光の家族
暫くの間、主人公以外の視点となります。
あの忌まわしき国の残党が、戦の神の怒りに触れ、王国復興を目論見た全ての輩が、滅び去った二か月後。
新しい国の建国祭が行われる事となり、その前日…かの詩人が、この国の王都へ到着したのと同じ頃、光の屋敷に訪問者が現れた。
光輝く髪を持つ男性と、緑の髪の女性。
夫婦と見られる仲睦まじい彼等と共に、緑の髪の男性と薄桃色の髪の女性、そして、光輝く髪の双子の兄弟。
家族と思われる彼等は、未だ主のいない、光の祝福を受けた者が住まう屋敷へ赴いた。光輝く髪と青い瞳の男性と双子の兄弟は、祝福を受けた者と見受けられるので、その屋敷に居ても何ら問題は無い。
しかし、緑の髪と紫の瞳の女性と男性は、大地の神の祝福を受けた者の姿だったのだ。この屋敷では無く、大地の屋敷に相応しい人物達だけに、彼等を見つけた神官見習いは、何とも言えない違和感を覚える。
この為、不思議に思った若い見習い神官が、この家族の事を大神官に報告する。これを聞いた大神官は、大慌となり、その者を連れて光の屋敷へ赴いた。
屋敷の門前で出会ったのは、金髪と淡い黄緑の瞳の騎士と黒髪と翡翠色の瞳の騎士、そして緑の髪と瞳の騎士。
三人共、二か月前の一件でここを訪れていた、精霊騎士達であった。
「ルシナリス様、リュナン様、ランシェ様、御久し振りです。
貴方々がおられるという事は、あの御方々が、御見えになっているのですね。」
「御久し振りです。フォルムルシム・ラル・ルシアラム・リンデルガレ殿。
御察しの通り、我等が主の御家族が御出でですよ。」
光の騎士が答えると、若き見習い神官は、不思議そうな顔をした。
その時、神官達の背後から、急いで来た人物の声がした。
「ルシナリス様!リシェア様に御取次ぎを。
ファムエリシル・リュージェ・ルシアラム・カルダルアが、馳せ参じた事を…御伝えして下さい。」
息切れが聞こえるその声に、微笑を添えて判りましたと、光の騎士が答える。屋敷の方へ伝えるべく、その騎士が振り向いた処、少年の姿があった。
「カルディ、来たのか!…あ…リンデルも一緒か?」
嬉しそうに出て来た少年に、騎士達は、少し苦笑気味になった。しかし、少年は、彼等にお構い無しで、カルダルアの許へ歩みを進める。
「久し振りだな、カルディ。
フォルムルシム・ラル・ルシアラム・リンデルガレ、今日から、ファムエリシル・リュージェ・ルシアラム・カルダルアを借りて良いか?」
極上の微笑と共に告げられた言葉で、大神官は微笑みながら大きく頷き、承諾の態度を示す。
彼等の遣り取りに見習いは、再び不思議そうな顔をした。
光の神の祝福を受けた者だと、思っていたのだが、正神官達と少年との会話で、そうで無い気もする。然も、唯一一人に仕える正神官が、光の特徴を持つ少年の傍で、嬉しそうにしていた。
三人の様子で見習い神官は、改めて少年の服装を確かめる。
彼の服装は、貴族の子弟の様な物。
白地に金色の線と紫の葡萄の房、その上には小さな光龍の姿…その装飾を思い出し、見習いは慌ててその場で、普通の敬礼を施した。
「申し訳ございません。
己の未熟故に、神々の御姿を祝福された方と、間違えてしまいました。
本当に、申し訳ございません。」
深々と頭を下げる神官見習いに、リシェアと呼ばれた少年は、一瞬驚いた顔をしていたが、何かを察し、笑い出した。
「リンデル、この者、見習いの頃のカルディに似ているな。カルディも…この姿の私を、精霊と間違えた事があったし…な。
見習いならば、私が誰であるか判らないのも、無理は無い。
そなた、名を何という?」
名を聞かれて、戸惑う彼の代わりに、大神官が答える。
「この者は、バルラム・ルシアラム・フェントルと申します。
最近、見分の旅からこの街に戻り、此処の神殿の門を叩いて、まだ一ヶ月にも満たない身ですので、リシェア様が以前、此方に来られた事も知りません。
故に、何かに付け、失礼な事を仕出かすやもしれませんが、何卒、大目に見てやって頂けませんか?」
「未熟な者では仕方の無い事。
私は構わないが、他の家族が如何思うかは、判らない。
…多分、大丈夫だと思うが…。」
修行中の身では、間違うのは仕方無いと告げる少年だったが、他の家族の事を思うと、目の前の見習い神官が心配になった様だ。
「何をそんなに、心配しているのかな?我が妹は。」
不意に聞こえた男性の声に、少年は振り向き、笑顔を以てその主を迎える。
緑の髪と紫の瞳の青年…大地の祝福を受けた者と同じ姿であるが、纏う気で違う事が判る。彼は両生体であるリシェアオーガを、妹として扱う。
そんな彼に、大神官が話し掛ける。
「御久し振りですな、カーシェイク様。
この未熟者が、御騒がせして申し訳ございません。」
詫びを入れる大神官に続き、リシェアオーガの傍にいる神官も、挨拶を告げる。
「初めまして、カーシェイク様。
私はリシェアオーガ様に仕える神官、ファムエリシル・リュージェ・ルシアラム・カルダルアと申します。暫くの間、リシェア様の傍にいる事を、御許し下さい。」
大神官と、自分の妹に仕える神官の挨拶を受けたカーシェイクは、微笑を添えて彼等と向き合う。
「リンデル、私達は一向に構わないよ。
カルダルアだったね、許すも何も、リシェアがそれを望んだのだろう。
だったら、私達に、異存はないよ。」
妹の承諾を聞いていた兄は、妹の望みを覆す気は無かったらしい。この事に加え、何かを確かめる様に、年若い神官を見つめる。
「…君だね…リシェアの初めての神官は。我が妹から聞いているよ。
何でも、精霊と思っていたあの子の本性を見抜いて、仕えたいと願った子だってね。其処まで見抜く力のある神官って、貴重だよ。
良くぞ、我が妹に仕えてくれたね、有難う。」
カーシェイクから感謝の言葉を告げられ、勿体無いですと答える彼を、誇らしげに少年は見つめている。
その姿に見習い神官は、羨ましいと感じた。
神殿に来て日が浅い彼は、まだ仕える神を定めていない。
修行の間に見つければいいのだが、他の見習いが逸早く仕える神を見つけている為、少々焦りを感じていた。
それを危惧した大神官は、この家族を一番最初に見つけた者である彼に、仕える神を見定める機会を与えようと、この屋敷に連れて来たのだ。
今、ここには、目の前の戦の神と知の神を始め、光の神、大地の神、治癒の神、そして…愛と美の神が訪れている。その神々の中から、この者が仕える方を見出せれば良いと、思っていたようだ。
だが、そんな大神官の努力が、如何なる結果を生み出すかは、この場にいる誰もが予想すらしなかった。