章間話 運命の一夜 クレイン目線
「親分っ!敵の襲撃です!」
クレインは寝ていた。ソレも爆睡と言ったレベルで。
「親分、寝てる場合じゃないですぜっ!」
「ぅ~みゅぅ・・・ふみゅ~・・・」
「お・・・親分・・・?」
クレインは完全に寝惚けて居た。起こしに来た伝令に来た部下はクレインの配下になり1年未満であった為、クレインの印象は『ガハハ親父』である。
その夜クレインは、鎧を脱ぎ星型を染め抜かれたパジャマを着て居た。
「うにゅぅ・・・うん?・・・・おぅ、何じゃぃ!?」
「お・・・あ・・・その・・・て、敵襲です!敵要塞から敵の夜襲です」
部下の顔は何故か真っ赤である。
パジャマを着て居るとは言え、大柄ながらも均整の取れた豊満な肉体は、男所帯の身の上には刺激に満ちて居た。
「敵襲じゃとっ!儂の直属の部隊の集結はどうなっちょる?」
「はっ!既に編成を終え待機中でありますっ!」
「良し、儂も直ぐに出る」
「はっ!」
こうして『非公認クレインファンクラブ』の会員の増員が決定された。
「ふぅ、気を付けないといけませんわね。私も女性ですし襲われたら為す術ありませんから・・・」
実際は、独りで軍団規模を相手に出来る実力者なのだが、クレインの強さの基準は『覇王』やその他の盟主達の為、自分が常識の範疇外に在る事には気付いては居ない。
「しかし、帝国の方達も大変ですわね。あっと、今は急がないと・・・」
女性の身で在りながらクレインの身支度は早い。身支度に時間をかけてると女性で在る事を侮られるからだ。
素早くパジャマの上から鎖帷子を着込み、重装な鎧を装着して行く。モノの数分で着込み終わり準備が完了すると、簡易寝台の横に置いて居た、愛用の『モール』を掴み取る。
弛まぬ修練に因り、重装鎧とモールは身体強化の魔法なしでも持ち運ぶ事が可能である。
「これで良し・・・と」
天幕を出ると、既に周囲は喧騒や怒号の音に満ちて居た。
「あらあら・・・結構、大掛かりな襲撃なのね・・・」
天幕から少し離れた場所には、重厚な鎧に身を包み既に整列を終えた愛すべき部下達が合図を待って居た。
「親分!我ら『クレイン様親衛隊』200名、集結完了です!」
『クレイン様親衛隊』とは、裏を返せば『公認クレイン様ファンクラブ』の会員達である。実力や忠誠等、クレインに己の総てを捧げる事が出来る猛者達である。その審査は苛烈を極め、希望者であっても容易くここに加わる事は出来ない。正に色んな意味での最精鋭である。
「我軍は既に敵に対しての反撃を開始しております!」
「御命令を!」
(うん、統率の行き届いた良い部下達よね。)
「おぅ!儂等『覇王護衛団』の出陣じゃぁ!」
「「「「応っ!」」」」
クレイン率いる『覇王護衛団』は防御力主体の軍団である。軍団の基本戦術は、敵の攻撃を先ずは受け止めその後に反撃を行う『後の先』を掲げ、『防御は最大の攻撃なり』を実現して居る。
敵が現れるも、連携に優れた『覇王護衛団』の前では敵では無く、瞬く間に制圧して行く。中でもクレインの攻撃力は尋常では無く、生身なら触れた箇所が肉片となり、金属鎧相手でも容易に凹ませ拉げさせて行く。敵の攻撃も矢や魔法は僅かな動きで装甲で弾き、逸らして行く。攻防一体を高い次元で実現している戦闘スタイルだ。
「第8小隊、前に出過ぎじゃ!自重せよ!第12、13,14小隊、左翼の敵は任せるぞ!」
クレインは指揮官としても優秀な様で、最前線で巨大な金属塊を振り回しつつも、戦場を把握して居る。
その時、不意に悪寒が走り、ソレと共に猛烈な悪臭がクレインを襲った。反射的にその異質な気配に向かって愛用の『モール』を叩きつけた。
その異質な存在は、『モール』を大剣で弾き、その反動を利用して周囲の建物の壁に大剣を突き刺し、強大な膂力を発揮し、重力に逆らい壁面に直立してるかの様に演出する。
「あ・・・なんじゃい、シュルツの旦那かぃ?気配を殺して寄って来るもんじゃからぶん殴るトコじゃったぞ?」
異質で悪臭の正体は、巨大剣 (と言っても、クレインの感覚では普通の長剣だが)を振り回す、シュルツ・ホークウッドの姿だった。
「ぎひっ!相変わらず良い勘をしとる。それでこそ斬り甲斐があるってものよ、げひゃひゃひゃ」
「ふん。ワレと斬り合いなんぞしたいとは思わんよ」
(仲間と戦うなんて論外よね)
「良いじゃねぇか、斬らせろよ~。痛くしない自信はあるぜ?げひひひひ」
「ふん、その小さい身体を更に縮めてやろうか?」
お互いの口調は非常に軽く、物騒な会話ながらお互いに冗談だと言う事が見て取れる。
「ワレも敵の駆逐かぃのぉ?気ぃは進まんが、昼間みたいに共闘でもやらかすか?」
「ぎひひひっ!悪く無ぇな」
『空賊』でも名うての近接戦闘コンビである。帝国の雑兵など物の数ではなく、たった二人が敵の進撃を食い止め、押し返す。
「ぎひゃひゃひゃひゃっ!斬られたい奴は前に出ろ!着られたくない奴は追いかけて叩っ斬ってやんよっ!」
(本当に騒がしい人よねぇ・・・でも、この強さは本物ね。コレで性格がマトモで清潔で、身長が高ければ生涯の伴侶として選ぶところなのに・・・)
「もう少し静かに出来んもんかぃのぉ?」
「ぎひゃひゃひゃひゃ!良いじゃねぇか、減るもんじゃ無し」
(私しの神経が磨り減りますのよ)
「敵がわんさと押し寄せてウザいんじゃがのぉ・・・」
「ぎひゃっ!?どの道、斬らにゃ~減らないんだから同じ事だろうがよぅ?」
「まぁ、そうなんじゃがなぁ・・・」
「しっかし、こんなに斬れるとはなぁっ!あの黒髪の坊主の口車に乗った甲斐があったってものよ。なぁ、クレインよ」
「ワレと一緒にして欲しくはないのぉ・・・こう見えても儂は平和主義者じゃけぇの」
(同じ殺して差し上げるなら、苦痛を減らしてあげるのがせめてもの優しさでしょうにね)
「ケッ!んなミンチを大量生産させながら言う事か!?俺の剣よりも酷いじゃねぇ~か。んな砕く位なら俺に斬らせろよ~」
「ふんっ!敵さんに云うてくれ。儂には突っ掛かって来ない様にじゃ」
クレインのその言葉にシュルツはニタリと笑い大声を張り上げた。こんな軽口の応酬の合間にも、二人は死体を量産して行く。
「お前ら雑魚は、この俺様が皆~んな叩き斬ってやんぜ!この大っきい奴の出番は無い位になぁ!げひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっっ!!」
その言葉に周囲は色めき立ち、大きな身体のクレインよりかは与し易いと思ったのか、その場に居た者の総てがシュルツに襲い掛かかった。
その数は20余り、流石に大剣で対処するには多すぎる数だ。シュルツは大剣を地面に突き刺し、そこから片刃の剣を分離させると敵の真っ只中へ飛び込んだ。
襲い来る魔法を紙一重で躱し、敵の身体や武器や防具すらも盾とし、襲い来る刃の隙間に身体を通すかの様な立ち回りで、周囲の者の眼には流麗な演舞を演じてるかの様にも錯覚を起こさせる。その上でその身に全てのモノを触れさせない。それで居て剣先が届く者には斬撃をお見舞いして行く。手首を斬り落とし、膝を分断し、首を掻き斬る・・・。彼が動く度に身体から悪臭が撒き散らされ、ソレに顔を顰めた者から命を失って行く。小さな身体だが、小ささを最大限に利用して斬りまくる。
「ぎひゃひゃっ!やはり雑魚はどんだけ数を揃えても雑魚って事だよなぁっ!ギヒヒヒヒっ!」
小さな身体こその立ち回りだ。帝国兵は、為す術もなく狩られ、その数を減らして行った。
(相変わらず良い腕前よねぇ・・・)
クレインのシュルツへの評価は『小さい癖に、腕と口は達者なんだから』と言った感じだ。
「キヒッ、お前さんで最後だなっ!ぎひゃひゃひゃひゃっ!」
「ヒィッ!い、命ばかりは・・・」
「クヒッ!そうだなぁ、命は助けてやるよ。命はなっ!!」
その叫びと共に、命乞いをして来た者の手足を分断してしまう。
「グギャァァァァァァァッ!」
帝国兵は手足を喪った身体が痛みに転げまわる。
「即死はさせねぇよ。無様に命乞いをした罰だっ!精々足掻きなっ!運が良ければ助かるかもよ?ぎっひゃっひゃひゃひゃ!」
(はぁ、全く・・・悪趣味なんですから・・・。致し方ありませんわね)
四肢を切断され、痛みにのた打ち回る兵士を、巨大な金属塊が叩き潰す。
「ワレも悪趣味じゃのぉ・・・」
「あらららん、折角助けた命を無駄にするとはなぁ・・・平和主義者が聞いて呆れるぜぇっ!くひひひひっ!」
「アレで助けたとか言うなや・・・」
「細かい事は気にすんなよぉ~くひひっ!」
ふと周囲を見ると、敵の姿は欠片も見受けられなかった。って言うよりも、二人の異様な戦闘に畏れて周囲から避難した様にも見受けられる。
「ふむ。このまま要塞内部へと逆進撃するか・・・?」
「ぎひっ?悪く無ぇな」
二人は視線を交わすと、連れ立って要塞内部へと入って行った。その背後には、何時の間にか集結したのか、第一陣と第三陣の猛者達が後に続く。
二人は要塞内部に突入すると、部下達に命令を出した。
「ギヒヒヒヒッ!野郎共!俺達『狂騒戦闘団』は好きに蹂躙しろっ!ぎひゃひゃひゃひゃっ!」
「「「「ヒャッハーッ!」」」」
シュルツの命に、荒くれ共が散開して行く。
「儂等『覇王護衛団』は何時も通りに5人一組で行動じゃ!各個撃破を狙って行くのを忘れるんじゃ無いぞっ!」
「「「「「応っ!」」」」
クレインの言葉に、重武装の兵達がチームに分かれ進撃して行く。チームの編成は、前衛に大盾を所持した槍兵X3 『治療士』兼弓兵X1 『魔法士』兼『治療士』X1の編成で、前衛三人が敵を押し留め、後衛二人が補助攻撃、負傷者が出ると弓兵や『魔法士』が『治療士』として動く・・・と言った、生存を重視した鉄壁の布陣だ。
第三陣が主力の部隊として動き、第一陣が遊撃部隊として動く・・・幾多の戦場をも粉砕して来た必勝の構えだ。
帝国兵は集団戦を挑むも、『狂騒戦闘団』に翻弄され『覇王護衛団』蹴散らされて行く。ここまで来ると、最早虐殺である。
「トロールだっ!け、警戒を、グワッ!・・・」
声がした方向では、不運な『覇王護衛団』の小隊が蹴散らされて居た。その先には複数の『トロール族』の姿が見受けられた。独りで30人分に匹敵すると言われる『トロール族』を前にしては、鉄壁を誇ったとしても5人じゃ戦力比は覆らない。
「ギヒッ!本命が着やがったぜ!クレインッ!一足先に行くぜ~っ!ぎゃはははははっっ!!」
今まで本気では無かったのか、シュルツの移動速度が格段に跳ね上がる。その速度のままに『トロール族』の目の前で跳躍すると、その太い首に大剣を叩きこみ跳ね飛ばす。周囲からは『おぉ~っ!』と言う感嘆とも歓声とも取れる声が響いた。
「ギヒッ!先ずは1匹っ!次行くぜオラ~~ッ!」
この頃になると、上空でも艇隊戦闘が始まったらしく、幾多の魔法が夜空を彩り、粉砕され炎に包まれた艇が墜ちてして行く・・・。
「クヒヒヒヒッ!最っ高の状況じゃ無ぇかっ!愉しくなって来やがったぜっ!ぎひゃひゃひゃひゃっ!」
(全く、シュルツ殿は相変わらず不謹慎ね・・・仲間達が落とされてるのよ?もう少し、周囲に配慮とか出来無いモノかしら?)
要塞の奥から、次々に『トロール族』が出てきて、戦況は膠着状態に陥って居た。いや、むしろ状況は『空賊』達に悪いと言っても差し支えは無い。
『狂騒戦闘団』は速度に優れるが火力が足らず『トロール族』の表皮を貫けず被害が拡大、『覇王護衛団』は防御と火力共に優れるが速度が圧倒的に足らず後退を余儀なくされて居る。被害者の割合は、『覇王護衛団』3に対し『狂騒戦闘団』は7にもなる。
「クッソッ!手前ら、手を出すんじゃねぇっ!無駄に殺られるだけだっ!雑魚は引っ込んでろっ!!」
最初の5人までは『トロール族』を比較的に容易く対処出来た。が、その後続の『トロール族』達は別格であった。基本はソロでしか動かないとされてる『トロール族』ではあるが、明らかに連携をして着て居るのだ。
さしものシュルツとクレインと言えども、隙を見せない『トロール族』を攻め倦ねて居る。こうして居る間にも被害は拡大して行く。
「クッソだらぁ~っ!」
シュルツの身体の表面に魔法陣が幾つも輝き始め、それを合図したかの様に筋肉が明らかに盛り上がって行く。
「シュルツ!待つんじゃ!ソレは駄目じゃっ!」
(その魔法は『空賊』でも禁止魔法でしょ?そんなのを使ったら身体が持たないよ!)
「ヘッ!このままじゃ埒が明かねぇっ!後詰は頼んだぜっ!ぎひゃひゃひゃひゃっ!」
クレインの差し出す手を振り切り、限界強化魔法に因り更に加速した身体が『トロール族』に襲い掛かった。最初の一太刀で眼前の『トロール族』の右太腿を断ち切り、その勢いのままに大剣を投擲する。大剣は左斜め前方の『トロール族』の胸板に直撃しソレを貫通、即死させる。投擲された大剣からは既に双剣が分離され、シュルツの両手に収まって居た。
双剣は真っ赤に輝き、『灼熱武器』が発動して居る事が見て取れる。幾ら『トロール族』の表皮が厚くとも生体素材には違いない為に熱には弱い。だが『灼熱武器』には欠陥があり灼熱するのは剣身の部分だが、使用者もその熱によってダメージを受ける。
シュルツの武器は、大剣本体は『ミスリル』が主体だが、分離した方は『アダマンタイト』が主体である。その為、熱で融解する事は無い。
「グギ、ヒヒヒヒッ!」
シュルツの顔は玉の様に浮かんだ汗で一杯である。ソレが『灼熱武器』の熱に因るモノなのか、手に負い続ける火傷の為なのかは判らない。
(またあんな無茶をして・・・オトコってどうしてああなのかしら・・・)
「ギヒヒヒヒッ!」
幾ら重装甲、高火力、高機動力を体現したトロール族と言えども今のシュルツには速度と火力で敵わない。手に持った棍棒毎腕を断ち斬られ燃やされて行く。だが、剣身が短い為にリーチの差で『トロール族』の身体にまでは必殺の威力を持つ刃は届かない。その事はシュルツも熟知してるのか、脚とか腕とかを断ち斬って行く。僅かな時間に計7人もの『トロール族』を死傷させた。
火傷の痛みか、又は魔力切れか、シュルツの動きが格段に低下した。その僅かな隙を見逃す戦闘民族では無い。手近に居た1人がシュルツの身体を逆袈裟に斬り飛ばした。飛ばされた身体がクレインの身体に打つかり、咄嗟ながらもクレインは受け止めた。
「あ・・・こ、この傷は・・・駄目じゃ!動くんじゃないっ!治療士!直ぐに来るんじゃっ!」
押し留め様とするクレインの手を、シュルツはスルリと躱して立ち上がる。
(あっ・・・ダメだよ!死んじゃうよっ!)
クレインは必至で手を伸ばすも、再加速を行ったシュルツへは届かない。
「ぐふ・・・ぐぎ、ヒヒヒヒヒッ!クレイン、部下達を頼むぜ。お前の強さならアイツらも従うだろう。ケヒッ!・・・クッ、戦いの中で死ねるなら本望よ!・・・俺の愛すべき野郎共っ!後はクレインに従いなっ!」
シュルツは遺言の様な言葉を放つと、勢い良く走りだした。目標は、最後部に居て指示らしきモノを出して居る『トロール族』だ。小さな身体を更に縮め脚の間を擦り抜け、武器と武器の間を飛び抜ける。しかし、ソレを黙って見過す『トロール族』ではなく、棍棒がシュルツの右腕を吹き飛ばし、斬撃が脇腹を内蔵と共に斬り飛ばす、それでも尚倒れずに目標に突き進む。目標まで後数メルトの時点で残った左腕を斬り飛ばされた。シュルツは構わずに跳躍すると、脚を巧みに使い指揮官と思われる『トロール族』の側頭部に張り付いた。
「ぎひひひひっ!テメェは潰して置かないとなっ!」
そう叫ぶと、内鎧と外鎧の隙間に刻まれた自爆用の『爆裂』の魔法を発動させた。魔法に因る爆発で、装飾を施された鎧の表面が細かな金属片となり『トロール族』の側頭部に突き刺さりつつ吹き飛ばした。
『爆裂』の魔法を発動したシュルツの下半身と上半身も千切れ飛ぶ。
「シュルツーーーッッ!!」
血に塗れたシュルツの口が何事かを呟いた様に見えるが、ここからでは聞き取れない。
シュルツの魔法の直撃を受けた『トロール族』だが、致命傷にはならなかったらしく、顔を押さえて叫び声を挙げて居た。
「クソッタレがぁ~っ!」
クレインもシュルツに倣い禁止魔法である『限界突破』を発動するべく、魔法陣を腰に付けたポーチから抜き取ると、鎧の魔法陣スロットに装着する。
特定の部位に魔力を籠め『限界突破』を発動する。この魔法は魔力が続く間、規格外の能力をその身に与えるが、その反動が凄まじく、下手をすると命すら落としかねない特攻用身体強化魔法だ。
クレインの身体が、今までに体験した事のないレベルで引き上げられ、元々高い身体能力が『トロール族』を遥かに上回る。
「コレならばっ!」
(凄い!ここまで身体能力が上がるものなの?コレならば行けますわっ!)
『限界突破』に因り、今までにない速度を得たクレインは、シュルツが命を賭して損傷を与えた『トロール族』を擦り潰し、押し潰し、粉砕して行く。抵抗はされるモノの、一対一なら無傷の『トロール族』にも勝利できるクレインである、手負いの『トロール族』なぞ歯牙にも掛けずに粉砕して行く。
残るトロールは6人。だが、ここに着て魔力が枯渇したらしく、魔法の発動を満たすだけの魔力が無くなり明らかに動きが鈍り始めた。クレインの魔力は『オーガ族』にしては規格外だが、それでも総量は『草原の小人』であるシュルツの方が数倍も上である。シュルツと己との魔力量を同等と見ていたクレインの認識の甘さがツケとなって自身に襲い掛かった。
「クッ!動けよっ!アホンダラァ~ッ!」
そんな隙を見逃す『トロール族』ではなく、容赦の無い斬撃をクレインに叩き付けた。動かぬ身体を必死で動かし、何とか『モール』で受け止めるも、衝撃でクレインは吹き飛ばされ、愛用の金属塊も吹き飛ばされてしまった。
「不味いぞ!クレイン様を救い出せっ!」
『クレイン様親衛隊』がクレインを数人がかりで引きずり出し、周囲を円陣で固める。
「ダメ・・・じゃ、儂など放って置け・・・」
「そんな訳には行かないでしょう!?相手はたったの6人です、数で押せば何とかなります」
「『治療士』急げ!」
『治療士』が急いで駆けつけて着て、治療用の魔法符をクレインに貼り付けて行く。
「傷は治療できますが、魔力喪失症はお手上げです。皇国から支給された携帯食はどうでしょうか?味は酷いですがそれなりの効果があると思います」
「誰か持ってる奴は居ないのか?」
「あんな不味いモノ、誰が好き好んで喰うものか!」
「あ・・・」
そんな遣り取りの中、『狂騒戦闘団』が数を頼みに打ち掛かるも鉄壁の布陣を敷いた『トロール族』には全く通用せず、為す術もなく打ち倒され斬り飛ばされて行く。断末魔の悲鳴と怒声が飛び交うも、『狂騒戦闘団』の士気は全く落ちない。が、それ故に被害は拡大して行く・・・。
そんな狂騒の中、黒尽くめの一団がクレインの傍に降り立った、その数は『鳥人』が5名。
「何者だ!?」
「敵の新手か!」
『覇王護衛団』の者が警戒の声を発するが、黒尽くめの長と思われる者が口を開いた。
「我らは『皇国隠密部隊』也。救援部隊を引き連れて参ったで御座る」
(彼らは黒髪のボウヤ直属の・・・?ふふ、本当に私達『空賊』を捨て駒にはしない・・・みたいね)
その言葉に『クレイン様親衛隊』達の顔が歓喜の表情に成るも、その数が5名と気付き声を荒げた。
「たったの5人で何が出来る?レニヨン様のみたいな『大魔法使い』だとでも言うのかっ!?」
その声にも全く動ぜず黒尽くめは落ち着いた声で返した。
「戦力は我らでは御座らん。・・・ふむ、着た様で御座るな。救援部隊は彼ら『皇国陸戦部隊』で御座る。それでは我らはコレにて失礼致すっ!」
その言葉と共に、黒尽くめ達は空に舞い上がって行った。
黒尽くめが舞い上がると同時に、要塞の入り口方面から多数の者が駆けつけて来る音が聞こえて着た。
先頭は『獣人族』であろうか?恐るべき脚の速さで接近してきて、メイスなどの鈍器の様にも見える奇怪な武器を片膝立ちで構えた。
『パヒュゥゥゥゥゥゥゥッッ!!』
甲高い音と共に、先端の鈍器の様なモノが『トロール族』へ向かって高速で射出された。
如何に高速で射出されようとも、戦闘民族である『トロール族』に捉えるのは簡単に見えた様でアッサリとその手にした大剣で弾かれる。
『ガキィィィィンッ!』と言う音と共に、大剣が弾き飛ばされ、鈍器の様なモノも在らぬ方向へ吹き飛んで行った。その予想外の威力に、大剣を弾き飛ばされた『トロール族』の表情が歪んだ気がした。
妙な武器を放った『獣人族』は『シクジッたにゃ~』と言って居る事から『猫人』の様である。
その頃には後続の部隊も追いついてきて、次々に片膝立ちになって行く。
『『『『パヒュゥゥゥゥゥゥゥッッ!!』』』』
余りの音に、反射的に耳を塞ぎたくなる。
(うぅぅ・・・音が五月蝿いけど、耳を塞げないよう・・・。誰か気を利かしてくれないかしら?)
朦朧とする意識の中、クレインはそう願うが、気を利かしてくれる様な者は誰も居なかった・・・と、言うよりも、『親衛隊』同志で牽制し合い、クレインの身体に触れる事・・・が出来ないだけであったが。
鈍器の様な武器は、数個が虚しく弾かれるも、その中の1発が『トロール族』の腕に直撃し、激しい爆発と共にその腕を吹き飛ばす。
「良し、行けるぞっ!各個には放つな!数で押し切るぞっ!」
「第三部隊構え~っ!放てっ!」
号令と共に甲高い音が響き、数個を同時に受けた1人の『トロール族』が上半身を吹き飛ばされ永遠の沈黙を与えられた。
「な、なんだあの武器は・・・?」
「爆発したぞ!?」
「何と言う事だ・・・アレが普及したら今までの戦いが根底から覆るぞ!?」
「キャハ~ッ!俺達も欲しいぜっ!」
「アレは・・・良いモノだっ!」
『空賊』の様々な反響を他所に、次々と妙な武器を放つ皇国軍。6人居た『トロール族』も手の届かない範囲からの攻撃には為す術も無く、脚を吹き飛ばされ、腕をもぎ取られ、頭を爆散されて行く。
「良し、殲滅完了!周囲の警戒に当たれ!」
6人の『トロール族』、戦力換算180名の戦力を有した相手を難なく下した『皇国陸戦隊』に『空賊』達は恐れ慄く。あの火力を此方に向けられたら全滅は必至じゃないか。
警戒の為に周囲に散開した皇国軍だが、上空を通り過ぎる帝国の『浮空艇』から何者かが降りて来るのに気づいた者は居なかった。
「グギャァァァァァッ!!」
声のした方を見ると、3本腕で全身鎧を隙間なく着込んだトロールの姿があった。3本の腕には、それぞれ長剣を握りかなり使い込まれた感がある。
「グげゲゲギャ!此処に黒髪の男は居ナイのか!?」
そう言いつつも、周囲の皇国軍を手当たり次第に斬り倒して行く。
「トロールだ!?未だ居たのか?『爆ト弾』構え~っ!」
「馬鹿っ!近い!仲間に被害が出るぞ!」
「このまま無駄にやられるよりかは良いだろう?構うな、放てっ!」
『皇国陸戦隊』は本来なら後方からの射撃専門部隊だが混戦に否応無しに巻き込まれた為、至近距離で『爆ト弾』が放たれる。そのまま『3本腕』の鎧に突き刺さるも、表面を凹ませただけで爆発は起きない。
「ぐけキャキャキャッ!無駄ダッ!」
『爆ト弾』を容易く無効化すると、その手にした長剣で周囲の者を斬り刻んで行く。
「クソッ!何故効かない!?」
「一度退けっ!態勢を立て直すぞ!」
「無理だっ!ぐぎゃ~~~っ!」
「ぐげっ!」
人の心は弱い。絶対の自信を持った攻撃が封じられると全ての攻撃が効かないモノと諦めてしまう。
瞬く間に皇国軍の被害が増えて行く。
「このまま皇国軍がやられるのを見てる訳にはいかない!行くぞ弓兵隊!目標は敵トロール!構え~~っ!・・・・放てっ!」
隊長らしき者の号令で数多の矢が放たれる。身体強化で増強した肉体から放たれる強弓の威力は凄まじく、金属鎧すら貫通をする。この攻撃にはさしもの『3本腕』も不利を悟った様だ。
「ぐきキャキャキャッ!此処には黒髪の男は居なイ様だし、用は無イ!」
『3本腕』は付近に転がって居る『爆ト弾』用の発射筒を2本、手に持った。
「こレか?」
『爆ト弾』の推進用『竜巻』の魔法を発動すると、そのまま上空で待機して居た帝国の浮空艇に戻って行った。
「と、飛んだ・・・だと!?」
「助かった・・・のか・・・?」
『トロール族』空を飛ぶ・・・ 余りにも異質な光景に、その場の一同が暫し言葉を失う。
だが、一人が我に返るとその後の反応は訓練された兵士のモノである。素早く状況の把握に努め始めた。
完勝すると思われた皇国軍だが、思わぬ反撃により結構な被害を出してしまった。
「イカン!クレイン様を安全な場所に!」
「怪我人の収容と治療を急ぐんだ!」
状況により、『皇国』と『空賊』が自然に手を取り合い協力体制を築いて行く。
だが、後退しようとした瞬間、帝国軍から『浮空都市アナピヤ』全域への法撃が開始された。その火力は凄まじく、浮空島の全てを破壊しようとしてるかの様だ。
「クッソ!動けねぇ」
「ここから出たら焼き殺されるな・・・」
「法撃が止むまで動けないな・・・」
「クレイン様の容態が心配だぜ・・・」
『空賊』の心配と焦りを他所に、法撃は激しさを増して行く・・・。
身動きが取れない為、やれる事と言えば、要塞内部の捜索と散策である。
巨大な身体をしたクレインは、皇国軍の目を引くには十分だった様だ。興味を持ち質問をする皇国軍達。
「この姉ちゃんの容態は?見たところ怪我とかは無さそうだが?」
「はぁ~がなりのべっびんざんだなや~(訳:ほぅ、かなり美しい女性ですね)」
「確かに美しいな・・・」
自分達が敬愛するクレインを良く言われるのは良いのだが、コレ以上ファンが増えても困る『空賊』達であった。
「怪我は治癒したのだが、魔力欠乏症でな・・・そう言えば、皇国の携帯食料は魔力回復に効くと言う。もし持ってたら分けてはくれないだろうか?」
「お?良いぜ。こんなモノでも無いよりかはマシだしな」
見目麗しき美女の為・・・とあって、大量の携帯食料が集められた。
「ささ、クレイン様、コレをどうぞ」
(うぅ、皆の親切が身に沁みますわ・・・)
『親衛隊』の中でも古株の隊長が手ずからにクレインに食べさせる。
(不味っ!!)
余りの不味さに、クレインは何とか留めて居た意識すらも刈り取られて意識を失う。
「ありゃ・・・?」
「クレイン様!」
「お前、コレは毒なんじゃないのか!?」
「いや、普通の携帯食料だが・・・傷んでたのかな?どれどれ・・・」
皇国兵がクレインの食べかけの携帯食料を口へ運ぶ。
「うっ!相変わらず不味いぜ・・・。だが、不味いだけで、ごく普通の携帯食料だな」
その行動に『親衛隊』の面々は声を失う。
「あ・・・か、間接キ・・・」
「へ・・・?」
「な、なんだとっ!」
「キサマ~ッ!」
「な、何の話だ?」
意図せずに間接キスを味わった皇国兵は、胸倉を掴まれ糾弾の的になる。
「おぃ、コイツが何をしたよ?毒見をしただけじゃないか!」
「クソッ!俺の間接キスが・・・」
「誰が貴様のだ!俺のに決まってるだろう!?」
「何ぃ~巫山戯るなっ!」
1つの携帯食料の行方が原因で、皇国にも空賊にも諍いが勃発し、殴り合いの喧嘩へと発展して行った。
こうして、法撃が激しさを増す中、2つの同盟勢力は喧騒の中に包まれて行くのであった。
シュルツ編と違い、クレイン編は1日足らずで完了。
流用が多いものの、話の展開が楽でした。
直情径行で思い立ったら行動のシュルツとは違い、クレインの心の言葉を()で表現しています。




