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不幸デビルと幸運エンジェルず  作者: 想名ユウキ
不幸デビルとUNLUCKYDAY
1/8

不幸デビルとUNLUCKYDAY

 人は自分にないモノに憧れを抱く。

 それは一種の嫉妬や劣等感からだ。

 ましてや、天才が天才である事を普通だと思っても凡人から見たら、それはただのイヤミにしか聞こえない。

 だが、凡人にはそんなイヤミでさえも、言える時点で立派に歪んだ憧れなのだ。

 しかし、それなら天才にとっての憧れとは何だろうか。

 必ずしも憧れなんてモノは確立していないだろうが、少なくとも目指すべきものの一つや二つはあるはずだ


 そう、俺のように……


1


「XとYの接点を1とすると座標軸は……」

 後ろを見ればタブレットの画面とにらめっこ、右を向けばマンガ本とにらめっこ、前のヤツらは必死に板書。

 入学してから一カ月、俺は舐めてんじゃねえのか?などと思いながらも、簡単過ぎる数学の授業を聞き流していた。

「ここ、わからないヤツいるか?」

 数学担当教師の平出が確認を取る。

 だが聞かれた所で大概は知らなくても手はあげない。

 羞恥心が当事者の心にブレーキをかけるのを教師は皆知っているが、建て前として聞いておく必要があるからだ。

 教える側の人間として。

「大丈夫だなー、んじゃ来週はここまでの確認テストするからな」

 そう言うと、足早に教室を去っていく。

 授業は終わっていないのにだ。

 いったい何故か、答えは簡単だ。

 周りがざわつき始める。

「マジ平出の授業楽じゃね?」

「ほんと生徒わかってるわー」

 サボり、好ましい行為ではないし生徒の模範となるべき人間が舐められる原因の一つ。

 だが、気にはしない。

 俺自身わからない事があるわけでもないし、平出の先程の確認に挙手をしなかったということは、来週ある確認テストで全員万丈一致で満点取れますと肯定した様なものだからだ。

「そいえば部活強制参加じゃん、何部にする?」

「あー、そんなんあったなー」

「テニス部でよくね?」

「だなー、ここのテニ部って女子可愛いけど男子ってほぼ活動してねえしな」

 俺の様なぼっ……孤高の存在を他所に、部活について一角で盛り上がっているグループがいる。

 この稜聖高校は部活動強制参加の体制をとっているのだ。

 だが、この制度。不満しかない。

 青春にスポーツやら音楽やら何かしら好きなモノに熱中する体育会や文科系は良いだろう、仲間と集いワイワイガヤガヤと楽しく活動するのも悪くないだろう。

 しかしだ。全てにおいて無気力、無関心で何においてもやる気の出ない人間、特に俺とか俺とか俺とか、そう言った人間にとってはただの苦痛でしかない。

 そもそも仲間意識を抱かない俺には部活動はおろか友人なんてのも存在しない。

「おーし、席つけー放課後のホームルーム始めんぞー」

 平出がいないまま、授業が終わるとすかさず担任の城ヶ崎が入ってきた。

 クールな足取りでハイヒールを鳴らすその姿は、男子からは好意的な視線を、女子からは憧れの視線を一身に受けていた。

『っち、あのクソジジイども、後で殺す』

 独身と言うのもあって男性教師からもイヤラシイ目線を受けているのだろうか。

 口パクで周囲からは悟られていないが、俺はその唇の動きを逃しませんでしたよ先生。

 城ヶ崎が笑顔で振り撒くと、散り散りになっていたクラスの全員は訓練された兵隊のような早さで席に着いた。とても幸せそうだ。

 そして異様な寒気を感じ取ったのは俺だけか?

「では、今日から部活見学の参加及び入部申請を受けるからコレが終わったらしたいヤツは言いに来い。期限は前も話した通り二週間だから忘れるなよー。んじゃ、解散!気をつけて帰るんだぞ」

 それだけ言うと、城ヶ崎は淡白にホームルームを終えた。

 ぞろぞろと教室を後にするクラスメートを他所に、俺が少し遅れて席を立った。

「お、八雲。まだいたのか」

 視線をバンバン浴びせてきておいて何を言ってんだこの人。

 教室から出て行くヤツを横目に城ヶ崎はこちらをガン見していた。

 わざとらしい。

 他のヤツなら歓喜する所だが、今はむしろ無視して帰りたい気持ちで一杯だ。

「これから暇か?」

「あ、えーっと……暇は暇ですが先生に裂けるほどの暇さではないです」

「よし分かった、じゃあついて来い」

 ……今言った言葉はスルーですか?

「あのー」

 言われるがままに後ろをついていくのも癪なので訪ねてみた。

「……なんだ」

「さっき口パクで言ってた事に僕も加担しろと言うことですかね」

 逆鱗に触れたのか鋭い眼光でジロッと睨んできた。

 背筋が凍りつく思いでボヤく。

「イヤだなあ、さっきジジイ殺すって言ってたじゃないですか」

「っち、貴様。見た時から陰険なヤツだとは思っていたが、まさかあの小言が聞こえたとは……私の身体に盗聴器でも仕掛けてたのか?」

「違いますね」

 すると、城ヶ崎は顎に手を当て思案し出した。

「もしや、私の心を読んだのか?」

「それも違いますね」

「好きなのか?」

「違いますね」

「私と結婚したくないとか?」

「絶対ちが……誘導尋問はやめてくれませんか」

 半ば呆れながらに溜息を吐く。

 心なしか城ヶ崎の頬が赤らんでいる。

 そんなこんなで俺が連れてこられたのは、学校の本校舎と広場を挟んだ建物、廃校舎だった。

 廃校舎と言っても、そこまで古ぼけているわけではなく学科の減少による必要教室枠が少なくなった事でただの空き舎となっているだけらしい。

 そんな事なら学科が減った分、他の学科の入学者を増やせよと思ってしまう。

「んで、こんな廃校舎に連れて来られた僕はここで脅迫・恐喝・暴行を受けるんでしょうか」

「いや、今日のところはしない。だが……強制はしてもらう」

 強制? 矯正? はて何のことか。

 それに今この人、今日のところはって言ったぞ?

 頭の角度を90度回転させる勢いで捻って悩む。

「貴様はここで、強制的に生活をしてもらう。いわゆる下宿しろって事だ。親には許しを得ているので心配はいらん」

 城ヶ崎はうんうんと頷き、一人で満足そうな顔をしている。

 一方の俺はと言うと、捻った首がゴムの様にバチンと戻り、顎がガッコンと勢いよく下がった。

 一瞬自分をネジの外れたポンコツなブリキと勘違いしてしまう。

「聞いているのか、八雲」

「あ、ああ……てか、状況がさっぱり入ってこないんだが」

「だろうな。受け入れ難い事実だが、実際問題これがリアルだ。受け入れろ」

 俺の肩に手を置くと、城ヶ崎は軽やかな足取りで廃校舎の中へと入っていった。

 一通りの説明を受け、校舎内を歩き回る事一時間。

 陽は傾き薄暗くなっていた。

「八雲、今やここは貴様の家だ。思う存分寛げ、最初の内は地獄だろうが住めば都ってヤツさ。前向きにとらえろよ」

 玄関で城ヶ崎が帰るのを見送る。

 ヒラヒラと手を振り、立ち去る姿はまるで遊び人そのものだった。

「とりあえず、家帰ろ」

 実家に帰らなきゃ、元も子もない。

 泊まるにしても道具も無いし、そもそも親の言い分が聞きたい。

 いきなり学校で泊まれとか常人の考えがじゃないだろ。

 俺は城ヶ崎が帰ってからさらに1時間後、小屋の置き忘れられた自転車で実家への帰路を駆け抜けた。


2


「あ、兄貴だ」

「おー昴輝、学校泊まるんじゃなかったの?」

 家の玄関を勢いよく開放する。

 『なんだお前か』と言わんばかりの当たり前さで何やらどデカい荷物をまとめている最中の妹、凪と姉、紗希がいた。

「なんだ、その荷物……てか母さんと親父どこだよ」

「は?兄貴に言ってなかったっけ?世界旅行の券当たったって4枚」

「それで、一番大切な時期の昴輝は一人でお留守番になったのよ。どうせ世界旅行なんか興味ないでしょ」

 唐突すぎる妹と姉の答えに思わず絶句する。

 なぜそんな馬鹿げた話が俺の記憶にない。

 そんな重大な話なら普通忘れないハズだ!

「おー、昴輝!」

 親父がアロハシャツを着て廊下に現れた。

 季節ハズレもいいところだ。

「親父、どういう事だよ!急すぎんだろ世界旅行とか!」

「お、おう?急じゃないぞー。ちゃんとお前の入学式の説明会で言っだろ?」

 入学式の説明会、思い返しただけで苦くなってくる。


 ーー1ヶ月半前の出来事。


 あくびをしながら手元の資料を眺める。

「入学式とかダル……」

「昴輝あくびなんかするな、みっともない」

 隣には親父が落ち着いた様子で説明を聞いていた。

 ボーッとしていると一気に睡魔に意識を刈られそうになってしまう。

 桜の舞う体育館は、春の暖かさを感じさせ、少し涼しい風が吹き抜ける。

 俺は話なんか聞くのもアホらしいと視線を泳がせ、他の生徒達がどんなヤツがいるか眺める事にした。

 すると思いのほか真面目なヤツは少なく、アイマスク持参で寝る女や隣の女にさっそくナンパしてる男、ジャラジャラとしたチェーンやリングを腰や指にはめている金髪のザ・チャラ男がいたりと進学校とは思えないキャラの濃さを出していた。

「ん?なんだまともなヤツいるじゃん」

 その中で一人、目に留まった女生徒がいた。

 別に派手でもなければ常軌を逸脱しているわけでもない。

 いたって普通の少女だ。

「んおっ?」

 ふと少女を凝視していると目が合った。

 しかし、微動だにせずこちらを見てくる。

 なんだよ……、負けじと睨み返す。

 すると女生徒は右手の人差し指を立て、メトロノームの要領で左右にチクタクと振り始めた。

「バカにしてんのかよ……」

 ムっとしながらも、無意識にその指の動きを目で追ってしまう。

 ヤバい……なんだこれ……

 目がとろ〜んとして来た。

 視線を外そうにも金縛りにあった様に外せない。

「そういえば昴……に行くんだが、……だから、昴は行かな……だよな?」

 親父が何かを言った気がする。

 眠すぎて頭に入って来ない俺は、半分聞き流しながら適当に頷き返事をしていた。


 ーーあの時か……

 今更ながらに後悔する。

 あんな子供騙しに踊らされるとは。

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