新たなる旅路 そのご
「ふぉわぁ~~っ!こんな旨い食べ物がこの世にあったとわっ!」
フェルはさっきからソレばっかりだ。余程、『レアチーズケーキ』が気に入ったらしい。
「エルフは食べなくても生きていけるんじゃなかったっけか?」
夢中で食べ続けるフェルに、ちょいと水を差してみる。
「それとコレとは別っすよっ!この滑らかな舌触りの中に絶妙な酸味がマッチして、いくらでも食べられるっスっ!」
「だそうだ、スワリ」
先程から店内をチョコマカと行き来して居る『人間族』の女性、スワリ・トゥークハットに声を掛けた。
「へぇ~、『エルフ族』に気に入られるとは、将来有望ですねぇ。この街にもエルフの方は多いですしね」
そう言いつつも、厨房と店内を引っ切り無しに移動して居る。
「相変わらず忙しないな」
「これは私の性分ですから」
スワリと言う名前に反して、座ると言う事の無い、非常に活動的な女性だ。良く動く為か、その身体はとてもスリムだ・・・ええ、本来有って然るべき双丘すらも、とてもスリムだ。
「ミレーヌはどうだ?」
さっきから完全に無言で、容器の中の『アイスクリーム』を退治する為に奮闘中だ。
コッチを見返す眼が、キラキラと輝いて居る様にも見える。
「ジンちゃんってばズルいよねっ!こんな美味しい物を隠してたなんてっ!」
ミレーヌさん、鼻の先にアイスを付けた状態で凄んでも、欠片も怖くないのですが?
「ミレーヌは相変わらずミルク系が好きなのなぁ」
この世界には『バニラビーンズ』なるモノは存在しなかったので、残念ながらバニラ味ではない。ついでに言うと、『砂糖』の類も存在しなかった。甘味料と言えば、『果実』を始めとする天然モノか、『装甲蜂』と言う魔物がその巣に蓄積する『蜂蜜』位のモノだろうか?この『装甲蜂』、働き蜂1匹の体長が60サンチを超え、戦闘用蜂に至っては90サンチを優に超え、その甲殻は鋼鉄に匹敵する程に硬く堅牢である。1つの巣に300~500匹もの『装甲蜂』が生息してるため、討伐される事自体が非常に稀で市場価格は半端なく高い。それでも、その高硬度で在りながら非常に軽い甲殻を求め、『アーマードビー・ハンター』なる者も存在し、そのついでに蜂蜜も採取されてたりはするが、当然の如く非常に高価である。この世界の『蜂蜜』は一般市民の口には入らない幻の甘味だったりする。
俺はこの世界でもTOPクラスの食通でも在る『覇王』の協力の下、様々な果実を煮詰め、果糖から砂糖モドキを創り出す事に成功した。ここに置いてある甘味の8割に、その『特殊糖蜜』が使用されて居る。コイツは『砂糖』と比べても遜色が無いほどに甘いのだが、コストが高いので残念ながら庶民の味とするには未だ時間がかかりそうではあるが。
スレイの方を見ると、『餡子』を無心に啄んで居る。今回の餡は『芋餡』で、前の世界の薩摩芋に似た甘みの強い『カンスイモ』を使用して居る。
「スレイ、そんなに気に入ったのか?」
「うむ、うむ、コレは旨いでござるなぁ・・・シットリとした食感の中に程良い甘みが絶妙でござる。そう、喩えるならば『程良く甘い脳髄』でござろうか?」
ぶっ!なんつ~喩えだ。まぁ、『鳥人』の本来の姿は肉食猛禽類だからして、当然っちゃ~当然なのかも知れんが・・・。『お汁粉』を作って与えてみるかな。嘴でどの様に食べるのか見てみたくはある。鳥に汁物を食べさせる・・・なんかそんな寓話が有った様な無かった様な・・・まあ、正直な話、興味はあるな。
「そう言うジンちゃんは何を食べてるの?」
「ん?俺か?俺は普通の『プティング』だな」
『プティング』、良く知られた名称は『プリン』だな。ソースに『カラメル』を使用してるからして『カラメルプティング』と言うのが正しいのだろうか?焼きプリンを食べると思考が冴え渡る某教授ではないが、俺も好きなデザートだな。
「それ、美味しそうだね?一口ちょ~だい」
「お?良いぜ。ホラ、あ~ん」
俺はスプーンで一匙『プティング』を掬い取ると、ミレーヌに差し出した。
「え?ちょ、ジンちゃん!?」
「ん?どうした?ホレ、あ~んしろ、あ~ん」
再度口を開く様に要請する。
「要らんのか?なら、仕方ないか」
「え?いや、その・・・あ、あ~ん」
ふむ、最初から応じれば良いモノを。何故かミレーヌの顔が朱い気がするが・・・照れる様な事か?
うぬ?スワリも動きを止めて、何故かスプーンを凝視してるな?スレイもか・・・一体、何だって言うんだか。
「むぐむぐ・・・え?アレ?コレって卵を使用してるの?」
あぁ、そういや無類の卵好きだったっけか。
「うむ。旨いだろぅ?俺が最初に作り方を覚えたデザートは『プティング』だったからなぁ・・・俺の思い出の味だな」
いや、マジで簡単だしな。その次に覚えた料理は『茶碗蒸し』だ。見た目は一緒だが、両者は似て非なるモノ・・・だもんなぁ。30過ぎた独身男の生活能力を舐めて貰ってはイカンな。独身のオッサンは大抵は二極に別れる。料理が出来る者と外食に頼る者とだ!経費を削減するには自炊は当然の選択肢だな。
うむ。今度、デザートと偽って『茶碗蒸し』でも食べさせてみるかな・・・うひひひひ、驚く顔が目に浮かぶ。
「え?んじゃ、いつでも食べられるの?」
「だな。だから『アイスクリーム』を勧めたんだ」
「それにしては・・・今まで作ってくれなかったよね・・・?」
「あぁ、程よい甘味類が足らなくてな。『覇王』に感謝だよな」
「えぇ、全くです」
何時の間にかスワリが側に着て居てそう頷いた。
「料理長にも感謝してますよ。こんなに素晴らしい甘味類がこの世にあったとは・・・お陰様で店も開けましたしね」
「って言うか、『この世』では無いな。俺の世界のデザート類だし」
「え?え、え、あの・・・いや、その、そう言う意味では無く・・・」
「ははははは、冗談だよ。気にすんな。今の俺の野望は、俺の味での『世界征腹』だからな、スワリや他の料理人達には頑張って貰わないとな。期待してるぞ!」
戦いだけが世界を支配する方法では無い。生きて行く上で必要不可欠な『食』を支配する者が世界を支配するのだよ、フハハハハハハ。『覇王』はその辺りが良く判って居るモノと見える。・・・まぁ、ぶっちゃけ、異常過ぎる食いしん坊の可能性の方が高いが。
「そう言えば、疑問に思ってた事があるんだが・・・」
「ん?ジンちゃん、何?」
「『獣人族』ってさ、語尾に種族毎に特殊な言葉がつくじゃない?『猫人』なら『にゃ』とかの」
「・・・え~と、今、この様な状況で聞く様な質問かな?」
「ラクールのアフォとその取り巻きは、『人間族』の様に話してたじゃん。ちょい疑問に思ってな」
「そう言えばそうだよね。でも、僕も知らないなぁ」
「某達『鳥人』も付かないござるな」
いや、スレイさん?なんか皆んな時代劇風だし。まぁ、そう言う社会みたいだから仕方ないのかも知れないけども。
「それにはオイラがお答えしやしょう」
『レアチーズケーキ』をスプーンで薄く削る様にして食べてるフェルが応えてくれた。お前、ソレ、何個目の『レアチーズケーキ』だよ?しかも、チマチマ食いやがって・・・遺跡発掘調査隊かっつ~の。
「『レアチーズケーキ』を薄く削って舌の上に乗せると、沢山食べた気になれ・・・うわっちょっ!痛っ!冗談ですよ冗談っ!」
アフォな返答に、思わずスプーンを投げてしまった。
「んで!?」
フェルを見る目が少々巌しいのは致し方無いのではなかろうか?
「ちょっ!テイチョー怖いですってぇ・・・。え~とですね、『獣人族』は思考が人に近ければ近いほど『語尾』に『種族語』が付かなくなってくるらしいっス。まぁ、幼少期から人の世界にドップリと浸かってしまうと、話し言葉も人に限りなく近くなるみたいっスねぇ。逆に同族での集団生活をしてると、どうしても『種族語』が抜け切らないみたいっスよ」
フェルはそう説明すると、ケーキを削る作業に戻って行った。
成る程、んじゃ、アイツ等は、人の世界で生まれたって事か。そういや、ターニャなんかは野生の獣みたいな奴だしなぁ、心なんか特に。アイツの出身は確か獣人国家『ブルーミー共和国』だったか・・・どんな国なのだろうか?
「話は変わりますが、料理長はこれから何がしたいのですか?」
スワリが唐突に話を振って来た。
「ん?俺か?そうだなぁ・・・やはり『世界征腹』は確実にしたい・・・」
「そうでは無くっ!」
ん?いきなり声を荒げてどうしたのやら?
「これからの夢ではなく、動向を聞いて居ます」
ふむ。成る程。
「まぁ、皇国の意志に従う他は無いよなぁ・・・ほら、俺にはコイツがあるし」
と、言いつつ、腕の焼印を見せる。うちの乗組員の顔が苦々しそうに少し歪んだ様にも見える。
「コイツがある限り、俺は『オーグル』と一蓮托生だ。ま、ヤりたい事は幾つかあるけどな。『オーグル』を使ってこの世界を飛び回る交易商人とか楽しそうだよなぁ~」
その言葉を聞いて、スワリの顔が明るくなった様に見える。
「そうですか・・・皇国に忠誠を誓ってる訳では無い・・・んですね?」
「皇国に・・・と、言うよりも、そこに住まう民の為・・・かな?ミレーヌやスレイには忠誠を誓えるぜ」
そう、ニヤリと笑いつつ応えると、フェルがツッコミを入れて来た。
「え?オイラには誓え無いんですかぃ?」
「フェルは、どっちかというと心友って感じだからなぁ・・・」
「え?親友ですかぃ?それなら問題無いっスね」
何かニュアンスが違う気もするが、ここは訂正しないで置こう。
「ちゅ、忠誠って・・・ジ、ジンちゃんってば、そんな大胆な・・・」
「某は主殿に忠誠を誓った身、その逆は有り得ないでござる!」
二人も何か勘違いしてるが・・・まぁ、敢えて訂正はしないで置こう。
「んで、スワリの本題は?どうせ『覇王』からの指示か何かだろ?」
テーブルに左右の肘を付き、組んだ指に顎を支えながら単刀直入に聞いてみる。回りくどいのは好きでは無い。この店も『覇王』からの出資で成り立ってるしな。
「うくっ!・・・で、では、単刀直入に行きましょう。『覇王』様の下に降る気は有りませんか?我々『空賊』の一員に成りませんか?皇国から離れて自由に生きてみませんか?貴方様ならそれが可能かと思われます。そして、『覇王』様もそれを強く望まれて居ます」
う~む、確かに魅力的な話だが・・・俺には『制約』があるからなぁ。
「ま、俺のコレが何とか出来たら考えてはみるよ」
腕の焼印を見せながらそう答えて置く。実際、ムリなモノはムリだからなぁ。
「そうですか・・・。望みは有り・・・と、言う事を報告して置きます」
「あいよ~」
片手をパタパタと振りながら気軽そうに応えて置く。
ま、正直、どうにか出来るのはレニヨン殿位だろうなぁ。ま、あの人が動くかどうかは判らんが。基本的に『覇王至上主義者』みたいだし。
「さ、俺を招いた本題も聞けたし、皆んなも食べ終わったみたいだしな。そろそろ店を出るとするか。おいっ!フェルっ!皿を舐めてるんじゃない!」
全ての皿を文字通り舐めてるフェルの首元を引っ掴んで出口へと向かう。
「世話になったな。店の繁盛を祈って置くよ」
俺の言葉にパタパタとシャダルが走り寄って着た。
「料理長、今日は有難う御座いました。御武運をお祈りしています!」
その言葉に、俺もシャダルの耳元に囁いた。
「シャダルも頑張ってスワリを攻略しな。武運を祈るぜ」
「うっく・・・料理長っ!」
俺の言葉に真っ赤になったシャダルが叫ぶ。
「あはははは、二人共、達者でな~」
フェルを引き摺りつつ店を後にする。フェルの奴が『あぁぁぁぁぁぁぁ・・・オイラの愛しいレアチーズちゃん・・・』等と呟いて居るが聴こえなかった事にしよう。
さ、愛しい我が家、『オーグル』へと帰るとするかね。
とあるキャラに、とあるフラグが立ちました。
因みにヒョーエ君は『フラグクラッシャー』として『要塞都市ガレアス』で名声を獲得しています。
自ら立てたフラグを意図せずに圧し折る天然系として。
その名声は本人は知らないもののMAX状態だったりします。




