不幸デビルとFIGHTMONEY
あと一人、それで花凛との条件は満たせる。
わずかな希望が見えながら、俺は期待と自信に胸を膨らませるのを隠せずにはいられなかった。
「……気持ち悪いよ、やっくん」
「んああ、悪い。とりあえずあと一人揃えば俺たちの目標の部活は創部出来る。今からならまだ勧誘も可能だ」
外はまだ陽が照っている。
まだ西に傾いてもいない元気の良い太陽がこんにちはだ。
「よし! じゃあーー」
「清水は帰宅だ」
「えー、なんでさー」
「お前、自分の立場わかってんのか?」
「え? あーそだった、あはは」
能天気にも程があるだろ……
ある意味悩みの種の一つとなりそうな気がする。
実際問題、HLGの連中は清水に近づこうとした奴らは鉄拳制裁にしてきた。
俺だけ例外なんてのはあるはずも無い。
俺の保身の為、清水の行動は常に警戒する必要があるのだ。
「気をつけてくれ、頼む。部活の入部申請書は俺が預かって、直接城ヶ崎先生に提出する。もし見つかったらヤバイからな」
「はーい、んじゃーやっくん頼みもーしたー!」
上目遣いで「えいっ!」と言いながら俺の胸に申請書を押し当てて来る。
こいつ、男を無意識のうちに虜にする技術でも備えてんのか?
俺はこういう事されても客観的にしか見れんから何とも言えないが。
「ありがとさん、んじゃ帰り気をつけろよー」
俺は生徒相談室を後にしようとドアに手を掛けた。
「へっ、待ってるよ? 一緒に帰ろうよー」
こいつ、さっき言った事聞いてたのか?
「だーかーらー」
「いいじゃん、帰ろう?」
また上目遣い、しばし目が合い沈黙が訪れる。
一番苦手な奴だよこれ。
俺が視線を流しても清水は視線を外さない。
「わかった、わかったから視線を送るな。キツい」
根負けすると清水はニコニコと笑顔でタブレットをいじっていた。
生徒相談室を出ると、案の定と言うべきかHLGの連中が正面をぞろぞろと通り過ぎていった。
「よう、そこのお前」
ふと走ってきた方から声がする。
振り向くとそこには関取……いやいや巨漢がいた。
……タイタン、神所操。
「なんだよ」
「ん? お前、俺を前にしてビビらないのか」
「は? なんだよそれ。そんな事より用件を早く言え。こっちは忙しいんだ」
俺ほど強く出たことがある奴は珍しいのだろう。
神所は少し驚いていた。
「ああ、それはすまん。実は我らが清水様を探しているのだが行方を知らんか?」
「清水? んあー……知らねえな、そもそも俺、人の名前とか顔覚えんの苦手だし。会話とかも疲れるからしたくねえし」
捻くれた喋り方で頭を掻きながら人間関係嫌いですアピールをする。
俺の15年間はこれで大体一人になることが出来た。
自慢じゃねえが、嫌われることなら慣れてるし得意だ。
そう思っていたが、神所はそんな俺の言動にむしろ違う意味で感心していた。
「そうなのか……では今まではどうしてきたのだ? 行事や学校は、家族にもそのような振る舞いなのか?」
「あ、いや……あの……」
「別に怒っているわけではない、ただ気になるのだ。親の教えは絶対厳守、礼儀マナーも著しく反してはキツく言われたり評価を下げられたりするこの日本で、お前の様に初対面の相手にそこまで口悪く、素行悪く言動を取れるのかが」
自分で言うのもなんだが、俺ってそんなに酷いか?
ちょっと素直過ぎるだけというか、包み隠すのが面倒くさいだけなんだがな。
まあ、酷評を頂くのは今に始まった事でもないからいいとして。
「そんなの精神が歪みきっているからだろ。だからと言って他人を悪く言おうなんて思わないし、リア充達が楽しそうにしているからといって妬みもしない。昔嫌な事をされた当事者だからとかじゃなく、どちらかと言うと面倒くさい連中に関わりたくない。事故は火の元を断つのが一番だって言うしな」
歪んだ考えだ。そんなの分かっているが隠そうとも思わないし、それをとやかく言われる筋合いもない。
「なんと、その見上げた根性。気に入ったぞ、我がHLGに入らないか?」
こいつさっき言ったの聞いてなかったのか?
それとも何か? 脳筋は根性さえあれば話は聞かずに勧誘するマジな単細胞なのか?
「あ、いやだからさ、面倒くさい連中と関わりたくーー」
「そうか!なら尚更だ!ウチには熱いヤツらがいっぱいいるからな!はっはっは!」
ミシミシと右腕一本で俺の首をがっしりと締め上げる。
じ、冗談じゃねえ……死ぬ死ぬ死ぬ。
プロレスラーかよ、この腕……。
締め上げられながらもズリズリと引きずられて行く俺、そして連行する脳筋神所。
その光景をドアからこっそり見ていた清水と目が合った時には、俺の意識は暗闇へと飛んでいたのだった。