風の詩人 ~かぜのうたびと~
一応、本編は今回で最終話となります。
この風景に詩人は、見惚れていた。
あの愁いを帯びた少年が、家族の許で優しげで慈悲に満ちた微笑を湛え、人々を見ている。初めて出会った時に心の内に隠されていると感じた、悲しみと怒り、恨みの念が無くなり、全く反対の感情…愛情と喜びに満たされ、それ等を周りの者達へ分け与える余裕さえある様に見える。
「あの子は…変われたのですね…。」
ぼそりと洩れた小さな呟きに、エーベルライアムが答える。
「そうだよ、エリヤ殿。オーガ君は、変われたんだ。
周りの方々の協力と彼自身の行動で、本来の自分に戻られたんだよ。」
国王陛下の返答でエリヤと呼ばれた詩人は頷き、目の前で繰り広げられる暖かな遣り取りに見入っていた。穏やかな家族の光景に詩人と国王が微笑みながら見ていると、他の人々も同じだと気付く。
他の国の貴賓達も、神官達も、そして…音を聞き付けて集まった街の人々……。沢山の人々が神々とその家族の微笑ましさに、笑顔を浮かべている。
特に光の神に抱えられた少年へと彼等の視線が集まり、安心した様な物となっていた。この集まった視線に気付いた少年は、先程の無邪気な物とは異なる一段と優しい笑みを零す。
光地の神子としてでは無く、この世界を護る守護神、戦の神としての微笑み。
周りにいる者達を己の守護する者として捉えている様なそれに、詩人・エリアは、全ての真実を悟った気がした。
自分が耳にした噂全部が真実であり、彼が気にしていた少年は今、家族の許で幸せに暮らせている。勿論、周りの人々も少年を認め、愛情を注いている。
もう邪気は、少年の心の中に存在しない。その代わりに神龍王として、守護神としての揺ぎ無き意思と志、そして…深い愛情。
生きと生ける者達に対して、海より深い愛情が少年の中に満たされていると感じる。風の精霊の竪琴の主である詩人故に、以前の少年の心の奥をも感じ取れていた。
あの時とは違う今の少年…いや、光地の神子であり、神龍王であり、戦の神。
木々の精霊だと思っていた少年が、実は噂通りであった事にエリヤは安心し、また会える事が出来るなら会いたいと思ってしまった。
心配からでは無く、これから変って行く少年の姿を見たいという好奇心から、会えそうな場所を思い巡らせていた。
「ライアム様、リシェア様に御逢いしたいと思うなら、ルシフの神殿…神華の塔へと行けば良いのでしょうか?」
再び会いたいと願う詩人に、高い声が被る。
「ルシフの生誕祭なら、来年も行く予定だ。だが、それ以外でも機会があれば、ルシフには行くと思う。」
何時の間にか、光の神の腕から解放された少年が彼等の前に現れる。優しい微笑を湛えて告げられた言葉に詩人は、事ある毎にルシフへ立ち寄る事を決意する。
この神子…いや、神の成長を、行末を、この命ある限り見て行きたい。先程より強くなる己の望みに、詩人は内心苦笑する。
詩人自身が持つ、風の性質…好奇心の強さを改めて認識し、神子と向き合う。
「リシェア様、来年の生誕祭には必ず参ります。ですが…その前にも、ルシフへは参るかもしれませんが、その時も御逢いしたいです。」
強い声で希望を告げる詩人に神子は嬉しそうに頷き、その時も詩を聞かせて欲しいと望まれる。
嬉しくもあり、少々恥ずかしくもある事を宣言された詩人は、私で宜しければと謙遜の言葉を告げる。勿論と少年だけで無く、何と、此処にいる神々からも頷かれた詩人は慌て始める。
この様子にエーベルライアムが微笑み掛ける。
「エリヤ殿の腕前は、私も補償するよ。本当なら神殿か王宮に勤めて欲しいのだけど、風の精霊の竪琴の主だから諦めてるんだよ。」
風の性質を持つが故に風の精霊の竪琴に選ばれ、その為一つ所に留まる事をしない詩人の事を残念そうに告げる国王。それ程までに肩入れされている詩人の詩に、光の神と大地の神が興味を持ったようだ。
「エリヤだったな、後でそなたの詩を聞かせてくれないか?」
光の神・ジェスクの言葉に、神自身の子供の声が被る。
「父様、その事なら大丈夫だよ。
僕がお兄さんに頼んでいるから…ね。」
楽しそうに告げるリシェアオーガに、詩人は微笑を添えて頷く。序でとばかりに彼は、自分の希望を言う。
「宜しければ…その…ジェスク様とリュース様、アレスト様とリシェア様との共演もしたいのですが…宜しいですか?」
詩人の望みを聞いた彼等は、喜んでと告げてから再び演奏を開始する。この際に詩人の竪琴も加わり、優しい音を奏でる。
辺りに満ちる神々と精霊の竪琴の主の演奏と詠声、新しい国の建国祭に相応しいそれが街中に響き渡り、一層賑わいを見せている。民衆の中には一緒になって詠い出す者も出て来て、より一層楽しげな祭りとなった。
演奏が終わりを告げて夜の闇が深まる頃、王族達は王宮へと帰り、神々もまた神殿にある祝福された者達が住まう屋敷へと帰った。
勿論詩人は、光地の神子達と一緒に光の屋敷へと向かう。そこで明日に備えて休み、祭りの間中は街中とこの屋敷を行き来した。
もしもの事があるといけないと言う理由で、護衛に風の神龍を付けられた詩人は、大いに恐縮したが、風の龍からは、詩人の詩が満喫出来ると嬉しそうに言われてしまう。その為か、姿の見えない護衛が増えている事に詩人は気が付くが、自分の詩を聞きたいと希望した者達だと思い、そのままでいた。
そして…祭りが終わり、光と大地の家族へのお礼の演奏も終えた時、詩人はこの国を後にする。
再び会える戦の神と別れを告げ、詩人は諸国へと旅立つ。
光の屋敷で教えられた新しい神話を胸に、神々の輝石で作られた腕輪に護られた詩人は、それを伝えながらルシフの国へと到着するであろう。
戦の神の誕生とマレーリア王国での初冒険の詩は、この詩人・風のエリヤによって、方々の神殿や人々の間で広まって行く。
風のエリア…風の精霊の竪琴の主である為、そう呼ばれた彼であったが、精霊で無く極普通の人間であった。
彼がその生涯を閉じるまで、戦の神との会合は続けられた。彼の死後、その魂は戦の神によって迎えられ、命の神の許へと導かれる。
この後の彼の転生先は、神々しか判らない。
だが、彼の魂は再び、かの竪琴の音を奏で、ルシフの国やこのマレーリア国を訪れるであろう。そして…在処を変えた国王や宰相、騎士達とも再会を果たす日が来るかもしれない。
その時は…遠い未来かもしれないし、近い未来かもしれない。
今回でこの話は終わりますが、次回から番外編と言う名の、別の話が二話程続きます。宜しかったら、こちらもお付き合いして下さいね♪




