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序章 そのはち

さて、浮空艇の引き出し作業でも手伝いますかね。


「手が必要な所はありますか?手伝いますよ」

「おぉ、艇長ていちょう殿。それではこちらを宜しくお願い致します」


 礼儀正しいオーガ、クリストファーか。


「承知致しました。それでは向かいます」


 持ち場に着きロープを引っ張り始める。先ほどのサーシャさんとの会話を思い出し、ふと聞いてみた。


「クリストファーさんは、このふねながいのですか?」

「あぁ、クリスで良いですよ。・・・そうですね。5年ほどでしょうか?」

「5年って言うと、帝国が出来た頃ですかね?」

 

 クリストファーさん改めクリスさんは、少し深刻そうな表情をしながら答えてくれた。


「そうですね。帝国の横暴は凄惨せいさんを極めてますから。私達も抵抗したのですが体格差は如何いかんともし難く・・・一族は散り散りになってしまいました。私達はこの体格ですから食べる事にも困り、え無く軍に志願した・・・と、言う所です」


 帝国を支配してるトロール族は身長が4メルト近くも有るんだっけか?平均2メルトのオーガじゃ分が悪いか・・・。


「・・・そうだったのですか・・・申し訳ありません」

「いえ、気にしないで下さい。今はこうして帝国相手に戦えるわけですから。お互い頑張りましょう」

「こちらこそ宜しくお願い致します」


 色々と聴きたい事もあったのだがそれ以上会話が出来る訳もなく、黙々と作業を進めていく。

 後少しで終わるという時、引っ張っていたロープが急に緩んだ。どうやら接続した金具が弾け飛んだようだ。力を込めて引いてた為体勢が崩れ、高速で飛んできた金具を避ける事も出来ず腕に直撃する。

 ゴチャッ!と言う音と共に皮膚が裂け骨が砕けた。


「がぁぁぁぁぁ~~~!」


 意識が飛びそうなほどの激痛で叫び声が出る。腕が曲がってはいけない方向へ曲がってしまい、血が滴っている。


「艇長殿!」

「一体何の騒ぎなんだい!え!事故かぃ!?誰か『治療符ちりょうふ』を持ってきなっ!」


 ドック内部が一気に緊迫し騒然とする。


「安全確認はキチンとやったのかぃっ!現場の責任者を呼べ!それとターニャを呼べ!急ぐんだよ!」

 

 ターニャを呼ぶ声があちこちで聞こえる・・・が、一向に見つからないようだ。


「副長!何処にもいません!」

「あの馬鹿!何処でサボってやがるんだぃっ!?仕方ないね、ミレーヌ!この中じゃアンタが一番の腕だ。治療を頼むよ!」


 呼ばれたミレーヌが『治療符』を渡され駆け寄ってきた。


「ジンちゃん大丈夫?少し痛いと思うけど我慢してね?」

「クリちゃん、ジンちゃんを抑えてて!」


 迅速且つ確実に指示を飛ばしていく。成る程、腕は良いようだ。


「ジョンちゃんはジンちゃんの腕を伸ばして!クリちゃん、暴れたら抑えこんでね?」

「「承知致しました」」 

  

 クリスに羽交い絞めにされ、ジョンが腕を掴み正常な方向へと腕を直す。その途端、脳が灼ける程の激痛が走る。


「ごぉぉぉぐぐぅ・・・」


 歯を食いしばり絶叫が漏れそうになるのを耐える。


「ジンちゃん我慢して、すぐに治すから」


 ミレーヌは折れた腕に治療符を貼り、手に魔力を集めだした。魔力を籠めた手で治療符に触れると同時に下位治療魔法である『治癒ヒーリング』が発動。折れた骨が修復され、新しい皮膚が傷口を覆っていく。


「もう大丈夫・・・取り敢えずは治せたけど、暫くは腕が痺れると思う。ターちゃんが居ればもっと確実に治せると思うけど・・・何処に行ったのかな?サーちゃん知らない?」

「今探してる最中だよ。いつの間に何処へ消えたんだか・・・」

「ターちゃんの性格を考えたら、ふねの自室で寝てたりして?」

「あぁ、その可能性もあるね・・・はぁ・・・フェル、一応見てきてくれないかぃ?」

「おぅ!姐さんの頼みとありゃ~チョチョイっと見てきますぜぃ!」

「あぁ、頼んだよっ!」


 ミレーヌのお陰で取り敢えず痛みは無くなった。魔法とは偉大なものである。


「ミレーヌ、ありがとうな。はぁ・・・本当に助かったよ。しかし運が悪いな」

「いやいやいや、これも僕の仕事みたいなものだからね」

「普通はターニャの仕事だろう・・・?」

「ターちゃん、戦闘時とかしか働かないから・・・普段の簡単な治療は僕の仕事なんだよ」


 あの食欲魔人は本当に困りものだな。

 あの馬鹿は何処へ・・・?と思い周囲を探ったが姿はない。まさか本当に艇のなかに・・・?と考えてると艇の方向から声が聞こえた。


「姐さんっ!居ましたぜっ!食料庫でツマミ食いをしてましたぁっ!」

「はぁ?あの馬鹿、皆が艇内から居なくなるのを狙ってたね!?まぁ良い、早く連れて来な!」 


 艇からフェルーナンに連れられターニャが出てきた。


「にゃははは、まさか戻ってくるとはにゃ~失敗したにゃ~」

「お前は何をやってるんだい!?」


 サーシャさんは心底疲れ果てた表情でターニャを眺めてる。


「にゃは~おにゃか空いたにゃ~ゴメンしてにゃ~」

 

 ターニャは反省の色は欠片もない。ただ『ゴメンしてにゃ~』を繰り返している。


「まぁ良い!アンタに仕事だよ!給料分はしっかり働きな!」

「アタシに仕事?誰か怪我でもしたかにゃ?」

「艇長がちょっとね」

「艇長って誰にゃ?アタシは知らにゃいにゃ」

「え?あんたら知り合ってるんじゃないのかぃ?」

 

 サーシャさんはそう言いつつこちらを見てくる。


「一方通行で会話は成立してないんですよ」

「あぁ、そっかい。んじゃ、改めて紹介するよ。こっちが新しい艇長のヒョーエ。こっちが船医のターニャだよ」

「初めまして、ヒョーエ・ジンナイと申します。宜しくお願い致します」

「アタシはターニャにゃ。ヨロシクにゃ」


 先程出会った事は、既に忘却してるようだ・・・って言うより、気にも留めなかったって事か・・・。


「んにゃ?にゃんか美味しそうにゃ匂いがするにゃ」


 ん?何か匂うかな?


「こっちから美味しい匂いがするにゃ~」


 そう言うなり怪我が治ったばかりの腕を掴む。


「にゃにゃ?これはっ!?」

「あぁ、ヒョーエのボウヤが怪我をしたんだよ。一応治療したんだが、アンタも診ておいておくれ」

「あぁ~いにゃ~素晴らしいにゃ~」


 良く判らない事を呟きながら腕を掴むと、何故かペロペロと舐め始めた。

 あれ・・・?と思い様子を見てみるが、一心不乱に舐めてるようで何故なのかは判らない。

 困惑気味に皆の方を見ると、何故か引きつった顔をしている。視線の先を辿るとターニャの顔があった。『んあ~』とか言いつつ口をあんぐりと大きく開いたターニャの顔が!

 やけに鋭い、4本の真っ白の牙の様な犬歯が目に強く焼き付いた。え?何?どう言う事?・・・と、困惑してると、ガブゥッ!っと、噛み付かれた!?


「ふぎょぉぉぉぉぉっっっ!」


 思わず変な声が喉からほとばしった。な、な、な、何してくれてんだコイツは?

 噛まれた瞬間はチクっとしただけだが、段々と力が込められてるようで痛みが増してくる。


「ひぃぃぃぃぃぃぃっっっ!」


 力任せに腕を抜こうとするが、腕で固定されてる上、牙が食い込んでるのかビクともしない。ターニャは腕を咥えたまま『ふみゃ~~~~い』とか言っている。

 このままじゃ不味い事は死ぬほど理解できる。渾身の力を込めて引き抜いてみた。ビチビチビチッッッ!!と言う音と共に腕の肉が引き千切られたが、取り敢えず腕を抜く事に成功!


「なななななななっ!」


 あまりの衝撃に言葉にならない。治してもらったばかりの腕から、先ほどを凌ぐ量の血液がほとばしるっっ!

 ターニャはムシャムシャと腕の肉を咀嚼そしゃくして嚥下えんかすると共にこう叫んだ。


「旨いにゃ~!!こんにゃ旨い血と肉は初めてにゃ~!!血はマッタリとしていてそれでいてしつこくにゃく、肉は程よく弾力があってジューシーにゃ~!」


 お前はどこぞの食通か!?・・・と、言うツッコミをしたくなったが、逃げるのが先だろう。周囲も余りにも予想外の惨状に反応できてない。


「こんにゃ旨い肉がおにゃふねに!?食べてにゃおして、にゃおして食べて~最高にゃ~最高の艇旅ふにゃたびにゃりそうにゃ~」


 え~と・・・何と言うか、それはひととしてどうかと思う発言でした・・・。っつ~か何と言う医者の皮を被った食人鬼!?


「さ、サーシャさん・・・?」


 サーシャさんですらほおけたような表情をしている。まさか、今までこんな奴だとは知らなかったのか?声を掛けたことでようやく我に返ったのか、こう叫んだ。


「ボ、ボウヤ、速くこっちで治療を!ザード!フェル!ターニャを取り押さえろ!」

「了解!」

「アイサ~!」


 サーシャさんの言葉に応えるように、呆然と成り行きを見ていたエルフ二人が猛然とダッシュ。

 は、はやい!エルフとはこんなにも身体的性能の高い種族だったのか!

 素早くターニャの正面に回り込んだフェルーナンが、『ウシャシャシャシャシャ~っ!』などと奇声を発しつつ、頭を上下左右に細かく振り『スネックヘッド』を小刻みに揺らし牽制するぅっ!!


 ・・・え~~・・・それって、その様な使い方をするんだ・・・もしかしてスネックの真似とか?

 フェルーナンが正面で注意を引きつけてる間に、ザードが死角から取り押さえるべく飛び掛かった。が、次の瞬間、反応したターニャが反撃に移る。

 背後のザードを確認もせずに正確に裏拳で撃墜し、間髪入れずフェルーナンの顎を膝蹴りで跳ね上げた。エルフ達の動きも凄かったが、最小限の動きで迎撃した『猫人ねこひと』も凄ぇ~!

 ってか、あんたらが負けたら俺がヤバイっつ~の!


「邪魔するにゃにゃ~っ!ようやく見つけた理想のお肉にゃ~っ!」


 遂には『肉』呼ばわりか・・・。あぁ、新天地で見つけた新しい職場は医者のフリをした食人鬼が居ます・・・。何を呪えば良いのやら?

 

主殿あるじどの!大丈夫でござるか!?」


 スレイが翼を大きく広げターニャから隠し護るように立ち塞がってくれた。有難い事だ。・・・身長が足りず丸見えなんだけど、その気持ちは嬉しい。


「スレイ助かる!」


 行為自体は有難いので礼は言う。


「主殿の為ならダメで元々!粉骨砕身ふんこつさいしんでござる!」


 え~・・・ダメなんだ・・・。


「主殿には申し訳ないが、『鳥人とりひと』が『猫人ねこひと』に勝つのは至難のわざでござる」

「今の状況では死ぬほど有難いが、だが死ぬのはゆるさんぞ!」

「あ、主殿ぉっ!」


 コントのようなやり取りの隙に、サーシャさんから司令を受けたと思われるオーガ三人組がターニャに飛び掛かった。

 はやさこそは無いものの、高い防御で『猫人』の攻撃を寄せ付けない。身体中に切り傷と打撲を作りながらも確実に追い詰めていく。


「今のうちだよ!はやくこっちへ!」


 サーシャさんが手招きする。


「ジンちゃん、治療するからこっちへ」


 サーシャさんに肩口を抑えられ腕を無理やり伸ばされる。

 ちょっ!肩に乳が乳がぁぁぁっ!アンタは男女でも一応は女なんだからぁっ!

 この様な状況だというのに、いや、命の危機が迫ったこの様な状況だからこそか?俺の男の子の部分は正直である。

 バレないように身体の向きを替え、ミレーヌに腕を預ける。ミレーヌは先程と同様に治療していく。


「サーシャさん?彼女は一体何者です?まさか食人鬼だとは思いもしませんでしたよ?」

「アタシも今知ったよ!」

「彼女の出自は何処です?」

「ブルーミーだよ」

「例の共和制とかの国ですか?軍に入れるときに身元の確認とかは?」

「皇国は傭兵制度なんで、簡単な試験と検査位しかしてないね」

「大丈夫なんですか?それは」

「帝国は徴兵制らしいけど、皇国は自由の国だからね。今まで何とかなってきたし、大丈夫なんじゃないかね?」


 何と言う大らかな・・・と言うか大雑把な国なんだか。ここ5年で浮空島を3つも奪われたのはその辺りが原因じゃないのか?このままじゃ確実に負けるぞ。

 そうこうしてる内に、オーガ達が捕縛に成功したようで一安心。流石にあの体格差なら押さえ込めたようだ。


はにゃせにゃ~一口ひとくち!もう一口ひとくちで良いにゃ~!痛いのは最初だけにゃ~!すぐに痛くにゃくにゃるから問題はにゃいにゃ~!」


 痛いのは俺なんだが・・・。


「すみません。痛いのなら無しの方向で」


 軽く手を挙げつつそう申告する。


「構わないから医務室に監禁しておきな!」


 え?マジですか?

 ターニャは『うみゃ~~~~っ!あと一口ひとくち一口ひとくちだ~け~にゃ~~~~っ!』などと叫びながら連行されていった。


「連れて行くんですか?代わりの方とかの補充は?」

「狙われてんのはボウヤだけだしね。今更、替りの『治療士』なんて無理だろ?予定通り出航するよ」


 そ、そんな事を言われても・・・うむ。兵法にも『檀公だんこうの三十六策、逃ぐるをこれ上計と為す』・・・ともあるしな。ここは一先ず・・・。


「・・・あの~頑張って下さいね。私は王宮で地道に頑張ります。それではお元気でっ!!」


 素早くその場から逃げ出したが、瞬く間に追いついたサーシャさんに押し倒される。


「はっはっは。逃がしゃしないよ!」


 ニヤリと男臭い笑みを浮かべつつ、心底楽しそうにそう言っていた。

話毎はなしごとの文字数は特に気にしてません。

区切りのよさそうな箇所と言う事で。


先はどうなるかは不明ですが。


2012/09 『改定済み』

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