序章 そのきゅう
あれから引きずられる様にして浮空艇の中に連れ込まれた。
「ボウヤも往生際が悪いねぇ。暴れるんじゃないよ。今更何処へ行こうってんだぃ?」
「い~や~だ~!帰るぅ帰るぅ~~~!あんな食人鬼と一緒に行けるかっつぅ~の!」
巫山戯るな!あんな奴が居るとは聞いてないぞ!
「チッ!仕方ないねぇ。総員持ち場に着いてるね?このまま出航するよ!」
サーシャさんは伝声管に向かい大声で指示を出した。
「高度8000メルトまで上昇!進路は北北西だよ!」
「了解ですわ」
「あいさー!」
今日の浮空石当番のユーリィと操舵手のポーラがそれぞれ応える。エレベータに似た浮遊感がある。かなりの速度で上昇してる様だ。
「これで何処にも逃げられないねぇ」
「ああああ、何と言う事を・・・」
身体がブルブルと震えるが仕方ないというものじゃないか?
「ターニャは普段は引き篭もってるから問題ないさ。心配するだけ無駄だと思うよ」
「寝込みを襲われたら抵抗できないでしょ!」
「誰かしらと一緒に寝ればいいだろ?どうせ雑魚寝なんだから」
「下層船室は医務室の前を通るじゃん!あんな物騒な所を通れるかっつぅ~の!艇長室で寝る!下には金輪際降りんぞ!」
「艇長が駄々をこねてるんじゃないよ。全く、腕を齧られたくらいで情けない。戦闘になったら齧られるくらいじゃ済まないんだよ?」
「そりゃ~敵にヤラれるのなら仕方ないかも知れんが、味方に寝込みとかを襲われるのは想定外だ!!」
「未だ襲われるとか決まった訳じゃないだろう?心配しすぎなんだよ」
「ううう・・・確かにそうだが!」
襲われてないからそんな事が言えるんだ!・・・とは思うが、相手は海千山千の古強者、とてもじゃ口で勝てそうにない。
「ま、気にしても仕方ないだろ?あんまりクヨクヨ悩んでると禿げちまうよ」
「うぬぅ・・・確かにそうだが、艇の改造を要求する!医務室前を通らないでも下層船室に行けるように改造することを要求する!」
「それで納得できるなら良いよ。後でミレーヌに頼むと良い。ま、その前に医務室前は通らないといけないだろうけどね」
『いひひひひ』と笑いながら、そんな事を言いやがった。ま、許可が下りたなら問題ないか。
「副長!高度8000メルトに到達しました」
「よし!『魔法投影』展開!スレイ!風向きはどうなってる?」
「残念ながら向かい風でござる。風に乗るでござるか?」
「そうなるね。操帆手、急いで縮帆だ。風に乗るよ!」
「『魔法投影』準備完了です」
「よし、展開しろ!」
サーシャの言葉に応えるかのように『ブゥン』と言う音と共に指揮所の前方、舵輪の前に上下に2つ、壁際の左右に一つずつ、外の風景が映し出される。
「おぉぉぉぉぉっ!これは?」
「おや?ボウヤは知らなかったのかい?今や技術革新も進んでてね。外の様子を窺いながら操艇出来るのさ」
一昔前のSFアニメみたいだ・・・帆船と言う事で、正直馬鹿にしてました。
「縮帆、完了しました!」
操帆室から返信があった。
「良し!進路はこのまま。高度の管理と進路はそれぞれに任せるよ!」
「了解ですわ」
「あいさー!」
『魔法投影』に関して聞いてみる。
「これはどの様になってるんです?」
「前方の2つ、上が正面で下が後方が視える。左右はそのまま左右さ。戦闘時には魔導筒操作盤にも前方の様子が映し出される。視えるのと視えないのとじゃ~気合の入り方が違うからね」
なるほど、少なくとも敵の位置とかは漠然とは知る事が出来るのか。ズーム機能は付いてないのかな?
「これは拡大とか出来ないんですか?」
「あ~それは無理だね。外の風景が判るだけで十分だろ?その辺りは見張りの性能次第さ」
ふむ。まぁ、そこまで便利じゃないか。
もう一つ質問してみる。
「風に乗るっていうのはどういう事で?」
「あ~そのなんだ・・・アレがこうしてあ~なるんだよ・・・」
「え~と、何がどうなるんでしょう?」
「え~・・・ようりょくとかこうくうなんたら・・・っとかって言ってたっけかな?あ~駄目だ!ポーラ、説明を頼むよ」
「全く、サーシャさんはダメなのね。仕方ないわ、あたちが説明ちてあげる。浮空艇はそのままじゃバランスが悪いの。だから姿勢制御板が有るの。その姿勢制御板は揚力を生み出す翼の役割も果たすのね。揚力の原理は解るわよね?揚力を発生させる事で浮力を発生させられるの。そちて浮空艇には浮空石があるわね?浮空石は浮空艇の重量を減らす事が出来るのね。ま、重量を無くすどころか、魔力の量では持ち上げる事も出来るんですけども。そうちたら、少ない揚力で浮空艇を浮かせられるの。浮空艇の重量を軽くちて揚力を発生させれば、それだけで浮空艇は浮く事が出来るの。つまりは、帆がなくても緩やかに落下する事で揚力を発生させれば向かい風でも進む事が出来るのね。普通に帆に風を受けて進むなら向かい風には進めないのね。でも、この方法なら速度は出なくても前には進めるの。この方法を使わないと風に対してジグザグに進むと言う事しか出来ないわね。でも、進路が固定されちゃってイザという時に何も出来ないの」
相変わらず凄まじい勢いだ。
「下降角度を強くちて重量を増やせば速度が上がる代わりに高度がすぐに落ちちゃうの。でも、その辺りのバランスを調整すればいつ迄も風上に向かって走れるの。これは凄い事なのね。でも、今度は追い風だとアッという間に失速ちて高度が落ちちゃうのね。そうなったら帆の出番なのね。追い風の時は上昇角度を上げて、風で推力を得られれば姿勢制御版から揚力が生まれて失速せずに走れるの。向かい風に進む時は、高度を上げて下降気味に調整して、追い風の時は高度を下げて上昇気味にするの、それを繰り返す事で一定の速度を保って航行出来るのね。解ったかちら?これを考えだちたのは異世界人らちいけど、かなり凄い事だと思うのね」
・・・要約すると、浮空艇は帆船の形をしたグライダーって事か?風を受けてもに乗って進めるのか。しかし、『浮空石』ってのは凄い能力だよな。いわゆる反重力物質な訳だろうし。ふむ、しかしグライダーと似た飛行原理なら、パラグライダーの経験が生かせるかもな。
「と、まぁ、そういう事なんだよ。ボウヤ、理解したかい?」
「サーシャさんも理解しましたか?」
「あ、アタシは知ってたから問題はないよ。ただ説明が出来なかっただけで」
「へーソウナノデスカ、スゴイデスネ」
「なんだい?なにか言いたい事があれば遠慮なく言いなよ?」
ここは恐れずに言うべきだと思う・・・否、言うべきだ!
「実は草原の小人って、エルフよりも万能で優秀なんじゃないですか?」
「っ!?・・・で、でも、魔力はアタシ等の方が圧倒的に・・・それに力も・・・」
目に見えて動揺しているな。
「そんな強大な魔力とか必要無いですし。そりゃ~自分で魔方陣を描けるんなら強いでしょうけど無理ですよね?魔法で身体的能力の増強とかも出来るみたいですし、魔法があるから肉体的にはそう劣ったものではないんじゃないですか?強いて言うなら身長が低い程度でしょうか?でも、小さいって事はそれだけ被弾も少ないって事ですよね?魔法が使える現状で、戦闘に関して言うならそれほど不利には成らないと思いますよ?」
「いや、でも・・・そんな事は・・・アタシ等エルフは・・・」
追い込まれてるな。更に追撃をする。
「エルフは好戦的な人が多そうだし、軍人には多少向くかも知れないですが、日常生活には向かないですよね?」
「そうなんだよ!アタシ等エルフは軍人向きなんだよ!」
前向きなのは評価するべきか?
「開き直りですか?兵隊向きかも知れませんが指揮官は無理ですよね?すぐに熱くなるみたいだし」
「・・・ぐ、ぐぐぅ・・・」
思い当たるフシがあるのか反論が途絶えた。少し涙目になっている。
「それ位にちてくれないかちら?サーシャさんが一度落ち込むと永いのよね。宥めるのはとてもとても時間が掛かるのよ。それともアナタが付きっきりで宥めてくれるのかちら?落ち込むとそれはそれは邪魔臭いの。いつ迄もウジウジちてて見てるこっちも腐っちゃうのね。本当にアレは止めてくれないかちら?本当に本当に大変なのよ?落ち込んでる間は部屋の隅でぢっとちてるだけだち、もう、それはそれは浮空艇から投げ捨てたくなるのよ。そんな気分を味合わせられるのはあたち達指揮所の人達なのよ。本当に嫌になっちゃうわ。なぜこんな人がこの艇の責任者なのかちら?全く、歳だけはイッてるのに中身はお子ちゃまなのよね。本当にあたちよりも長生きちてるのかちら?そこのところが最大の疑問なのよね」
ポーラの言葉を受けて更に落ち込む。そ、それくらいにしてやってくれないか?流石に見てるこっちも辛くなってきた。
「もう良い・・・もぅ良いんだ・・・アタシは・・・ダメだ!ダメな子なんだぁっ!!・・・・うわぁぁぁぁぁぁん!」
流石に泣き始めた・・・いや、ポーラはなんて恐ろしい子なのでしょうか?
「まったく、少ちツツいただけですぐにこれなんだから、本当に面倒ですわね。こんな所で泣かれたら邪魔極まりないのね。クリストファーさんに伝えてくれないかちら?構わないから栽培室へ放り込んで置いてくれって。クリストファーさんなら身体も大きいち適任でちょう?さ、早くちて頂戴。こんな所で泣かれたら耳が痛くてちかたないわ。艇長さんも酷い人ね、サーシャさんを泣かせるなんて。女の敵ですわね。これで暫く鬱陶ちいのね。この責任はとって貰わないとね。良いわね?」
「り、了解しました・・・」
反論すると面倒そうなので申し出は受けておく。ってか、泣かしたのはポーラさん、貴女ではないのでしょうか?
はぁ~・・・自分が巻いた種だ。仕方ない指揮を代わりに采るかね。
「あ~・・・と、その、なんだ・・・サーシャ副長が心神喪失にて戦線離脱した。因って指揮は私が采る。取り敢えず北北西を目指す。各員の奮闘を期待する!」
伝声管に向かい、一応報告はしてみる。
「心神喪失でござるか?一体何があったでござるか?」
「あれ?サーちゃんどうしたの?また落ち込んじゃったの?さっきまで元気だったのに何がどうして?」
予想通り困惑してるようだ。理由は・・・とてもじゃないが言えたものじゃないが。
「あ~操帆室、クリストファーさんは居ますか?大変申し訳ないのですが、サーシャ副長を艇長室まで運んでくださいませんか?」
「了解です。直ちに向かいます。しかし、一体何があったのですか?」
「申し訳ありません。私の判断ミスです」
「取り敢えずは向かいますよ」
「有難う御座います。宜しくお願い致します」
暫くするとクリスが着たが、サーシャさんは『アタシなんて・・・アタシなんて・・・』と俯いていて動こうとしない。何とか宥めつつ優しく抱きかかえ艇長室兼栽培室へ連れて行った。森の人だし、緑に囲まれる事で少しでも早い復帰を期待しよう。
しかし、こんな形でまた空を飛ぶ事が出来るとは!外の風景を楽しみながらの飛行は何物にも替え難く気持ちが良い。惜しむらく外に出れない事か?やはり、風と触れ合いながら飛びたいものだ。
私が何も指揮とかせずとも浮空艇は進んでいく。やはり私以上に皆が手馴れているようだ。
しかし、この独特の浮遊感は良いねぇ。時たまガクンと落ちたりフワッと浮き上がったりするが、まぁ、それもまた良いモノだ。空にある程度慣れててよかったとは思う。そうでなければ、間違いなく酔っていただろうな。
このまま放置しても問題なさそうだし、浮空時の艇内がどの様になってるのか興味があったので視察も兼ねて見回りをする事にした。一応報告はしておく。
「ポーラさん、私がここに居てもやれる事は無さそうだし、少し艇内を見てきますね」
「あら?サボりかちら?あたち達には働かせて良い御身分よね?どちらかと言えばゴミ分かちら?ゴミはゴミらちくゴミ箱にでも入ってれば良いのよね。行ってらっちゃい。ゴミの様な艇長さん。ゴミ箱の中の他のゴミ達に宜ちく伝えてね」
何と言う毒吐き幼女だろうか?まぁ、事実は事実なので気にしない事にしよう。その程度の毒は元の世界で受け慣れてるぜ!・・・自慢にゃならないけども。
最凶滑舌幼女再び。
2012/09 『改定済み』