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コバルト短編投稿作品

眼帯王子のお手伝いさま

作者: エイジ

 

 どうしてこうなったのか、まったくわからない。暗い谷間で目が覚めて少女は途方に暮れた。粗大ゴミが大量に投棄されている山奥のような場所で、森のざわめきと鳥の鳴き声が聞こえる。

「捨てられたの?」

 片目に黒い眼帯をした青年が声をかけてきた。ゴミ拾いをしているようで、ここで拾ったらしい機械の部品を抱えている。眼帯がいかにも怪しい感じで少女は身構えたが、人の好さそうな血色のいい笑顔をしていた。

「……私って捨てられたように見えるんですか?」

「悪いけど見えるよ」

 青年は気の毒そうに言った。

 まさか……と思ったが、こんなふうにゴミの中で寝ていたら誤解もされるだろう。どうして私がゴミ捨て場なんかに……? と首をひねって考えてみが、思い出そうとすると鋭い痛みが頭の中を走った。とにかく家に帰らなければならない。痛む頭に手を当てて少女は立ち上がった。

「うん。ちゃんと立ち上がれる。頭が痛いけど足はスムーズに動くし、特別に壊れてる箇所もないみたい。そうだ、お腹が空いてる。あの……すみません、ガソリンあります?」

「ガソリン?」

「ええ。でも、お金がないんですけど。あっ……!」

 少女は手に小銭を握りしめていた。

 今、気付いたように少女はそのお金を見つめた。もうちょっとで、なぜここにいるのか、どうしてお金を握りしめているのか思い出せそうだった。

「お金は取らないから僕の家に来なよ。君は怪我をしている。そのままでは死ぬかもしれないよ」

 青年は心配そうに少女のお腹を見た。

 青年にそう言われて、少女は初めて自分の体へのダメージに気付いた。お腹の血を触って手に付いた血の匂いを嗅いでみたら血の鉄分の匂いがツンとした。

「血が……? 私、お腹を故障してる。頭も痛いしお腹も痛い。もうちょっとでガス欠だし、かなりピンチ。最終回が近いかも」

「だから僕の家に来なよ。傷の手当てをして食事をあげるよ。ガソリンって食事のことでしょ?」

「……そうだけど、お兄さんは誘拐犯かもしれない。誘拐すると刑事さんが乗り込んできて逮捕しますよ? 私は知らない人に付いていきません」

 少女はお金を数えた。ここがどこだかわからず、家までの電車賃やバス代がいくらかかるかわからない。歩くとなると、自分がロボットでも限界がある。だからといって、眼帯をした怪しい男に簡単に付いていくわけにもいかない。

「私、人間そっくりに作られました。血も出るし見た目もかわいいけど、人間みたいに一人ではなにもできないんです。空も飛べないし家がどこにあるかもわかりません。このお金がなくなると困ります。これはきっと私のご主人様が持たせてくれたんです。お買い物中かもしれない」

 自分でそう言ってみて、帰りのお金があるから自分は捨てられたのではない。そう確信して少女は何度も頷いた。

 青年は右目の眼帯を外して、その奥の義眼を見せた。銀色に輝いて中心が赤く光っている。この目のセンサーがあれば夜道も明かりなしで歩けるし、人の体をスキャンして体の悪いところが瞬時にわかる仕掛けがあるという。その目で少女のお腹を観察した。

「まあ、あなたもロボットなんですね」

 少女は首を傾げて青年の瞳を見た。

 青年は少女を説得するように言った。

「君も僕もロボットじゃないと思うけど……。この目は悪い人に騙されて取られたんだよ。代わりに機械の目を入れているんだ。世の中には悪い人もいて、利用だけして必要のなくなった人間をあっさり捨ててしまうことがあるんだよ」

 少女は何かの事件に巻き込まれたに違いない。青年は少女の話を聞こうとして自分の話をしてみた。少女は青年に興味を持ってまじまじと青年の顔を覗き込んだ。

「人間に騙された……? その言い方、人間を恨んでいますね」

「……いや、恨むというか、そういう人間を生み出した世の中を僕は変えてやりたい」

「ふーん、変わってますね。お兄さんはすぐにロボットだとわかるけど、私はすぐにはロボットとわからないくらい精巧に作られています。だから誤解されるけど、私もロボットなんです。普通、ロボットは人間に裏切られても仕返しなんかしません。従順に人間のために働きます」

 そうしている間にも、少女のお腹から血がじわじわと流れ出てくる。少女がピンクのワンピースの裾をお腹までまくって見ると五センチくらいの横に切り裂かれた傷があり、そこは荒っぽく縫合されていた。少女はその傷を見て首をひねる。なにがあったのかどうしても思い出せなくて、思い出そうとすると頭が痛んだ。傷は手術の跡のようだった。

「あの……眼帯のお兄さん、私、本当にやばいみたいなんですけど」

「……とにかく服を戻して。下着まで見えてるから」

 恥ずかしそうに横を向く青年の赤い顔を見て、少女はあわててスカートの裾を戻した。

「戻しました」

「……僕はアルバート。君の名前は?」

「えーと……たぶん、ポリーと呼ばれていたような」

「ポリーだね。僕は君を助けたいだけだけだよ。君はロボットじゃなくて人間だよ。だから血が出るし痛いんだ。僕の家で傷の治療をしよう。傷が化膿してるから、早く治療をしないと本当に死んでしまうよ。僕は医大に通っていたことがあって、大きな声じゃ言えないけど不認可の診療所を開いている。治療をする設備も揃っているよ。みんな拾った物だけど」

「だから誤解ですって。私はロボットだから…………――――」




 ポリーはベッドで目が覚めた。ふかふかのベッドに清潔なシーツの香り。やっと家に帰れたようだ。

「よかった。目が覚めたんだね」

 アルバートと名乗った眼帯の青年が笑っている。部屋の中はごちゃごちゃと大小さまざまな機械が並んでいて、手術台のようなものもある。自分の家ではないようだ。

「…………ここは?」

 ポリーはきょとんとして部屋を見回した。

「僕の家だよ。ポリー、君は気を失っていたんだ。ここは、あのゴミ捨て場からちょっとのところにある」

「私、早く帰らなければならないんです。解放してください」

「君を誘拐したわけじゃない。そこの扉から出て三十メートル行くと鉄の黒い門がある。そこを通って道なりに五百メートルほど行くと君がいたゴミ捨て場がある。気に入らなければ戻ればいい。君の家なんて僕は知らないし」

「私、どうしても帰りたいんです。早く解放してください」

「わからない子だなあ……」

 アルバートはポリーを抱えてベッドから降ろそうとした。

「わっ! ちょっとまって! あそこに連れていくんですか。もしかしたら怒っていますね。謝ればいいんですか!?」

「ゴミに紛れていた方が良かったのかと思って」

 アルバートはベッドの上に優しくポリーを下した。ポリーが自分の体を見ると白い手術着のようなものを着せられていた。お腹は血の跡もなく痛みもなくなっている。手を当ててみると硬い角ばっている金属のパーツがお腹からはみ出していて、どうやら寝ている間に手術を受けてお腹に機械を入れられたようだ。お腹の調子が戻ったのはいいが見た目が悪い。これではタイトな服を着るとロボットだとばれてしまいそうだ。

「思い出しました! 私、右側の腎臓を取られたんですよ。このお腹のやつは安物ですよね?」

「ゴミの中から拾ったパーツだよ」

 それを聞いて少女は嫌そうな顔をして鼻をくんくんと鳴らした。

「なんだよ、気に入らないのかい。ちゃんと機能するし、掃除をして消毒もしたから匂いなんてしないよ。君は右の腎臓が取り出されていて、左の腎臓も弱っている。僕の付けた機械の腎臓がないと長生きできないぜ」

「……そうなんですか。それなら、とりあえずありがとう。見た目が悪いけど、お金が貯まったら新しいパーツを買えば済む話ですもんね。あなた……アルバートさんでしたっけ。人間の闇医者でしょ? ロボットの私まで直してしまうなんて、腕は相当良いですね」

 少女はようやく笑顔を見せた。

 アルバートは、

「今はゆっくり休むといいよ。気に入れば、ずっとここにいてもいいから」

 そう言って布団を掛けてくれた。

 彼が思うに、この変わった娘はクローン人間で、臓器を取るためだけに育てられた。中学生ほどに見えるが本当の年齢はずっと低くて、その短い一生のほとんどを病院か研究施設の中で過ごしてきた。騙されて、自分が人間のために働くロボットだと信じ込まされている。人間のように歩いて人間のする作業を代わりにするロボットは存在しているが、血を流し感情を持っているロボットはまだ出現していないはずだった。

 右側の腎臓だけが無く、古いロボットのようにゴミ捨て場に捨てられていたのは自分のようなものに拾われることを願っていたためだろうか……。こんなふうになっても生きさせるのが良心か、用済みとなればあっさり殺してしまうのが良心なのか。アルバートはそう考えて悩んでしまった。ただ、自分が力を貸せばこれからの一生は人間として生きられる。

「……ずっとここにいてもいいって、私にここで働けというんですか?」

 布団を被ったポリーが不安そうに聞いた。

 どうしてゴミを拾っている人と一緒にいなければならないのか。自分にもゴミを拾って歩けというのか。ポリーははっきりと断った。

「それは無理だとおもいます。かなりあり得ない話です。これっぽっちも想像できませんもん。お礼はちゃんとしますから、私の家を探してください。私は大切にされていたと思うので、きっとすごい額のお礼を貰えますよ。あなたにとってもお得な話です」

「お金か……。お金なんか貰っても世の中は変わらないしなあ」

「いいえ、そういう大きな話ではなくて……」

 さきほどから子供の遊ぶ声が外で聞こえている。その子供たちが部屋に出たり入ったりして、やがてポリーの近くに来て遊びだした。

「みんな君みたいな孤児だよ。ここで暮らしているんだ」

「……私、ただのロボットだから孤児とかじゃないんですけど」

「君は人間そっくりで孤児に見えるロボット。そういうことでいいじゃないか」

「まあ、どう思うかは勝手です。私はすぐに出て行くから関係ないですし」




 元気になったポリーはここで働くことになった。記憶が戻るまでは仕方がないと彼女は諦めた。ここは大木が生い茂る森と畑ばかりの土地で、自分の暮らしていた記憶の底の都会の雰囲気とはよほど違う。家からはかなり離れているはずで、旅費が足りないかもしれないから、家に戻るためにもお金を稼がなければならなかった。

 ここには面倒を見なければならない子供がたくさんいる。民間の孤児院みたいなところで、アルバートが院長。彼は闇医者が本業のようだが、貧乏人が相手だからたいして儲からない。彼は機械いじりが得意で、ゴミ捨て場から拾ってきた機械を修理して、それを売ることで孤児たちを育てていた。まだ若いようなのに酔狂なことをしているアルバートにポリーは首を傾げつつも好意を持った。面倒なことをなるべく避けるのが人の道のはずなのに、どういう勘違いをしてこんなおっちょこちょいな真似をしているのだろう。

 ポリーは家がどこにあるのか思い出せないままで、思い出そうとすると鋭い痛みが頭の中を駆け巡り、深刻な故障に見舞われている。彼女は自分の状態をそう判断した。

「私の頭って直せます?」

 ある日、ゴミ捨て場から帰宅したアルバートにポリーは聞いた。

「どれどれ……」

 アルバートがポリーの頭に触れる。温かい手のひらで額を触られたのが少し気持ち良かった。

「どんなときに痛むの?」

「家のことを思い出そうとするときです。頭の中心から痺れるように痛みます」

「ふーん……」

 アルバートは両手の中指でポリーのコメカミを押して、弱い力でマッサージをしてくれた。

「あ、それ気持ちいいです」

「うん。もうちょっと続けてあげるね」

 しばらくマッサージをして、アルバートは唐突に言った。

「嫌なことを思い出すのを脳が拒否してるんだよ。いっそ、ここを自分の家だと思えばいいんじゃないか。そうすれば、頭痛はなくなるかも」

「ここが私の家……?」

 なにを言い出すのか彼女には理解できなかった。ここで家政婦のようなことをして、わずかだが給料も彼はくれる。大人しくここで働くのは、早く家に帰りたいためだった。アルバートのようなお人好しの真似はできない。

「私、家に帰りたいんですよ。私を待っているご主人様がいるんです」

「本当の家を思い出したら、すぐに帰ってもいいから。それまではここが君の家だ。そういうことならいいだろ?」

「……いいけど、気になることがあるんですよ」

「なにが」

「ここって『山の谷の共和国』って子供たちも言ってるじゃないですか」

「うん。僕は貧乏人ばかりのこの国はおかしいと思ってる。政治や企業が悪いんだよ。トップばかりが不当に搾取している。トップがバカだと国民が苦労するんだ。いつか僕がこの国のトップになって、国ごと良い国に変えてやろうと思ってる。ここから始める。その気概で、ここを共和国なんて呼んでるんだよ。バカみたい?」

「うふっ、理想が大きいのはいいんですけど、共和国ってなんだか弱そう。共和国の国王がアルバートでしょ? なんだか良い人だけで終わりそう」

「そうかな。ならどんなのがいい?」

「山の谷の帝国とか。帝国軍の王子、アルバート」

「あはは、君はテレビの見過ぎだよ」

 ポリーが元にいた場所は病院のような場所で、そこで暇潰しにテレビや本ばかりを見せられていたのでは……と、アルバートは考えていた。ポリーの言動には、どこか芝居じみた大げさな表現が多い。現実感のある地味さみたいなものをあまり感じなかった。

 しかし、帝国軍の王子というのは勇ましくて気に入った。光る剣を振り回し、世の中を切り裂く英雄を空想した。




 ポリーはどうして自分がゴミ捨て場などにいたのかずっと考えていた。

 捨てられた……とは思いたくない。

 なにか重大なミスをしてしまったのかもしれない。ミスをした罰に腎臓を取られた……。こんなに大きな罰を与えたことを、今頃ご主人様は後悔しているだろう。ご主人様のためにもポリーは早く家に帰りたかった。家に帰れば、「悪かった」とご主人様は自分に謝罪して抱擁してくれるに違いない。その『ご主人様』も、ぼんやりとしたイメージに過ぎなかったが……。

「さあさあ、ご飯ができましたよ」

 ポリーの仕事は、この『山の谷の共和国』という名前の孤児院で、七人いる孤児たちに毎日欠かさず三度の食事を作ることだった。最初は料理も上手くできなかったが、研究熱心だから一月もすると何でもできるようになり、十年もここで料理を作っているような錯覚をポリー自身が持った。

 孤児たちは小学校低学年から高学年の子たちで、育ち盛りだからよく食べる。彼らは人間に見えるが精巧にできているロボットも何人かは混じっている。ポリーはそう思って孤児たちを観察していた。

 食事が終わり、ポリーは手招きしてクレアを部屋の隅に呼んだ。孤児たちの中でもっとも年齢の高い十二歳の少女で、ポリーをよく助けてなんでも手伝ってくれる。働き者だから、彼女はロボットに違いないとポリーは思った。

「お願いがあるの」

 ポリーはクレアと二人きりになった隙を狙い、クレアを奥の部屋に連れていった。クレアはポリーのことを本当のお姉さんのように慕っていて、なんの疑いもなく付いてきた。そこでポリーは耳打ちするように言った。

「私、どうしても家に帰りたいの。協力してくれる?」

「……はい。なんでもしますよ」

「アルバートには内緒ですよ?」

 クレアは真剣に話すポリーが少し怖かったが、首をゆっくり縦に振った。

「そこに横になってくれる? なにも聞かないで私の言うとおりにして」

「はい、お姉さま」

 クレアは頬を赤らめて言われたようにした。初めて「お姉さま」と呼んでみて、ポリーがどう思うのかと心配したが、ポリーは恥ずかしそうに笑っただけだった。

 ポリーはクレアの手足を動けないようにベッドに縛りつけた。

 困惑の表情をクレアは浮かべたが、ポリーを裏切るようでなにも言えない。黙ってベッドに横たわっていた。

「この薬を飲んで、しばらく横になっていて。あなたは疲れているから、これを飲めば楽になるわよ」

 薬を持ったポリーの手が近づくと、クレアは素直に口を開けた。その口に薬を放り込み、ポリーはコップの水をクレアの口元に持ってきた。クレアの体を介添えして背中を持ち上げてくれたポリーの思いやりにクレアは満足した。そして薬を飲み込んだ。

 しばらくするとクレアは寝息をたてた。

(しまった。薬が効いてから縛ればよかった……)

 ポリーは後悔した。これからすることをクレアは許してくれないだろう。最初にこっそり薬を飲ませて、強盗でも入ったことにすればよかった。

 アルバートの診療所から道具を持ち出して、クレアの腹部を切開する。

 クレアには悪いが、旧式の機械の腎臓が入ったままで家に帰っても追い出されるかもしれない。できるだけ元の体に近づきたかった。クレアは体の大きさも自分に近いし、元気だから腎臓の性能も良さそうだ。

 メスを当ててお腹を切ると、すぐにクレアは目を覚ました。

「な、なにをするんですか……。お姉さま?」

「あら、薬が少なかったかしら」

「痛い……痛いよー」

 クレアは泣き叫ぶ。切ったのはわずかだったが、その痛がりようを見て、

(ちがった……)

 と、ポリーは思った。どうやら彼女は人間のようだ。人間なら腎臓を取り出してもロボットの自分には付けられない。

 痛いよお、痛いよお、といつまでも泣くクレアにほとほと困った。とにかく出血を抑えようと布を傷口に当てて、

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 と、ポリーは何度も謝った。一応、謝っているが、悪いとはたいして思っていない。だが、謝っているうちに本当に悲しくなってきて、涙でクレアが見えなくなった。

 その騒動を聞いて、なにごとかと窓から覗いた一人の孤児が、アルバートをゴミ捨て場に呼びに行った。しかし、アルバートは街に出かけているようで見つからない。孤児たちはクレアに応急手当てをしてアルバートの帰宅を待った。

 夜になって帰ってきたアルバートがクレアの傷を見ると、幸い内臓は傷ついていない。アルバートが五針ほど縫って事なきを得た。

「まったく……」

 アルバートはポリーをここに置いておくことが不安になった。

 ポリーはどこに行ったのか見つからなかったが、物置の暗闇で泣いているところをアルバートが発見した。アルバートはそっと近寄って震えるポリーの肩に手を添えた。

「君には困ったなあ……。何度も言ってるように君は人間だし、ここの孤児たちもみんな人間だよ。もう、あんなことをしたらだめだよ」

「……でも、違うんです。ぜんぜん違うんです」

「ちっとも違わないよ」

「もう、私がここにいたら迷惑ですよね。クレアに酷いことをしたのはわかるけど、機械だから何をしでかすか自分でもわからないんです。私は出ていった方がいいですよね」

「そうだね」

 とまではアルバートは言わなかったが、出て行くなとも言わなかった。どうしたものか……。捨てられたポリーを助けたいが、このまま子供たちに危害を加えるなら置いておくわけにはいかない。

 沈黙するアルバートに悲しくなって、ポリーは涙が止まらなくなった。当然だが嫌われたようだ。孤児やアルバートの反応を見て、ようやく自分のやったことの重大さがわかった。しかしもう手遅れというもので、居心地が良くなっていたここでの生活にはもう戻れないことに気づいた。

「私、心がないんです」

 流れる涙を拭わずにポリーは続けた。

「心がないから何をしでかすか自分でもわかりません。アルバートが付けてくれた機械の腎臓には感謝してるけど、お腹からはみ出してるような安物を付けていたのでは家に帰れないんです。ここで働いて元の腎臓を買おうとしたけど、いつお金が貯まるのかわからなかったんです」

「もっといい機械の腎臓が見つかったら付けてあげるよ」

「ただで? どうしてそんなに優しくしてくれるんですか? 私なんてほうっておけばいいのに」

 流れるポリーの涙をアルバートは指で拭いてあげた。

「ほら、涙は心がある証拠だよ。心があれば人間だよ」

「これが証拠……?」

「心は胸の中にある。でもそれは見えないんだよ。君はロボットじゃないから心がある。見えない心が胸の中にある」

 ポリーは自分の胸を両手で触れてみた。

「ここに?」

「うん、そこにね」

 アルバートが街で色々調べてみると、最近、腎臓の移植手術をした十五歳の少年がいることがわかった。この少年がポリーと関係があるらしい。『情報通』と呼ばれるコンピューターへのハッキングを生業とする者にお金を払うと、かなりポリーのことを知ることができた。

 この十五歳の少年に腎臓を移植するためだけにポリーは研究所で生まれ、そして育てられた。少年の母親から取り出した卵子を元に試験管の中でポリーは誕生した。難病の少年の治療のためだけに誕生して、用が済めば捨てられる。取り出された彼女の腎臓は、拒絶反応を起こすことなく少年に移植されて手術は成功した。人口腎臓を入れられないわけがあったのか、より高級な腎臓が欲しかっただけか。おそらく後者だろうとアルバートは思った。

 用済みで彼女は捨てられたわけだが、どうして命があったのかわからない。殺すのに忍びなく、アルバートのような者に拾われることを期待していたのか。彼女は帰るべき家のことを忘れたわけではない。もともと知らなかったのだ。彼女がわずかに持っていたお金の意味まではわからなかった。代わりの機械の腎臓の代金のつもりだったのか……。

「大丈夫?」

 アルバートはポリーの顔を覗き込んだ。

「はい……。だんだん落ち着いてきました」

 もしかしたら、ポリーは移植手術を受けた少年や、少年の両親とも会ったのかもしれない。

「あなたはこの子のためのクローンだ」

 そんな残酷な告知をされて、そのショックで記憶を失った。

(あり得ることだ……)

 とアルバートは思った。

「ここにいて、ずっと僕を助けて」

 アルバートはポリーを抱きしめた。

「アルバート?」

 温かいアルバートの体温と彼の匂いに包まれて胸が激しく鼓動するのをポリーは感じた。自分にも心が付いているのかもしれない。そう思うと嬉しかった。

「私を許してくれるんですか?」

「うん。ポリーもこの共和国の大切な国民だからね。クレアには僕からも事情を説明するから、一緒に謝りにいこう」

「許してくれるかしら……」

「心から謝れば大丈夫さ」




 山の谷の共和国は子供が多い。

 捨てられた双子の赤ん坊をここで育てることになり、ますます賑やかになった。

「うわああ、こっちも洪水だぞ。お手伝いさん、早くオムツを持ってきてくれ!」

 アルバートが慌ててポリーに指示を出す。オムツを抱えてポリーが奥から駆けてきた。

「いいから、そういうのは女に任せなさいよ。クレア、そっちの子をお願い!」

「はい!」

 クレアとポリーは元の仲良しになり、孤児たちの面倒を見るのに忙しい。オムツを慣れた手つきで交換しながら、ポリーはアルバートに苦情を言った。

「門の外に『山の谷の共和国』そういう看板を出したでしょ? あれ、ぜんぜん違いますから」

「やっぱり勝手に国を名乗ったらまずいかな……」

「ここは帝国です。山の谷の帝国にしましょうって約束したでしょ」

「そっちか……。どっちでもいいんじゃない」

「どっちでもよかったら帝国の方向でお願いします。それに私、お手伝いさんじゃないですから」

「え……。じゃあ君ってなに?」

 ポリーが、自分のお嫁さんだと言い出すのでは……と、アルバートは緊張した。しかしポリーは敬礼して言った。

「参謀です。帝国軍の参謀です」

「さ、参謀ね……。なんでもいいけど、やっぱり君ってテレビの見過ぎじゃないかなあ……。ああ! 参謀、作戦失敗でオムツからダメなやつがはみ出しています!」

「きゃあああああ!」

 まだ、自分がどうして捨てられたのかポリーは思い出せない。

 家に帰りたい気持ちが強く残っていたが、ここも自分の帰りたい家のひとつだと思えるようになった。帰りたい場所があり、そこに居られるのは幸せなことだ。そう思って、ポリーは赤ん坊にミルクをあげていた。




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