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分水嶺 そのろく

「ふんふふふっ♪ふんふふふっ♪ふんふふふふふんっふんふっふ♪」


 俺は鼻歌を歌いつつ『栽培室』へ向かった。『新生オーグル』は『旧オーグル』同様に『栽培室』がある。旧型は『艇長室』がその役目に割当てられて居たが、今回は『艇長室』とは別である。っても、『艇長室』は何とか寝れる程度のベッドと椅子の無い机が在る程度で、非常に狭く個室と言うだけが利点の倉庫の様な所だが・・・。


「今日のメニューは魔力回復効果のある『スラバの葉』と滋味に富んだ『ピグゥーの肉』、そして『ドラグまい』の炒め物にしよう」


 『スラバの葉』とは法蓮草ほうれんそうに良く似た緑色の野菜で、『ピグゥー』とは豚に良く似た野生の獣である。この世界にはイネ科の植物が存在せず、それどころか穀物類が壊滅的に種類が少なかった。この世界の主な農産物は葉物類か豆類か芋類である。立地と気候が原因の様だが・・・その為、この世界での食事とは、栄養補給を重視した『味よりも栄養価』を重視した食事で、美味しいと思える料理は少ない。ただ、『浮空島人ふくうとうひと』以外の味覚は悪くは無いのが不思議な所。いや、アレだろうね、選民意識が高じた結果、変な調理法の食べ物を有難がり、その結果、味覚音痴になったものと推測される。『タンピヤ料理』の不味まずさと言ったら筆舌ひつぜつくしがたい味だったもんなぁ・・・。

 少々話がれてしまったが『ドラグ米』とは『ドラグル豆』を乾燥させ粉末にしたモノに『スヤ芋』と言った山芋に良く似た粘りを持つ芋を擦り下ろしたモノを混ぜ合わせ練り込み、米粒大に成形したモノである。『ドラグル豆』自体が、魔力回復効果と万能栄養食として普及しており、その価値は同じ重さの銀に匹敵する。

 こうして加工された『ドラグ米』は、茹で上がりが赤飯せきはんの様な味とモチモチした触感に仕上がり、非常に美味である。赤飯が嫌いだと全く駄目だろうけども。俺は赤飯ダイスキーな人間だったから今は主食にしてる位だ。一樽分の『ドラグ米』のお値段が5ミスルもするかなりの高級食材だが、このうまさには換えられん。


 熱したミスリル鍋に油を馴染ませ、細切れにした『ピグゥーの肉』をざっと炒めた所に茹で上げた『ドラグ米』を投入、調味料で味を整えたら刻んだ『スラバの葉』をザックリと混ぜあわせ完成。実に簡単な料理だ。それで居て旨く滋味に富んで居る。毎日でも食べたい逸品だ・・・毎日食べたら激太りするであろうが・・・。

 出来た所でちょいとツマミ食い。


「うむ。旨いな」


 料理を大皿に移し、鍋にこびり付いた炒飯もどきを金属ヘラで擦り落とし、口へ運ぶ。


「ん~っ!パリパリとしたオコゲが堪らん~っ!」


 料理をした者だけが味わえる至高の味覚だ。

 

 片手に料理を載せた大皿、もう片手には人数分の取り皿とスプーン。かなりの重量だが、魔法のお陰で難なく持てる。いや~魔法は本当に便利だわ。


 美味しい香りを漂わせつつ通路を進み、『機関室』へと向かった。

 『機関室』の扉は、特定の場所に魔力を籠める事で開く。機構を知ら無い者には開く事すら出来ない扉だ。


「いよぉ~っ!お待ちどぅ~さん」


 室内に景気良く声を掛けると同時に、美味しい香りが室内に充満して行く。


「あ、ジンちゃん、待ってたよ~」


 『機関室』の人員は4名居り、『機関室長』のミレーヌ・ウッドブラスを筆頭に『機関室副長』のソーヤ・グレンフィールド、二人の補佐要員にユニ・ブルーグラスとユウ・ブルーグラスの双子で全員が『草原の小人』である。『機関室』自体がそれほど広いスペースを確保出来なかって言うのがその理由だ。そのお陰で、俺は今、中腰ちゅうごしで非常に苦しい体勢である。

 普段は乱雑に物が置かれてる中央のテーブルは片付けられ、そこに4人の小人が色々な工具を椅子代わりに着いて居る。そして、もう一人何処かで見た様な人が座って居た。


「あ~レニヨン殿?此処ここで何をしてらっしゃるので?」


 その人物は、『大魔法使い』称号を持つ全身白装束の怪人、レニヨン・サーガルウス殿だった。

 レニヨン殿は、コチラを視認 (っても、その顔を覆う仮面には、目も鼻も口も無いのっぺら坊なのだが)すると、『やぁ』と言わんばかりに片手を挙げて挨拶して着た。相変わらず無言だが。


「あれ?ミレーヌさん?レニヨン殿も居らしたので?」


 料理は俺の分も含め『6人分』しか用意して居ない。


「うん。ふと気がつくとソコに座って居たんだ・・・」


 戦慄とした表情で機関室要員の全員がレニヨン殿へと顔を向けて居る。レニヨン殿は、慣れて居るのか気にしないだけなのか、飄々ひょうひょうとした感じで座って居る。意外と図太ずぶとい神経なのかもな。

 そう言えば・・・手料理が云々・・・と、言ってた様な・・・。居るのなら仕方ない、彼女を追い返せれるだけの戦力は持ち合わせて居ない。

 仕方ないので、ここに居る皆に取り皿とスプーンを渡していく。


「艇長殿、何時いつ有難ありが御座ござ居ます」


 頭を下げつつ丁寧な挨拶をしてきたのは副長のソーヤさん。肩口で切り揃えた黒髪が美しい、物静かな女性だ。


「テイチョ~さん、あんがとね~」

「テイチョ~さん、たすかるよ~」


 少し舌足らずなのはユニとユウの双子の女の子だ。一見すると馬鹿っぽく見えるが、機関室要員は全ての者が『魔法士』と『魔導士』であり、全員がとても優秀だ。 

 ミレーヌのハーレム化を狙ったわけではないが、有能さを重視するとこうなった。ま、巧く機能してるみたいだから問題無いが。


「さて、取り皿は行き渡ったかな?んじゃ、食べるとしましょうかね」


 大皿から取り皿へ分け始めると、入り口の扉が大きな音を立て開いた。


「ま、間に合ったかにゃ~っ!?」


 やはり着やがったか・・・このドグサレ食欲魔人は。


「おや?貴女あなたはどなたですか?」

「にゃ?」

「ここは『機関室』ですが・・・貴女の持ち場は『医務室』でしょう?それにタマリン殿はどうなされたので?」

「タマちゃんには回復術式を掛けて眠らせてきたにゃん・・・」

「つまりは、患者を放置して此処に着た・・・と?職務放棄サボりですかな?」

「にゃ?艇長殿はイケずにゃ~」

「職務放棄・・・すなわち、この艇の乗組員で在る事を放棄した・・・そんな方に『艇長』と呼ばれたくは無いですなぁ。さぁ、私たちは料理を処分するとしましょうか」


 普段通りの遣り取りに、機関室要員の皆は慣れ切って居る。

 そして料理に舌鼓したづつみを打ち始めた。『美味しい~』だとか『ほぅ・・・』だとか『ウマウマ』だとか『マグマグ』とか言った声が聴こえて来る。こうも美味そうに食べてくれると料理した甲斐が有ったと言うモノよ。

 しかし、相変わらず『草原の小人』は可愛いなぁ・・・。スプーンをムグムグとくわえて居る様子など、ビデオに撮影して永久保存したい位だ。


 美味しく料理を食べる一同を前にしてターニャがブチ切れた。


「んにゃ~っ!そこまで意地悪するにゃらもう働かにゃいにゃんっ!」


 ふむ。丁度良い。


「ならば、ターニャには艇を降りて貰うとするかね。後任はレニヨン殿で。宜しいですかね?」

「にゃ、にゃにを言ってるのにゃ~っ!」


 レニヨン殿を見ると、何故なにゆえか取り皿の上に魔法陣を展開し、展開した魔法陣へ料理を載せて行って居る。そして、載せられた料理は何処どこともなく消えて居る。レニヨン殿を良く見るとほほの辺りがモグモグとして居る様で、魔法陣の転移先は仮面の口付近に繋がって居る様だ。

 何と言う魔法の無駄遣いだろうか・・・一同がしば唖然あぜんとした様子で眺めて居ると、その視線に気づいたレニヨン殿は、何故かVサインを向けてきた。コイツ・・・コミュ障なのは建前か?実は剽軽ひょうきんな性格なんじゃね?・・・と、思ったが、下手にツッコムとヤバそうなので放置する。


「ターニャは艇を降りるそうです。レニヨン殿が後任と言う事で良いですかね?」


 レニヨン殿の方を見ると、何やら苦悩して居るかの様にうついて居る。その間も、相変わらず魔法陣へ料理を載せ続け、頬をモグモグさせて居るが。

 結論が出た様で、ゆっくりと首を左右に振って否定の意をあらわして来た。


「そうですか・・・残念です。毎日私の世界の料理を振舞ふるまおうかと思ったのですが・・・非常に残念です」


 俺の言葉に、顔を上げて凝視するかの視線を向けて来た・・・様な気がする。仮面のせいで詳細は不明だが。

 先程よりも長い間悩んで居たが、やはり首を左右に振った。


「フラレましたか・・・残念です。『治療士』が居ないと俺も困るからなぁ。仕方がない料理を分けてやるよ・・・」


 まぁ、最初からそのつもりではあったが。その為の『6人分』の料理だし。俺の分が無くなるが、今回は見送るか。


「さ、最初からそう言えば良いにゃっ!」


 ターニャは乱暴に工具箱に腰を掛け、料理を詰め込み始めた。


「旨いにゃ~。艇長殿の愛のこもった料理は旨いにゃ~」

「お前の為に籠めた『愛情』じゃないけどな」

にゃんか耳が遠くにゃったにゃ~、愛の篭った料理は旨いにゃ~」


 聴いちゃねぇし。


 さて、やる事も無くなったし、戻るとするかね。


「んじゃ、俺は戻るわ。食器類は簡単に汚れを拭きとって『しょくせんき』に掛けといてくれよな」

「うん、りょ~かい~。ジンちゃん、アリガトねっ!」


 ミレーヌは立ち上がり手を振ってくれた。俺も手を振って返して置く。

 ふと、レニヨン殿の方を見ると何時の間にか消えて居た・・・アレは幻だったのだろうか?それにしては綺麗な取り皿と汚れたスプーンが残されて居る。

 他の機関室要員や高性能なターニャですら気付かなかったらしく、一同が暫し呆然ぼうぜんとする。だが、気にしても仕方ないと思い知ったのか、食事を再開した。

 『オーグル』の乗組員は非常識人ばかりがつどって居るので、皆が非常識な存在に慣れ切ってしまった様だ。 

 それどころか『『大魔法使い』とは世にも不思議なナマモノだ・・・』と感心した様子でお喋りをして居た。

 

 俺は『機関室』を出て『指揮所』へ向かう。


「あ~腹減った・・・保存食でもかじるとするかね・・・」


 小休止の終了まで、後20分程度はある。腹に軽い物を詰める時間はあるだろう。

 さ、もう少しの辛抱だ。戦闘終了後にタラフク食べるとしましょうかねぇ~。

ドラグ米ですが、一樽で日本円に換算して500万円くらいですかね?

この世界の収納用の樽の容量が480リットル弱。

ドラグ米の値段が高いか安いかはアナタ次第・・・。

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