番外編・もう一人の祖父 前篇
今回から二作程、番外編が入ります。
ここ、マーレリア王国に一人の少年が、とある屋敷の門前で佇んでいる。
輝くばかりの金髪と青い瞳の少年は、真っ白な髪と虹色の瞳の青年と、同じ瞳の色で淡い金髪に近い髪の色の青年を伴い、不安そうな顔でお供の一人である真っ白な髪の青年の方を見ている。
「レア、本当に此処なの?」
「そうですよ、リシェア様。
リケルの屋敷は、ここで間違いないんだけど…出掛けているのかな?」
人の気配の無い屋敷の様子に首を傾げる青年に、もう一人のお共である淡い金髪の青年が声を掛ける。
「ライアム殿の話では、本日は御屋敷に滞在と聞いていましたが…
如何したのでしょう?」
この国の国王であり、件の人物の息子である者から聞いた話を告げると、白い髪の青年が何かを探っている様に両目を閉じる。
「…隣の町で何か…ああ、何だか楽しそうなお祭りが始まっているみたいだね。賑やかな事が好きなリケルの事だから、率先して向こうへ行ってそうだね。」
大のお祭り好きのあの御仁を思い浮かべ、風の騎士は楽しそうに告げる。
彼の言葉に納得した少年は、風の精霊達に要望を伝える。
「だったら、其処に行ったら会えるかな?
レア、ケフェル、連れて行ってくれる?」
何時もながらの可愛らしいお願いに彼等は頷き、一瞬にして少年を屋敷から件の街への神殿へと運んだ。
彼等が赴いた神殿では、大地の女神への感謝祭である収穫祭が始まっていた。神殿での祈りは既に終わり、人々が町中で所狭しと並んでいる露店へと急ぎ足で向かっている最中であった。
この為、参拝に訪れた街の人々が少なくなった神殿へと、少年達が到着する。風の精霊と思われる二人を従えて現れた少年へ、ここの大神官が声を掛けた。
「光地の神子・リルナリーナ様と御見受けします。
私は此処の大神官で、リューシリア・ラル・ルシアラム・デルフェイムと申します。して…神子様、この度は、どの様な御用で?」
この大地の神殿の大神官に尋ねられた少年は、少々困惑気味に答える。
「あの…ね、此処にセルドリケルって人、来ていない?」
可愛らしい口調で返事をする少年へ、老人の声が届く。
「おや?レアも来たんかい。
…??もう一人は見かけん顔じゃな…??何じゃ、神子様のお供か。」
少年の姿を見つけた老人は直ぐ様その傍に駆け寄り、ここに来た理由を問う。返って来た返事は、老人に会いたくなったので来たとの事。
それを聞いた老人は、少年の頭を撫で始める。良く来たのうと呟きながら、神子を可愛がる老人へ大神官の声が掛かる。
「マーデルキエラ公爵殿、リルナリーナ様と御知り合いで?」
大神官の呼んだ名で老人・マーデルキエラ公爵は、少年の困った顔を見て大いに笑い出した。何故、彼が笑ったか判らない神官達は、困惑気味になる。
「ああ、済まぬ、こちらで勝手に神子様と話をしてしまって、本当に済まぬな…。
………?そうか?!デルフェイム様は、この子の名を知らぬのだな。誤解された状態では、神子様も名乗りを上げられなかった様じゃしな…。
のう、リシェア様。」
そう言って彼は、神子と呼んだ少年を抱き上げる。
傍から見たら孫を抱き上げる祖父にしか見えない二人に、その場にいる神官達は驚きの声を上げる。
「「「リ・リシェア様?!
公、リシェア様は、緑の髪と瞳の御子ではありませんか!!」」」
困惑した神官達の言葉に、今度は少年が申し訳なさそうな声を出す。
「…あのね…これが僕の本当の姿なんだ。
僕はリュージェ・ルシアリムド・リシェアオーガ。リーナ…ううん、リルナリーナとは本当に、双子の兄弟なんだよ。」
言われてみれば、間違えられたもう一人の神子と目の前の少年は髪型が違い、件の神子が好んで取る姿と今の姿の性別が違う。そして、決定的な事に少年の姿は、あの木々の精霊そっくりな神子と彩が違うだけだと判る。
光の神の似姿の少年に、神官達は納得した顔となる。
「では、リシェアオーガ様の真の御姿は、今の御姿なのですね。」
嬉しそうな顔の大神官へ、うんという言葉と共に微笑を添えた頷きが返る。その優しく無邪気な微笑に神官達は、安心しながらも見惚れてしまった。
そんな神官達を余所に、神子とマーデルキエラ公爵の会話は進んで行く。
「そうか、そうか、リシェア様は儂に会いに来たんじゃな。
それならば、ここの祭りに参加するかのぅ?」
嬉しい提案にリシェアオーガは頷き、嬉しそうな顔をするが、ふと頭を過ぎった疑問にその顔を崩す。
「いいの?迷惑じゃあない??」
己が神子と言う立場を考慮しての言葉にマーデルキエラ公爵を始め、周りの神官も微笑を浮かべる。
「迷惑なんかじゃあないと思うがのぅ…リシェア様は意外と心配性じゃな…。」
「そうですよ、マーデルキエラ公のおっしゃる通りですよ。
リュー様の神子様の御参加なら、逆に皆も喜びますよ。」
大神官の後押しに神子の表情は元の微笑に戻り、良かった…と小さな呟きが漏れる。しかし、神子が来た事が知れると大騒ぎが起こるかもしれないと予想したリシェアオーガは、身分を隠す事を提案した。
これを神子が提案した途端に、神官達は物凄く残念そうな顔になるが、彼等とは反対にマーデルキエラ公爵は楽しそうな顔となる。
正体がばれてしまえば大騒ぎとなるかもしれないが、普通に本人が楽しみたいのであれば、その方が良いと神官達を力強く説得する辺り、自分の実体験が多分に含まれている様に見える。その甲斐あってかリシェアオーガは、神子と言う事を隠して祭りに参加する事となった。
「そうじゃのぅ…儂の遠縁の子供って、事にすれば良いんじゃあないかの…。」
公の提案で遠縁扱いとなったリシェアオーガは、快くその提案に乗った。
呼び方を思案しているとマーデルキエラ公爵本人から、お祖父様で良いと返って来る。この言葉にリシェアオーガは、育ての親でもある木々の精霊の長老を思い出す。
じっ様…じゃあ、目の前の公の服装には似合わない。爺様でもやはり…違和感がある。考え抜いた揚句、提案通りお爺様と呼ぶ事にする。
「じゃあ、リケルお爺様、一緒にお祭りに行こう♪」
公自身は御忍びで無い為、その呼び名で一応納得したようだが…。
「リシェア様、今度御忍びで回る時は、他の呼び方にして欲しいものだのう。」
本音をポロリと漏らした彼へ少年は微笑み、耳元で囁く。
「その時は…じっ様って、呼んで良い?」
小さく告げられた要望に老侯爵は嬉しそうに微笑み、約束だぞと返す。祖父と孫の遣り取りにしか見えないそれに、周りの騎士達は苦笑する。
特に公爵に仕える騎士達は、主の悪い癖が始まったと嘆いている様であった。
「仲良しなのは良いけど、早くいかないと店が閉まっちゃうよ。」
好奇心を剥き出しにした風の騎士の声に、祖父と孫(両方とも仮)は頷き、護衛の騎士達と共に町へと繰り出した。
これを神官達は暖かな目で見送り、行方不明の神子が真の姿に戻った事を心の底から喜んでいた。




