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ニーナ 迷宮の子供たち  作者: 岸田太陽
第一部 迷宮都市の表裏
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4 ラルフ・デット

    4 ラルフ・デット



 辺りはもう闇に染まっていた。


 東の住宅街の外れ、スラム街との境のあたりに、今はもう使われていない教会がある。

 そこが平民派の子供たちの溜まり場になっていた。


 ニーナは塗装の剥げ落ちた協会の扉の前に立つと、タロットを肩から下ろした。


「いい? ここで待ってて。何かあったら呼ぶから」


 そう言うと、ニーナは大きく息を吸って、


「たのもー!」


 と叫びながら扉を開いた。

 協会の中は、外装と同じように寂れ、傷ついているが、埃は溜まっていない。演壇の上に一人少年が座り、周りに数人の少年が立っている。


 ニーナの声と扉の開く音を聞いて、少年たちがじろりと睨みつけてきた。


「ラルフ・デット! 話があるわ!」


 演壇の上に腰掛けている少年を指して、ニーナは威勢よく言う。彼が平民派の子供たちのリーダーだ。

 ラルフはニーナを一瞥すると、フンと鼻を鳴らして目を逸らした。


「無視すんなコラー!」


 教会の入り口で騒ぐニーナを見て、ラルフの周囲にいる取り巻きの一人が近寄ってきた。


「おい、ラルフさんになんの用だ」


 少年はニーナよりいくつか年上だろう。身長も頭二つほど大きい。威圧するように見下ろしてきた少年の目を、ニーナは見返す。


「話があるって言ってるでしょ。下っ端には興味ないの。ボスが来なさいよ」

「おいクソガキ、お前なんぞがラルフさんと対等に話ができると思ってんのか?」

「あんたらだってクソガキの寄り合い所帯じゃない。それとも何? あんたらのボスは私みたいな女の子と話もできないほど臆病なわけ?」


 ニーナの挑発を聞いて、取り巻きの少年たちがいきり立った。


「そんなわけ、ねーだろ!」「いい気になってんじゃねーよ!」

「ほっとけ、バカバカしい」


 そこでラルフがようやく口を開いた。


「へー、逃げるんだ」


 ニーナはさらに挑発を続ける。


「あんたらのリーダーも大したことないのね」

「ふざけんなよ! さっきから言わせておけば調子に乗って!」「ラルフさん、ガツンと言ってやってくださいよ!」「そうですよ!」

「ああ?」


 ちっ、と大きく舌打ちをして、ラルフは周囲の取り巻きを睥睨した。


「バカが、挑発に乗せられやがって……」


 そう言って面倒くさそうにため息をつく。


「……話があるならこっちに来い」

「分かったわ」


 ニーナはそう言って大股で演壇に向かった。そしてラルフの前で立ち止まる。


「それで、一体何の話があるって?」


 ニーナが演壇の前の階段の下まで来たところで、ラルフはニーナを見下ろしながら言った。


「そうね、まず自己紹介をしとくわ。私はニーナ・エルスター。『クレフ魔法店』の店員よ」


 ニーナはそこで足を止めて、ラルフを見上げながら言う。見下されているのは屈辱感があるが、危なそうなのでこれ以上近寄りたくはない。


「そりゃ丁寧にどうも。俺の自己紹介も必要か?」

「いらないわ。知ってるもの」


 ニーナはふん、と鼻を鳴らす。


「単刀直入に言うわ。あんたらと新興貴族派の下らない争い、さっさと止めなさい」


 ラルフはしばらく訝しげな表情を作って沈黙し、


「…………。バカか? お前」


 と答えを返した。


「ボスのあんたが言うこと聞かせりゃいいでしょ」

「無理に決まってんだろ。そもそも何で俺らがお前の言う通りにしなきゃいけねえんだよ」


 ラルフの返した答えは、予想通りのものだ。ニーナも、そんな要求が通るとは思っていないが、


「何でって、平和が一番に決まってるでしょう」


 あくまでもそううそぶく。一応、本心でもある。


「くっだらねぇ」


 ラルフはそれを一言で切って捨てた。


「何ですって?」

「平和なんてのは、相手を屈服させないと生まれねえんだよ。こっちが手を抜けば、新興貴族派に付け入られるだけだ」

「乱暴な考え方ね。殴りあうだけならサルでもできるわ」


 ニーナの発言は、確実にラルフの取り巻きの神経を逆なでしている。だが、ラルフ本人は落ち着いた表情で、


「だから殴り返さずに殴られてろってか?」


 と返した。

 ニーナもラルフも、相手の意見を聞き入れる気のない会話だ。一応意味は通っているが、言葉のキャッチボールとは言いがたい。


「ふうん、だったら、十歳にもならない女の子を殴ってもいいって?」


 目を鋭く細めて、ニーナはそう言った。ラルフの表情がピクリと動く。


「あ? なんだそりゃ?」

「あんた、ボスのくせにさっき何があったかも知らないの? とんだ間抜けね」


 ニーナがそう言うと、ラルフは口元に手をやって、ニーナから目線を外した。


「…………」

「何か言いなさいよ」

「…………」

「何よ、言い返せないの? やっぱりサルね」

「おい」


 ニーナの言は無視して、ラルフは周囲の取り巻きに言った。


「つまみ出せ」

「はいっ!」


 大柄な少年二人が動く。階段の下まで駆け下りて、左右からニーナに襲いかかった。


「何よ、やめてよ! このスケベ!」


 ニーナはそう言いながら逃げた。スケベという言葉で若干怯んだ様子があったが、少年たちの動きのほうが速い。腕を掴まれ、あっさりと捕まってしまう。


「ちょっと! まだ話は終わってないわよ!」


 ニーナはじたばた暴れながら叫んだ。少年たちはそのニーナを力任せに引きずっていく。


「都合が悪くなったらすぐにこういう態度に出るわけ!? このサル! おたんこなす! ナスの味噌田楽!! こんにゃく芋!!」


 少年二人に引きずられたニーナは、協会の外に放り出される。そして、協会の扉が無慈悲に閉まり、鍵が落ちる音がした。



    §



「ムカつく! ムカつくムカつくムカつく!!」


 ニーナは悪態をつきながら歩いていた。肩の上でタロットがきゅるると鳴く。

 よっぽどタロットをけしかけて教会の扉を破らせようかと思ったが、なんとか思いとどまった。あくまでも話し合いであって、武力行使に来たわけではないのだ。実際のところ、話し合いにもなっていなかったが。


 やがて、ニーナは立ち止まって、ため息を落とした。


「……どうすればいいのかな、タロー」


 正直に言えば、ニーナは〝平民派〟と〝貴族派〟の争いに関り合いたいとは思っていない。ニーナだって自分の身は可愛いし、ニーナ一人の力でどうにかできる問題でもない。だが、友人や小さな女の子が理不尽な暴力を受けて、黙っていられるわけでもない。

 一般人に被害が及ぶことがないなら、喧嘩だろうがなんだろうが勝手にすればいい。だが、他人に暴力を振るうことに慣れた人間は、些細なことで簡単に人を傷つける。今日の件が良い例だ。


 ニーナは首を横に振って、歩き出した。


 今はまだ答えが出そうにない。

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