章間話 運命の一夜 シュルツ目線
夜になったが何故か寝付けず、まんじりとした夜を過ごして居た。
敏感な彼の耳には、遠くから駆けて来る者の足音を捉えて居た。
「カシラァ~、帝国軍の夜襲ですぜ!」
コイツの名前は何だったかな?まぁ、取るに足らない雑魚の名前なぞ、覚えてなんぞは居ない。
「ギヒヒヒッ!夜襲だと?昨日はとんだ邪魔が入ったせいで斬り足らなくて寝付きが悪くなるトコだったから丁度良い。またトロールが出ると良いなぁ。げひゃひゃひゃひゃっ」
「まったくでさぁ~」
「ぎひゃひゃひゃひゃっ!野郎共!祭りの再開だっ!適当に暴れて来いやっ!」
「「「「ヒャッハ~ッ!!」」」」
シュルツの号令と共に、幹部の戦闘狂達が四方へ散って行く。基本的に防衛などと言った考えは持って居ない。攻められたら攻め返す、罠に掛けられたら喰い破る・・・常にアグレッシブな者達で在った。
シュルツは愛用の大剣を背中に担ぎ、身体強化系の魔法を自らに掛けつつ、既に開始されてる剣戟の音や罵声が飛び交う中へ乗り込んで行く。
「げひゃひゃひゃひゃっ!殺ったりぃ~っ!」
大剣の一振りで、2人の帝国の兵士が胴体を両断され転がって行く。振り切った大剣を次の敵の身体に食い込ませ、その勢いを維持したまま正面の敵の首を蹴り折る。折った直後に脚を犠牲者の身体に絡ませ、反動を付けつつ大剣をぶっこ抜く。そして、また敵に斬り掛かる。身体の小さな彼が有効的に敵を屠る為に編み出した、体術と剣術を両立させた異質の剣だ。
「クヒッ!ぎひひひひひぃ~~~~っ!この手応え、この血飛沫、コレだから人斬りは止められ無ぇ~ぜ~っ!」
顔に飛び散った血を少し長めの舌で舐めつつ、狂喜に充ちた凄惨な笑顔で言い放った。
「クッ!こんなチビスケに舐められて堪るかよっ!」
『人間族』の剣士と魔法士と思しき数人の男が連携を敷きつつ襲いかかった。
魔法士が魔法筒を向けてくるも、大剣を振り被り投擲する。投げつける直前に、僅かに『パキン』と言った音が、夜の闇に以外な程大きく鳴り響いた。
「ぐげぇっ!」
投擲された大剣は、狙い違わず魔法士の胸に突き刺さり永遠の沈黙を与える。魔法士は大剣の衝撃と重みで、天を仰ぎつつ跪くかの様に事切れる
真逆自らの獲物を投げるとは思わなかった帝国の剣士に、一瞬の狼狽が表れるも、自らの迂闊な行為で武器を失ったチビスケを始末する為に襲いかかった。
「クサっ!ぎっ!」
「なんだこの臭いはっ!?ぐぎゃっ!」
「ぎゅひっ!?」
シュルツの両手には何時の間にか、片刃で細身の剣が握られて居り、攻撃を紙一重で見切り、ゆらりゆらりと回避しつつ反撃を行なって居た。
脇の下から肩関節を経由し頸動脈を切り裂き、左の脇腹から肋骨の隙間を通し心臓を一刺しにする・・・。大剣と体術では荒々しさが表に出る剣術であったが、双剣に持ち替えた瞬間に、精妙なる技を扱う剣士に切り替わった。
「ぎひゃひゃひゃっ!甘ぇんだよっ! たかが 臭い位で集中力を欠くとはよっ!ぎひひひひっ!」
シュルツは臭い、近くに寄られると正に悶絶する位に臭い。風呂など気が触れてから一度も入っては居ない。その為、周囲に猛烈な悪臭を撒き散らして居る。しかし、その臭さこそシュルツの武器の一つでもある。いきなり悪臭を嗅がされると、人間の思考は身体の拒否反応により思考が一時的にでも停止する。その隙を突くのがシュルツの編み出した戦術だ。
周囲の敵をアッサリ始末すると、大剣の回収に向かう。大剣と双剣を合わせると『パチリ』と言う音と共に、一振りの大剣へと姿を変えた。
「こんな雑魚どもじゃ~渇きは治まらねぇ・・・何処かに獲物は居ねぇかねぇ~ぎひひひ」
体重を掛け、アクロバティックな動きで深く刺さった大剣を回収すると、新たな敵を求めて走りだした。
走りながら敵を見つけると、大剣の重みを利用して斬り裂きつつ大きく振り被り、大剣を斜め上に投擲するかの様に勢いをつけると、その勢いのままに飛び跳ね宙を駆ける。
小さな身体を大剣に隠し、剣の腹で風を受けつつ滑空し、敵を見つけると身体を大きく張り出しブレーキを掛け失速をさせて着地する。そして、周囲に血の雨を降らせて行く。
凶悪なる斬撃に因り、彼の全身は返り血で真っ赤である。
「お?この気配は・・・アッチだな?ぎひゃひゃひゃひゃ!」
空を滑空しつつ気配のした方に向かうと、巨大な金属塊を振り回して居る金属鎧を着込んだ偉丈夫の姿が在った。周囲には、同じ様に金属鎧に大盾を持った兵士達の姿も見える。
「げひゃっ!」
悪戯心が湧いたのか、気配を殺し偉丈夫の背後に忍び寄る。周囲の兵たちに気付かれる事も無く間合いの内に踏み込み、斬撃を振るおうとした所で巨大な金属塊がシュルツ目掛けて襲い掛かって着た。
金属塊を大剣で弾き、その反動を利用して周囲の建物の壁に大剣を突き刺し、強大な膂力を発揮し、重力に逆らい壁面に直立してるかの様に演出する。
「あ・・・なんじゃい、シュルツの旦那かぃ?気配を殺して寄って来るもんじゃからぶん殴るトコじゃったぞ?」
偉丈夫の正体は巨大なモールを振り回す、クレイン・ガウ・オーグルニスだった。
「ぎひっ!相変わらず良い勘をしとる。それでこそ斬り甲斐があるってものよ、げひゃひゃひゃ」
「ふん。ワレと斬り合いなんぞしたいとは思わんよ」
「良いじゃねぇか、斬らせろよ~。痛くしない自信はあるぜ?げひひひひ」
「ふん、その小さい身体を更に縮めてやろうか?」
クレインは、手元の獲物をチラつかせ、そう宣った。
お互いの口調は非常に軽く、物騒な会話ながらお互いに冗談だと言う事が見て取れる。
「ワレも敵の駆逐かぃのぉ?気ぃは進まんが、昼間みたいに共闘でもやらかすか?」
「ぎひひひっ!悪く無ぇな」
『空賊』でも名うての近接戦闘コンビである。帝国の雑兵など物の数ではなく、たった二人が敵の進撃を食い止め、押し返す。
「ぎひゃひゃひゃひゃっ!斬られたい奴は前に出ろ!斬られたくない奴は追いかけて叩っ斬ってやんよっ!」
シュルツは基本的に騒がしい。特に斬れば斬る程に騒がしくなる。その為、敵の目を引き集中して攻撃をされる。それもまたシュルツの戦術ではあるのだが・・・。
「もう少し静かに出来んもんかぃのぉ?」
「ぎひゃひゃひゃひゃ!良いじゃねぇか、減るもんじゃ無し」
「敵がわんさと押し寄せてウザいんじゃがのぉ・・・」
「ぎひゃっ!?どの道、斬らにゃ~減らないんだから同じ事だろうがよぅ?」
「まぁ、そうなんじゃがなぁ・・・」
「しっかし、こんなに斬れるとはなぁっ!あの黒髪の坊主の口車に乗った甲斐があったってものよ。なぁ、クレインよ」
「ワレと一緒にして欲しくはないのぉ・・・こう見えても儂は平和主義者じゃけぇの」
「ケッ!んなミンチを大量生産させながら言う事か!?俺の剣よりも酷いじゃねぇ~か。んな砕く位なら俺に斬らせろよ~」
「ふんっ!敵さんに云うてくれ。儂には突っ掛かって来ない様にじゃ」
クレインのその言葉にシュルツはニタリと笑い大声を張り上げた。こんな軽口の応酬の合間にも、二人は死体を量産して行く。
「お前ら雑魚は、この俺様が皆~んな叩き斬ってやんぜ!この大っきい奴の出番は無い位になぁ!げひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっっ!!」
その言葉に周囲は色めき立ち、大きな身体のクレインよりかは与し易いと思ったのか、その場に居た者の総てがシュルツに襲い掛かかった。
その数は20余り、流石に大剣で対処するには多すぎる数だ。シュルツは大剣を地面に突き刺し、そこから片刃の剣を分離させると敵の真っ只中へ飛び込んだ。
襲い来る魔法を紙一重で躱し、敵の身体や武器や防具すらも盾とし、襲い来る刃の隙間に身体を通すかの様な立ち回りで、周囲の者の眼には流麗な演舞を演じてるかの様にも錯覚を起こさせる。その上でその身に全てのモノを触れさせない。それで居て剣先が届く者には斬撃をお見舞いして行く。手首を斬り落とし、膝を分断し、首を掻き斬る・・・。彼が動く度に身体から悪臭が撒き散らされ、ソレに顔を顰めた者から命を失って行く。小さな身体だが、小ささを最大限に利用して斬りまくる。
「ぎひゃひゃっ!やはり雑魚はどんだけ数を揃えても雑魚って事だよなぁっ!ギヒヒヒヒっ!」
小さな身体こその立ち回りだ。帝国兵は、為す術もなく狩られ、その数を減らして行った。
「キヒッ、お前さんで最後だなっ!ぎひゃひゃひゃひゃっ!」
「ヒィッ!い、命ばかりは・・・」
「クヒッ!そうだなぁ、命は助けてやるよ。命はなっ!!」
その叫びと共に、命乞いをして来た者の手足を分断してしまう。
「グギャァァァァァァァッ!」
手足を喪った身体が痛みに転げまわる。
「即死はさせねぇよ。無様に命乞いをした罰だっ!精々 足掻きなっ!運が良ければ助かるかもよ?ぎっひゃっひゃひゃひゃ!」
痛みにのた打ち回る兵士を、巨大な金属塊が叩き潰す。
「ワレも悪趣味じゃのぉ・・・」
「あらららん、折角助けた命を無駄にするとはなぁ・・・平和主義者が聞いて呆れるぜぇっ!くひひひひっ!」
「アレで助けたとか言うなや・・・」
「細かい事は気にすんなよぉ~くひひっ!」
ふと周囲を見ると、敵の姿は欠片も見受けられなかった。
「ふむ。このまま要塞内部へと逆進撃するか・・・?」
「ぎひっ?悪く無ぇな」
二人は視線を交わすと、連れ立って要塞内部へと入って行った。その背後には、何時の間にか集結したのか、第一陣と第三陣の猛者達が後に続く。
二人は要塞内部に突入すると、部下達に命令を出した。
「ギヒヒヒヒッ!野郎共!俺達『狂騒戦闘団』は好きに蹂躙しろっ!ぎひゃひゃひゃひゃっ!」
「「「「ヒャッハーッ!」」」」
シュルツの命に、荒くれ共が散開して行く。
「儂等『覇王護衛団』は何時も通りに5人一組で行動じゃ!各個撃破を狙って行くのを忘れるんじゃ無いぞっ!」
「「「「「応っ!」」」」
クレインの言葉に、重武装の兵達がチームに分かれ進撃して行く。
第三陣が主力の部隊として動き、第一陣が遊撃部隊として動く・・・幾多の戦場をも粉砕して来た必勝の構えだ。
帝国兵は集団戦を挑むも、『狂騒戦闘団』に翻弄され『覇王護衛団』蹴散らされて行く。ここまで来ると、最早虐殺である。
「トロールだっ!け、警戒を、グワッ!・・・」
声がした方向では、不運な『覇王護衛団』の小隊が蹴散らされて居た。その先には複数の『トロール族』の姿が見受けられた。
「ギヒッ!本命が着やがったぜ!クレインッ!一足先に行くぜ~っ!ぎゃはははははっっ!!」
今まで本気では無かったのか、シュルツの移動速度が格段に跳ね上がる。その速度のままに『トロール族』の目の前で跳躍すると、その太い首に大剣を叩きこみ跳ね飛ばす。周囲からは『おぉ~っ!』と言う感嘆とも歓声とも取れる声が響いた。
「ギヒッ!先ずは1匹っ!次行くぜオラ~~ッ!」
この頃になると、上空でも艇隊戦闘が始まったらしく、幾多の魔法が夜空を彩り、粉砕され炎に包まれた艇が墜ちてして行く・・・。
「クヒヒヒヒッ!最っ高の状況じゃ無ぇかっ!愉しくなって来やがったぜっ!ぎひゃひゃひゃひゃっ!」
要塞の奥から、次々に『トロール族』が出てきて、戦況は膠着状態に陥って居た。いや、むしろ状況は『空賊』達に悪いと言っても差し支えは無い。
『狂騒戦闘団』は速度に優れるが火力が足らず、『トロール族』の表皮を貫けず被害が拡大、『覇王護衛団』は防御と火力共に優れるが、速度が圧倒的に足らず後退を余儀なくされて居る。被害者の割合は、『覇王護衛団』3に対し『狂騒戦闘団』は7にもなる。
「クッソッ!手前ら、手を出すんじゃねぇっ!無駄に殺られるだけだっ!雑魚は引っ込んでろっ!!」
最初の5人までは『トロール族』を比較的に容易く対処出来た。が、その後続の『トロール族』達は別格であった。基本はソロでしか動かないとされてる『トロール族』ではあるが、明らかに連携をして着て居るのだ。
さしものシュルツとクレインと言えども、隙を見せない『トロール族』を攻め倦ねて居る。こうして居る間にも被害は拡大して行く。
「クッソだらぁ~っ!」
シュルツの身体の表面に魔法陣が幾つも輝き始め、それを合図したかの様に筋肉が明らかに盛り上がって行く。
「シュルツ!待つんじゃ!ソレは駄目じゃっ!」
「ヘッ!このままじゃ埒が明かねぇっ!後詰は頼んだぜっ!ぎひゃひゃひゃひゃっ!」
クレインの差し出す手を振り切り、限界強化魔法に因り更に加速した身体が『トロール族』に襲い掛かった。最初の一太刀で眼前の『トロール族』の右太腿を断ち切り、その勢いのままに大剣を投擲する。大剣は左斜め前方の『トロール族』の胸板に直撃しソレを貫通、即死させる。投擲された大剣からは既に双剣が分離され、シュルツの両手に収まって居た。
双剣は真っ赤に輝き、『灼熱武器』が発動して居る事が見て取れる。幾ら『トロール族』の表皮が厚くとも生体素材には違いない為に熱には弱い。だが『灼熱武器』には欠陥があり灼熱するのは剣身の部分だが、使用者もその熱によってダメージを受ける。
シュルツの武器は、大剣本体は『ミスリル』が主体だが、分離した方は『アダマンタイト』が主体である。その為、熱で融解する事は無い。
「グギ、ヒヒヒヒッ!」
シュルツの顔は玉の様に浮かんだ汗で一杯である。ソレが『灼熱武器』の熱に因るモノなのか、手に負い続ける火傷の為なのかは判らない。
「ギヒヒヒヒッ!」
幾ら重装甲、高火力、高機動力を体現した『トロール族』と言えども今のシュルツには速度と火力で敵わない。手に持った棍棒毎腕を断ち斬られ燃やされて行く。だが、剣身が短い為にリーチの差で『トロール族』の身体にまでは必殺の威力を持つ刃は届かない。その事はシュルツも熟知してるのか、脚とか腕とかを断ち斬って行く。僅かな時間に計7人もの『トロール族』を死傷させた。
火傷の痛みか、又は魔力切れか、シュルツの動きが格段に低下した。その僅かな隙を見逃す戦闘民族では無い。手近に居た1人がシュルツの身体を逆袈裟に斬り飛ばした。飛ばされた身体がクレインの身体に打つかり、咄嗟ながらもクレインは受け止めた。
「こ、この傷は・・・駄目じゃ!動くんじゃないっ!治療士!直ぐに来るんじゃっ!」
押し留め様とするクレインの手を、シュルツはスルリと躱して立ち上がる。
「ぐふ・・・ぐぎ、ヒヒヒヒヒッ!クレイン、部下達を頼むぜ。お前の強さならアイツらも従うだろう。ケヒッ!・・・クッ、戦いの中で死ねるなら本望よ!・・・俺の愛すべき野郎共っ!後はクレインに従いなっ!」
シュルツは遺言の様な言葉を放つと、勢い良く走りだした。目標は、最後部に居て指示らしきモノを出して居る『トロール族』だ。小さな身体を更に縮め脚の間を擦り抜け、武器と武器の間を飛び抜ける。しかし、ソレを黙って見過す『トロール族』ではなく、棍棒がシュルツの右腕を吹き飛ばし、斬撃が脇腹を内蔵と共に斬り飛ばす、それでも尚倒れずに目標に突き進む。目標まで後数メルトの時点で残った左腕を斬り飛ばされた。シュルツは構わずに跳躍すると、脚を巧みに使い指揮官と思われる『トロール族』の側頭部に張り付いた。
「ぎひひひひっ!テメェは潰して置かないとなっ!」
そう叫ぶと、内鎧と外鎧の隙間に刻まれた自爆用の『爆裂』の魔法を発動させた。魔法に因る爆発で、装飾を施された鎧の表面が細かな金属片となり『トロール族』の側頭部に突き刺さりつつ吹き飛ばした。
だが、『爆裂』の魔法を発動したシュルツの下半身と上半身も千切れ飛ぶ。
(・・・クラリッサ・・・お前を殺ったトロール共を1000匹屠ると言う誓い・・・749匹しか殺れなかった俺を・・・許してくれるかぃ?)
鬼人とも狂人と評された『元剣聖』の最後の思念は、虐殺された亡き婚約者に捧げるモノであった。
こうして彼の意識は、永遠の暗闇に包まれた。
シュルツの狂気は難産でした・・・。
キャラと同調するのがここまで苦しいのは初めてでしたなぁ。




