家族を描く: 設定による味付けを整理しよう
一番身近な社会単位:家族を描く事を例にして、小説の味付けについて書いてみました。
家族は社会の基本単位と言われ、小説でも描かれる重要な設定です。
家族を描く場合の利点は、殆どの人にとっては自身の体験を元に書く事が可能で、同時に読者にも理解され共感されやすい要素が多くある点です。
一方で注意すべき事は、家族の在り方は 家族の数だけあり、似て非なる事を当然のように描けば読者には受け入れられません。 また自分の家族の常識が他の家族の非常識である場合もあり、そのような場合には反発すら感じられます。
そこで、私からの提案は、家族を描く場合には、設定を分類して整理しておく事です。
その分類は、様々 考えられますが、ここでは例として二つを扱います。
一つは、一般的に共通と言える価値観と、そうではない特殊な点に分類し、予め整理した上でネタとして扱う方法です。
もう一つの分類は、受けての感覚として、ポジティブな点と、ネガティブな点です。
ポジティブな点の代表は、親子愛、兄弟愛です。 ネガティブな点は、その裏返しで、親子や兄弟間の憎悪、異常な関係(暴力、DV、異常な愛情)です。
これら二つの分類に基づいて、ネタを整理してみると次のような分類になります。
念のため、一般的/特殊と、ネガティブ/ポジティブは、読者にとってどう感じられるかという傾向を私なりに便宜上決めたもので、社会的な価値や個人の価値とは無関係な点はご了承ください。 自分は違うと思う方は、異なった分類をされれば良いと思います。
ここで言いたい事は、いくつかの価値観で、家族をネタにした場合の設定を整理しておく点です。
(原稿ではWORDの表を作ったのですが、表示が出来ないので書き直しました。
読みにくい点はご容赦下さい。)
1.一般的なもので、ポジティブとネガティブ
1) ポジティブ
夫婦愛、親子愛、兄弟愛、肉親愛
献身、家族の誕生、結婚
2)ネガティブ
親子喧嘩、家出、家計のやりくり
親のしつけ、家のルール、価値感の相違
看病、家族の死、離婚
2.特殊なもので、ポジティブとネガティブ
1)ポジティブ
高い身分、家固有のしきたり
偉い先祖、著名人の親、代々の家来(使用人)
親の膨大な財産、高い地位
遺伝的能力(魔法など)
2)ネガティブ
近親憎悪、歪んだ感情、DV
貧困、従属的身分、家の借金、家族の失踪、家族の犯罪、介護による不自由
遺伝的不利益(一族への呪いなど)
とりあえず思いつく事を書いてみましたが、ポジティブな事よりもネガティブな事が多く、一般的な事よりも特殊な事の方が思いつく事が多いような気がします。
実際、「小説をよもう」の作品群を見ても、困窮からの成り上がりや、従属的身分からの独立など、ネガティブで特殊な立場の設定が多く見受けられます。
その逆の、一般的でポジティブな事項に眼を転じてみましょう。
親子愛、肉親愛などは、作品の中で登場は多いですが、これを主題にして書き続けた作品は稀に思えます。 分類上で考えれば、一般的でポジティブですから、多くの人の共感を得られそうですが、なぜ これを主題に据えた小説が少ないのでしょうか? 経験ある作家の人や、読者は既に気づいているかもしれませんが、私なりに分析をし、ネタの扱い方について考えてみます。
家族描いたもので有名なテレビドラマに「おしん」があります。
このドラマが特殊なものでない事は、日本だけでなく、中国はじめ多くのアジアの国で高い人気が出た事でも確認できます。「おしん」は、山形県の貧農に生まれた娘が、幼くして奉公に行き、後に都会で成功し、過去の自分を振り返る設定です。
内容を改めて見ると、実は 上の表にあるネガティブで特殊な要素が非常に多い事が判ります。具体的には、貧困(これゆえに主人公は家族と離れ奉公に行った)、従属的身分(貧農の家であり故郷では自分の運命を切り開けない)などです。
「おしん」で有名なのは、七歳で奉公に行く時の親子の別れで、このシーンは日本以外の多くの国で感動を呼びました。 但し、この感じ方は、世代や国により異なります。
現代の日本で、若い人に見せた場合には、「とても可哀そう」という感想が多いはずです。
一方で、アジアの国では、子供の頃を思い出した、親が懐かしく思ったなどの感想が多いのです。 この違いは、互いの経済的な環境と、それによる体験の相違にあります。
日本で「おしん」が作られた1983年は、まだ戦後の貧しかった体験が多くの日本人の中で残っていたのです。現在のアジアの人々が感じたものも、懐かしさの中にあった、今は身近にない貧しさなのです。 現代日本の若者にとっては、不条理な別世界にいる可哀そうな主人公という感覚が多いと思います。 つまり、同じ作品を見ても、人による体験の相違は、これだけ一般的か特殊かという点で異なってしまいます。
もう一つ重要な要素は、「今は無い不幸」と「手が届きそうな幸福」という要素です。
「おしん」に共感をもっている人は、少なくとも現在は満ち足りた立場にいるのだと思います。 もし現在も、貧農の家に生まれ、貧困ゆえに家族と離れ働いている状態の人にとっては、「おしん」の別れは、現実の辛さを強調するだけで受け入れられません。
但し、「おしん」が作品として優れている点は、このような辛い立場人にも、「おしん」が困難を乗り越え社会的に成功して行く過程を見せて、厳しい現実の中にいる人にも希望や勇気を与える点です。
現在が幸福な人にとって、それに至る時に存在した不幸は、すでに克服された「今は無い不幸」です。 今は無い不幸を、振り返る事は、その人にとっては懐かしく、現在の幸福を感じられる時間になります。 それ故、「おしん」は、アジアの多くの富裕層に受け入れられました。 現在も貧しさの中にある人にとっては、「手が届きそうな幸福」は希望や目標になります。 このように、「おしん」のヒットには、苦労を過去の懐かしい話として感じられる人々と、苦労から抜け出そうと希望に満ちた人々によって受け入れられたという背景があったと言えます。 一方で、現在の日本の若者には、可哀そうで、日本が貧しかった頃の話しとして、珍しさなど特殊さが強く感じられると思います。
この「おしん」の例から判るように、読者の属性が変われば、同じ題材でも特殊化、一般的か、という感覚は異なります。
それでは、再び表に戻って、ポジティブな要素が、なぜ主題になりにくいかを考察してみます。「おしん」では、この点を、成功した主人公の回想として描いています。
幸せな主人公を主題や、常態として描けないのには、いくつか理由があります。
一つは、現実世界では幸せな状態は長続きしないからです。それは盛者必衰という意味だけではなく、金持ちや高い地位にあり続けられたとしても人は慣れてしまうから、すぐに幸せな状態と感じられなくなるからです。もちろん、愛は世代や国を越えた普遍的な価値をもっていると思います。 しかしながら、愛による幸せは、小説の主題として扱い続けるには非情に難しいのです。 例えて言えば、いかなる美食でも毎日食べれば飽きますし、甘さを感じるには若干の塩味が必要で 甘いだけの料理は受け入れられない事に似ています。
ポジティブで一般的な例を、中心に据えて失敗した例として、私はNHK大河ドラマ「江 姫たちの戦国」を挙げます。 このドラマは、歴史考証面でも突っ込みどころ満載なのですが、今回は設定に話題を絞ります。このドラマでは、主人公 江は、夫 将軍秀忠に対して、非常に理解があり、度量のある女性として描かれています。 つまり一般的でポジティブな性格になっています。 しかし、歴史的事実からみれば、妻:江はバツ2、夫は5歳年下。 夫:秀忠は、将軍にもかかわらず、妻の反対で側室がなく、こっそり手を付けた娘は、出産で身を隠し、密かに出産。 設定としては、特殊でネガティブな味付けが似合うと思います。 それを、無理に愛にあふれ度量が広く素晴らしい女性と表現した無理が祟ったのか、低い視聴率と散々な評判で終わりました。 もちろん、主人公の素晴らしさを表現するのは問題ありません。しかし、本来スパイスを利かすべきカレーの素材を、甘くパンチの利かない味にしたら、それを喜ぶのはお子様だけになってしまいます。
この為、愛のような、ポジティブで普遍な主題を扱うには、不幸というスパイスが必須になります。小説を書くならば、終盤に主人公の幸せを持ってくるのが定石で、当然にそこに至るまでには様々な艱難辛苦が、塩味として必要なのです。
そんな事は、オマエに言われるまでもなく当然だとお怒りの方も多いと思います。
私が、本当に理解して頂きたいのは、このような分類で自分なりに設定を考えておけば、作品作りの整理がつけやすいという事です。 これは整理された台所の調味料の棚や、材料庫のようなものです。 甘さとしては、一般的でポジティブな事項。 スパイスとしては特殊でネガティブな設定。 これはカレー用スパイスや、韓国料理の調味料の如く、実に様々なものが存在する事が判ります。 主人公の周辺には、友人と支援者として特殊でポジティブな設定の人物:王様や貴族、魔法使いの師匠、金持ちのスポンサーを配置しても良いかもしれません。 主人公が順調過ぎて甘すぎると思えば、一般的でネガティブな親子喧嘩や別離の設定をしても良いかもしれません。 こうした味付けは、分類を考えなくても、自然に出来る能力の高い人もいるかもしれません。 しかし、私のような非才には、このような整理をした方が、上手く味付けが出来ます。 能力がある人でも、書いていて違和感を覚える時や、展開に困った時はあるかもしれません。 そのような場合には、このような分類を考えて、味付けが偏っていないか、足りない味は何かなどと考えてみると、何かヒントになるかもしれません。感じられる味付けは、読者の属性により、異なる場合がありますから、想定している読者に対して相応しいものを用意する必要があります。 ですから、私は、このような一般/特殊、ポジティブ/ネガティブという分類を一例として考えてみました。
皆さまには、どのような味付けの分類があり、どのように作品の味付けをされますか?
一旦 表を書いてから、反映できない事に気づきました。
せめて、リッチテキストくらいは対応して欲しかっ...
それとも、単に私がもの知らずで使えていないのか?