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金の星 ~インカ終焉の女神~ (第一部)     作者: yamayuri
第三章 太陽を喰らう影
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3、 牽制 (3)


「アタワルパはまだか。皇帝への拝謁を欠くとは、何という失敬な態度だ。それとも、この私を皇帝として認めないという意思表示か……」


 ワスカルは忌々し気に、北向きの窓の外を眺めて言った。後ろに控えるティト・アタウチはワスカルを慰めるつもりなのか、おのずから掴んだ情報をただ報告したかったのか、淡々と『北の事情』を話し始めた。


「陛下、そのように考えられては、ただ疑心暗鬼にかられ、真実を観る目を曇らせてしまいます。

 極秘に北に遣わした使者によれば、陛下のご即位と同時期に、極北の海岸に見たこともない人間が現れたそうなのです。これまで我が国に反抗してきた幾多の部族とも違う。肌も目も髪も、その色がまるで異なる人間なのだそうです。今のところ、彼らは我が国の領土を攻めるわけではなく、その土地の民に財宝を分け与え、友好的に接しているようですが。

 ただ、得体の知れない巨大な乗り物を操り (※)、怪しげな『いで立ち』に、物騒な武具を携えているとか。ひとたび態度を変えれば、我々には太刀打ちできない敵になる可能性が大いにあるということなのです。北の貴族は、アタワルパ様を筆頭に、この異邦人の動向から目が離せない状態にあるようです。

 即位式にもたらされたアタワルパ様の伝言にもあった通り、北では陛下のご即位を記念して、陛下のための宮殿を建築中だとか。斯様かような非常事態であるゆえ、なかなか上京できないことを心苦しく思い、是非とも陛下に一度北の地に保養にいらしていただきたいとの願いは、本当のことのようです」


 ティトの進言を聞いて、ワスカルの表情は緩むどころか、ますます険しくなった。


「そなた……。矢張り自分の一族が一番大切なのだな。いくら皇帝は私だといえ、アタワルパが私を懐柔すれば、北の、ひいてはそなたの一族が実権を握ることができる。理由は何とでも作ることができる。私を北の地におびき寄せて捕らえ、私を通してアタワルパの意思を語らせようという魂胆だな」


「何ということを! そのようなことは決してございません。北に異邦人が現れたのは事実にございます。

 少なくとも、私に陛下を裏切ろうなどという二心はございません。

 では、その証拠に、もしもアタワルパ様が陛下を裏切ったことが発覚したとき、私には考えがございます。是非ともそれをお聞きくださいませ」


 ワスカルの表情がそのとき、はじめて緩んだ。いや、緩んだというよりも憐れむように微笑んだというのが正しい。ここまで大胆な進言をしておきながら、ティトがどんな苦しい言い訳をするのか、少しは耳を貸してやろうではないかという『憐憫れんびん』の眼差しだ。


「ほう。それは興味深い。申してみよ」


 ワスカルは、一段高くなっている王の座を下りて、真剣な眼差しを向けている部下の近づいた。その目をじっと覗き込み、少しでも後ろめたい色が無いか探る。しかしティトの眼光には微かな曇りも見い出せなかった。部下を嘲るようなワスカルの表情が一転し、彼も真剣な眼差しになった。


「畏れながら。

 万一、アタワルパ様と北の一派に、陛下を捕らえようという動きが見られたとき、陛下にお味方する者を北に忍ばせておくのです。北の動向によって、内部より彼らを分裂させ崩壊させることのできる者。北の異部族の中で、親タワンティン・スーユ派である者たち……カニャーリを懐柔しておくのです。カニャーリ族は、北の多くの部族が我らと敵対するなかでも、常に友好的な関係を保ち続けてまいりました。そして現在の北の安定に多大な貢献をしてまいりました。北の貴族の信任も篤い。だからこそ、彼らの裏切りは、北を崩壊させるには十分過ぎる力を発揮するでしょう」


 とうとう、ワスカルの表情が心から穏やかなものへと変わった。いやそれ以上に、これまで心の底に溜まっていたおりが流れ出し、爽快さを得たような清々しい表情になった。


「ティト! そこまで考えておったとは! 天晴あっぱれだ! 確かにいざという時、こちらに奥の手が残されていると思えば、北の揺さぶりも恐るるに足らず。

 しかしカニャーリを取り込むにはどうすればいいのか。彼らはすでに北の貴族たちの片腕も同然。私とアタワルパ、どちらを信用するかと問われれば、迷わずアタワルパと答えるであろう」


「陛下、彼らの信用は、半面は我らに友好を感じているということですが、半面は、彼らにとって最も重要なものを我らに預けているので逆らえないということなのです。彼らにとって最も重要なもの……。それはかの民族の心の拠り所である王女。そしてクスコに住むカニャーリの重鎮たちです。

 陛下は先頃、その王女を不当な労働から解放し、自由をお与えになりました。クスコに住むカニャーリ族からは陛下の御恩情に感謝する声が上がっております。もっともっと彼らを優遇すれば、彼らの陛下に対する敬愛はますます強まるでしょう。不本意に兵役に就かされていた者たちの解放も訴えるに違いありません。そのときこそ、彼らの本当の敵は『北』であると知ることとなるでしょう」


「なるほど。面白い。私はただ、古くからの伝統に縛られたこの都を改変させようと思ったまでだが、そこに私に有利に働く条件が隠されていたとは。父なる太陽は私の行いをしっかりと見届けていてくださったのだな。

 うむ。それならば何も恐れることはない。私はこのまま新しい時代を築くことに全力を注ごうではないか。そして、北が何を画策していようとも我が意思を貫き通そうではないか。

 しかしいくら上京できない事情があるといえ、アタワルパ自身がそれを伝えるのが筋であろう。ティト、北に遣いをやり、アタワルパの意思を確かめるのだ。奴が返事をはぐらかすようなら、こちらもそれなりの心づもりがあることを伝えるのだ。このまま皇帝である私を蔑ろにするなど、許されるものではないからな」


「御意!」


 ティトは深く頭を下げて、早速、使者を派遣するために部屋を後にした。


「面白くなってきた。これ以上北に大きな顔をさせてなるものか。皇帝の権威が絶対であることを、奴らに知らしめてやるのだ」


 ひとり残された、だだ広い部屋の中に、ワスカルの笑い声が響き渡った。





(※)この頃スペイン人たちは、船で海岸沿いに南下し、その航路の途中で陸に上がっては、原住民と接触していました。好奇心旺盛な原住民が、バルサ船でスペイン人の巨大な帆船に近づき、乗り込むこともあったそうです。



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