1、招かれざる訪問者
1、招かれざる訪問者
「いよいよ、奴らは我らが領土に足を踏み入れたか」
「はい。しかし居合わせた巡察官によれば、『白い人間』は、非常に友好的だったそうです。巨大で不気味な動物の背に乗り、光り輝く武器を持ち。住民たちは敵対すると怖ろしいと思い、はじめは警戒していたそうですが、彼らは動物の背から降り、武器を収めて、笑顔で歩み寄ってきたらしく、住民たちもそれに応じて親愛を示した。
我らの言語を識る者を連れており、その者によれば、彼らの王がぜひとも我が国の王に謁見し、友好を結びたいと望んでいると。彼らは終始温和的であり、一度も腹を立てたり攻撃的な素振りを見せることはなかったと」
「聞けば聞くほど、奴らの目的が分からなくなる。我らがはじめて奴らの噂を聞いたとき誤解したように、奴らの容姿や行いは、神ビラコチャにそっくりなのだ。ビラコチャがこの世の愚かさを憂えて、我ら人間を諫めにご降臨あそばれたのではないかと思ってしまう。
しかし、奴らは我らと友好を結びたいと申しておる。つまり明らかに『人間』ということだ。
この大地を治める者は何人も要らぬ。奴らは我が国と友好を結んで何を為そうというのだ。友好と見せかけて、我が国を奪い取ろうという魂胆ではあるまいか」
「彼らの方からも、彼の国で貴重とされる珍しい宝を贈ってきたそうです。奪うことが目的であれば、そのような貴重な物を贈るはずがありません」
「ふむ。そこだ。そこまでするからには、我らからも、その価値に等しい物をもらいたいのであろう」
「はい。領主が普段使っている道具や衣服を贈ったところ、大変喜んだそうで」
「はじめのうちは物珍しいのだ。しかし親しくなってお互いの文化を識れば、そんなものは貴重でもなんでもなくなる。そのときこそ奴らの本当の狙いが分かる」
「…………なるほど。確かに珍しいものを集めるためだけに、命賭けで我が国に侵入しようと試みるはずはありませんな。それに見合うものを彼らは望んでいるのだと。
奴らは再び海に出て、海からこちらへと近づいているようです。殿下、いかがなさいますか」
「海岸沿いの警備を怠ってはならぬ。しかし、こちらから戦いをけしかけてもならない。土地の者に任せておいたのでは危険だな。海岸の各所に信任篤い者たちを配置しよう」
「異民族の反乱分子の制圧は、どうなさいますか」
「もしも反乱分子が奴らに接触したとなれば、大変なこととなる。我らに不満を抱く者たちは、奴らの未知の力を利用しようと考えるやもしれん。強力な味方を得たとなれば、これまで抑圧してきた者たちまで蜂起するであろう。決して奴らを上陸させてはならぬ」
「かしこまりました。直ちに各所へ通達を」
北部の偵察から戻ってきた側近の報告を聞き、アタワルパは頭を抱えた。
以前から、遠く北の果てに、海から奇妙な為りをした人間がやってくるという噂は流れていた。彼らは時に残虐で原住民の村を壊滅に追い込むこともあれば、時に親切で友好的で世にも珍しい宝を授けていくという。
白い肌をしてあごひげをたくわえているその姿は、伝説の創世神の相貌によく似ていて、はじめこそ、神の再来ではないかと騒がれた。しかし彼らに虐げられた住民は、彼らが神だとはとても謂えないと口を揃えた。
そのうち実際に、噂の『人間』がタワンティン・スーユの領土にその姿を現したのだ。彼らは着実に南下して来ている。しかも王に会いたがっているという。彼らが目指しているのは首都に違いない。得体の知れない人間をむやみに国内に入れてはいけない。首都を、この国を守るために、北の邦で彼らの動きを封じなくては。アタワルパは、今それこそが自分の使命であると、気持ちを奮い立たせた。
別の側近が部屋に入って来たのは、アタワルパが北の報告に動揺した気持ちをようやく取り戻したときだった。さすがに続けて悪い報告は無いであろうと、アタワルパは少々面倒そうに側近の報告を聞いていた。しかしその内容に、再び眉間に深い皺を刻まなければならなくなった。
「ワスカルより緊急の呼び出しだと。何事か」
「殿下、もう弟君ではございません。お言葉を慎まれてください」
「ああ、分かっておる。サパ・インカ陛下であったな。その陛下が直々に私を呼ばれるとは、首都に何か重大な事でも起きたのか」
「いえ。ワスカル陛下が即位されてから、殿下が未だ上京されていらしゃらないので、直接お顔を見せるようにとの、陛下のお達しのようです」
「何を……。この地で以前から不穏なことが続いており、私がここを離れられないことは、すでに都に報せてあるであろう。さらに非常事態になっていることを、その使者を通じて報せればいい。いくらクスコに居てこちらの様子が見えないとはいえ、広い国土の隅々の様子に気を配るのが、サパ・インカの役目であろう!」
「殿下! お言葉が過ぎます。外に使者が控えております。無用な誤解を招かぬよう慎まれてください」
「ああ、わかったわかった。サパインカ陛下の命令は絶対だ。しかし、その命令に従えばこの国は最大の危機に陥る。どちらを取るか。私は、己が咎を負うこととなっても、国の存続が大事と考えるぞ!」
「どちらも重大ですな。殿下に代わる重鎮を上京させては……」
「無理だ。ちょうど今、海岸地域に私の重鎮たちを派遣して、警護に当たらせようとしていたところだ。それでも人が足りずに頭を悩ませていたところなのだ」
「では、彼らに次いで信任篤い者は、どなたかいらっしゃいませんでしょうか……」
「……そうだな。
おお、そうだ! キリャコに行かせよう。私の御曹司よ」
「キリャコ……ウクマリ将軍の息子ですか」
「おお、そうよ。キリャコは父親よりも優れた才覚を備えておる。我が息子と思って将来を期待しておるのだ。目の中に入れても痛くないほどだ。我が分身に相応しい」
「殿下……。キリャコが殿下の信任篤いことは、陛下には伝わりません。何せキリャコは若過ぎる。見かけだけでは重責を担うに相応しい人物とはみなされません。陛下の命令を蔑ろにしたと誤解されるやもしれません」
「それならば、私の紋の入った上着を託そう。キリャコが私の名代である証になる」
「それならば……」
「まず、使者を通じて、北に危機が迫っていることを陛下にお伝えするのだ。その上で、ここを離れられない私に代わって名代を立てると。キリャコに、名代である証明の上着とともに、ここにある限りの宝物、特産物を持たせよう。そして、北の邦に陛下の宮殿を建てる心づもりがあると、私が直々に縄文字に綴ろうではないか。それでどうだ」
「そこまでされるなら、陛下も納得されるでしょう。そう申し伝えて使者を都へ返します」
側近は、ようやく肩の荷が下りたと、晴れやかな表情で部屋を後にした。
「今日は何と疲れる日だ。身体を使わずに気ばかりを回してこんなに疲れるとは……」
ようやく独りになって、アタワルパは腰かけている椅子の背もたれに身体を預け、天を向いた。そして盛大に嘆息した。




