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銃と愛馬で、海を求めて

作者: 千葉野 海

だいぶ前から、私はニシナの女で、同時に組織の殺し屋だった。世間はそのことに、同情したり、嫌悪したりするらしいが、私にとってはどうでもいいことだった。

ニシナは、この手の業界の中ではかなりマシな方の人間だと思う。殺す相手は選ぶし、クスリや人身売買だってやらない。基本的には武力行使の代替が収入源で、副収入として、車や銃やその他もろもろの密輸をやってる。あと、軍からの横流しなんかも。

私はニシナの女だけど、別に嫌々あいつと寝てるワケでもないし、あいつだって関係を強要したことなんかなかった。ただあいつが「今日、いいかな?」なんて少し恥ずかしそうに聞くから「うん、いいよ」って、答えてやってからコトは成立する。

そんなこんなで、私は今の生活をそこそこ気に入っている。この生活で手に入れる煙草は上手いし、愛馬の360モデナは最高のクルマだ。最初はあまりカッコ良くないと思ってたけど、ハーマンのエアロをつけてからグッと良くなった。やっぱり、走るためのマシンにはエアロやウイングが良く似合う。


青い空、山、そして湖面。美しい景色だったが、やはりそこは田舎らしい良さがあるのであって、紅い愛馬は景色から浮いていた。

最近、こうやって縄文焼きなんかをかじりながら、景色を眺めていることが多い。最近、ニシナと疎遠になっているからだろうか。仕事を頼まれることも少なくなったし、夜の関係だってずっと持っていなかった。だからと言ってどうということはないのだけれど。ロクに仕事もしないで、こうやって、フェラーリを乗り回しながら、綺麗な景色を見て、お焼きを食べれられるのだから、世の中の大抵の奴は羨ましがるだろう。

「こんな田舎に燻って、好きな車乗って好きにやってられるっつーのに、なんでお前は物足りなそうな顔してるんだ?」

かつて私に、嫌悪も同情も見せず、真っ直ぐにそう言い放った男がいた。

関東の方でヤバイ仕事をしていたらしいのだが、しばらく地元にいられなくなって、ほとぼりが冷めるまでは、あちこちで運び屋をしているつもりらしい。あのときも、確か千葉の柏で仕入れた武器をこっちまで持って来たとか言っていた。

「お前さ、海見たことあるか?」

あいつの、そんな問いかけを思い出した。

「モンゴルとか中央アジアの田舎でするような問いかけだね。子供の頃に、泳いだことはあるよ。今じゃ、こうやって湖見て過ごしてるけど」

取引が終わったあと、二人並んで、ここで同じように湖を眺めながら、そんなやりとりをしたはずだ。

「大人になってから見るのが良いんだって。色々気持ちの整理がついたりつかなかったり、そんな場所になってる」

「何それ?そんなの見に行っても行かなくても一緒じゃん。信州の人をおちょくってる?」

別に地元を愛してるとかでもないんだけど、海のあるなしなんかで自慢したり馬鹿にしたりする様な態度は気に障るものだった。

「そういうつもりじゃねーよ。そうやって堂々と煙草吹かしてられるトシなら、具体的なもんが得られなくても、なんか感じられるだけで一興って感覚が通じるはずだと思っただけだ」

そう言って、男は、携帯灰皿で煙草を揉み消した。続いて私にも差し出してくれたので、遠慮なく、短くなった煙草を捨てさせてもらう。

「そんなもんかなー」

「そんなもんだ。お前んとこのボスなら、そういうの、良くわかるんじゃないのか?」

「そんなもんかなー」

同じ返事を繰り返すことになった。

最近、その時のことをよく思い返す。そういえば、なんとなくニシナと疎遠になったのも、あれ以来のような気がする。別にニシナの女は私の他にもいたし、特には気にしてなかったけど。

なんでだろう。

「海、行こうかな」

そんな呟きがこぼれた。

愛馬のフロントトランクを開ける。決して広いスペースじゃないけど、そこにはライフルケースが収まっていた。

車内でケースの中身を取り出す。ベレッタ社製のSC70/90が、ストックを畳んだ状態で収まっている。ストックを広げ、バトルキャップを開け、ダットサイトを点灯させる。悪くない感じ、すぐに使える。

マガジンを取り出し、アモを詰めていく。とても人の命を奪っているとは思えない指が、淡々と、5.56ミリ口径のライフル弾を押し込んで、兵器として使える状態にしていく。弾込めをしている間に日が暮れたので、エンジンをかけて室内灯を点けた。手持ちのマガジンが弾でいっぱいになったので、今度は拳銃の予備マガジンにも弾を込めて行く。こちらは.四十口径だ。

後ろからは、アイドリングのエンジン音。過剰なV8のレシプロ音が、静かな湖面や山中に響いているのだが、不思議ととても静かな光景に思える。

全ての弾込めを終え、SC70/90に一本目のマガジンを差し込み、コッキングレバーを引いて初弾を装填する。ガシャリと、頼もしい音がする。恋人の様に、助手席に立てかけておく。同じくベレッタ社製のPx4も、マガジンを確認してからスライドを引いておく。M84FSもあるけど、こちらはそのままのしておいた。人生、何があるか分からないものだから。

アイドリングのまま、一旦車を降りて、煙草に火を点ける。不思議なほど、キャスターの甘さが香った。とても気分が良い。ゆっくりと一本を味わい、あの日の様に携帯灰皿で吸殻を揉み消し、暗くなってしまった湖に別れを告げる。信州の星空が綺麗だ。

愛馬が、彼にしてはゆっくりと道を南下する。大町のスタンドでガソリンを満タンにする。初めて組織とは関係のないスタンドを使ったけれど、特に戸惑うことは無かった。スタンドはスタンドだ。

「お客さん、凄いの乗ってますね。どちらまで行かれるんです?」

会計を終えてから、店員がそんなコトを聞いてくる。

「ちょっと、海でも見に行こうかなって気分になって」

「へぇ、フェラーリでぇ。優雅なもんですね。けど、ニシナのマダムが一人歩きとは、感心しませんねぇ」

どうやら、敵対組織かどこかの奴だったらしい。拳銃を突きつけようとしたので、瞬時に抜いて、躊躇なく撃ち倒した。血を撒いて倒れたが、可哀想なことにまだ息があった。

「スタンドでこんなもの抜くなんて、感心しないよ」

最期にそう教えてから、彼を眠らせた。こんなものを振り回す人生だ、疲れただろう。ゆっくり眠るといい。

生き残った私は、大急ぎでスタンドを発進した。

律儀に信号を待っていたところで、変な車に追いつかれた。メルセデスのEとBMWの5、アウディのAだかSの6辺りというドイツ車三兄弟だ。長兄のメルセデスが、片側一車線なのに、車を並べて来た。仕方なくウインドウを開けてやる。これから長くハイウェイに乗るのだ。を失いたくはないを

「こんな時間からからどちらに?今日は仕事のスケジュールはありませんよね?」

ニシナめ、最近はこんな下品な連中を雇ってたのか。

「別に。私が外出するのに、貴様らの許可が必要か?」

こんな時、笑えるほど、悪くて偉い女になりきれてしまうから不思議だ。

「いえ、ただニシナさんも出先を知らないということなんで。旦那さんを心配させるもんじゃないでしょう」

無礼にも次男と三男が降りて私の車に近づこうとしたので、奴らの足元に.四十口径を一発お見舞いしてやる。

「触れるな!」

私が最もガマンできないのは、汚い奴に愛馬を触れられることだった。フェラーリドライバーに接触しようというのだから、そのぐらいは考えて来るべきだろう。連中も抜く構えを見せる。

「マダム、いくらなんでもヤッパ振り回されたら、こっちも対応が変わりますよ」

最後に、長兄が抜いたのを見て、Px4で撃つ。今度はダブルタップが綺麗に頭を撃ち抜いた。

当然弟共が撃ってくるので、SCに持ち替えながら、スピンターン。回りながら、連中を横薙ぎにする。

人間が全部黙った所で、可哀想だけど、ドイツ車三兄弟のボンネットにもライフル弾を浴びせ、オーナーの後を追ってもらった。私を追いかけられても困るから。


結局それから、何度もトリガーを引く羽目になった。味方、敵、警察、多分自衛軍、武装警備員。色々な人たちを撃った。警察や軍には、なるべく死んじゃう所に当たらないように撃ったつもりだけど、きっと、真面目なだけの警官や兵士の命だって奪ってしまっただろう。急に、組織にいることが嫌になって、海を見たくなった。たったそれだけのことでだ。

愛馬のモデナはボロボロだった。ウインドウは一枚だって残っていないし、ミラーも両側無くなっている。あれだけ後ろから撃たれたのに、エンジンが動いているのが奇跡的に思えるほどだ。

カービンの弾だってもうないし、Px4はハイウェイに落としてしまった。後は、M84の弾が少し残っているだけ。けれど、肝心な私自身が、もう運転しながら戦える状態ではなかった。

何かの空き地のような駐車場にたどり着いた。ダメージを負ったのか、ガソリンが漏れているのか、遂にモデナも静かになってしまった。

私自身も、銃槍やら、何かの破片を浴びた傷やらにまみれ、もはやスクラップ寸前だった。左手の感覚がないので、右手だけで煙草を取り出し、咥えてから、ライターを握り直し、火を点けた。旨い。こいつの在庫だけは切らさなかった。

左から日が登って来て、正面が海だったことに初めて気がついた。私の目の前で陸が切れ、どこまでも波打つ水面が広がり、雲と波の切れ間の左側が、オレンジ色を反射している。

心がすっとする様な、どこか押しつぶされる様な。そうか、これが海なんだ。

波の音が大きくなっていく。私の中の潮騒だ。血の匂いも、潮の匂いに似ている。私の中にも海があった。そうか、だから人は海が見たくなるのかもしれない。

あいつの言っていることは正しかった。あとは、何故か無償にあいつの顔が見たいけど、それは我儘だろう、諦めよう。それを差し置いても、今の私はとても満たされていた。

あぁ、こんな私でも、こんな気持ちで眠りにつけるなんて!

「なんだよ、せっかく跳ね馬拾えたと思ったら、スクラップな上にオーナーがいたんじゃなぁ」

その無遠慮な声で、私はまだ生きていることを知った。そうか、あれだけ撃って、あれだけ撃たれたのに、まだ私は眠ることができないらしい。

「そうそう拾える・・・もんじゃないでしょ・・・ましてや、持ち主だって・・・検討はつくはず・・・」

煙草を咥えたまま呆れている彼に対抗して、私も吸おうと思ったのだが、もはや煙草の一本も満足に取り出すことができなくなっていた。

そこは心残りだったが、仕方ない。それに、どうしても見たかった顔を見ることができたのだ。これ以上のラッキーもあるまい。彼の手にかかるというのも、また悪くない運命だ。

「私の首で・・・V8の一台くらいなら・・・早く撃ってくれないかな」

心は満たされているが、体の方は痛みと苦しみばかりを訴えていた。どうせなら、一思いに楽になりたい。そして調度いい具合に、どうせ銃を持っているだろう彼がいる。彼が今もニシナや、あいつと友好的な組織に属しているなら、どうしたって私を殺さなければならないだろう。

「死んでるなら諦めるけどさ、生きてるなら、その方がいいだろう」

そう言って何故か彼は、運転席のドアを開け、私の傷に手当を始めた。

「別に、俺はニシナの手下ってワケでもないし、逆に海でも見ようかってあんたの気持ちの方なら理解もできる。まぁ拾える命なら、拾ったって損はないだろう」

「・・・馬鹿・・・ニシナを敵に回すよ・・・警官や軍人も撃ってるし・・・」

「んなん、どーにでもなるって。堅気じゃねえのは今に始まったことじゃねえし」

なんでこいつは、こんなに私に優しくするんだろう。あの時だってそうだ。他愛のないやり取りしかしていないけど、あんなに私の気持ちに寄り添った奴は、他にいなかった。

そうか、きっと私は、あの時点でこいつを好きになっていたのだ。それに気づいたから、ニシナは私から離れたのか。

「馬鹿・・・」

ついもう一度言ってしまう。ついでにあれも言ってしまえ。

「・・・惚れちゃうぞ・・・」

すると、このズルい馬鹿野郎は、私を見てニヤリとした。

「奇遇だな。俺は最初っからあんたに惚れてる」

女に先に言わすか!元気になったら、引っ叩いてやろう。

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