ神殿へ毎年赴くなら、同じ木札に小さな印を付けられる為、年毎に印の色か、形が変わり、神殿で赴いたか如何かが判る仕組みになっている。
最低でも毎年この街の、全ての神々を祀る神殿へ赴いていた吟遊詩人なら、今手にしたものが、神々の輝石か如何か判るのである。
その事を踏まえたファムトリアは、彼の答えに納得したが、双子の片割れのリルナリーナが驚きの声を上げる。
「すごい!そんな事も判るの?」
「…リル、吟遊詩人なら、当たり前だよ。
神殿で詠う許可を得るんだから、本物の輝石を見る機会があるし、お兄さんは風の精霊の竪琴の主だよ。判らない訳がないよ。」
双子のもう一人が答えると、良く知ってるねと、吟遊詩人が言う。色々教えて貰ったからと、少年が返すと、詩人は微笑みながら、ある提案をする。
「折角会えたのだから、前の様に詠ってくれるかい?
勿論、私も一緒に詠うから…良いかい?」
言われた言葉に少年は、急に黙り込み、暫し考えた後で、申し訳なさそうに詩人へ断りを告げる。
「御免、お兄さんの提案は…受けられないんだ。
僕は…風の精霊の竪琴での演奏で、詠えないんだ。」
不思議な事を言う少年へ、詩人は顔を向ける。詩を捨てたのかと思えたが、困惑した表情で、違う様に感じた。