序章 そのよん
船の中は思ったよりも広かった。正直、もっと雑然としてると思ったものだ。
入って直ぐの場所が指揮所のようだ、中央に舵輪、左右に魔導筒用と思われる半個室みたいなスペースがある。即座に法撃命令が可能なようになってるみたいだ。
船内のあちこちに金属製のパイプみたいなものが張り巡らせてある。
パイプは指揮官用と思われるブースに集結している。伝声管のようなモノだと推測できる。元の世界の船の伝声管は、浸水時にアッという間に沈没する最大の要因になってたそうだが、空の上ならリスク無しでその効果を最大に発揮できるって訳か。なるほどねぇ。
ふと見ると後ろを見ると、下に降りる階段のようなものがある。外から見た感じでは船底から甲板までの高さは5メルト程だったが、ドックに入れられてたから正確な高さは不明のままだ。
内部の把握も艇長の義務と言う事で、調査も兼ねて一通り見ることにする。降りて直ぐの場所は食料庫のようだ。四角い部屋だが艇首方面に廊下が有り、その両脇にドアのようなものがいくつか続いてある。ここは・・・樽とか樽とか樽・・・が置いてある。長櫃の様な長方形の立方体や、扉付きの棚の様なモノも置いてある。中身はほぼ全てが食料の様だ。水は魔法で生成出来る為、多量の水を積み込む必要がないらしい。魔法とは便利なものである。
攻撃手段も魔法に頼るため、武器弾薬も必要無い。その為、船倉は食料品と一部の嗜好品で埋められて居る様だ。
樽の蓋を開けて中を見て居ると、後ろに誰かが居るような気配がする。振り返ろうとすると声を掛けられた。
「あ?つまみ食いかにゃ?アタシも欲しいにゃ。君がつまんだ物を分けて欲しいにゃ。そうすると悪いのは君でアタシは無実で美味しい物を食べられるにゃ。うん、良い案だと思うにゃ。君もそう思うにゃ?」
え?何だ?この自己中なナマモノは?
発言内容は兎も角、スラリとした知的そうな黒猫の顔をした獣人が覗き込んでいた。成る程、コレが獣人族の『猫人』か。
「あれ?食べにゃいのかにゃ?期待はずれにゃ。根性にゃいにゃ。ダメダメだにゃ。人間のクズにゃ。生きてる価値にゃいにゃ。興味が無くにゃったにゃ。バイバイにゃ」
言うだけ言ってそのまま併設してある個室に入っていった。ドアには『医務室』と書かれたプレートが貼り付けてある。
一応、挨拶をしようとノックをしてみるが返事はない。仕方ないのでドアを引いてみるがビクともしない。鍵がかかってるのか?
「すみません。新しい艇長ですが、一言挨拶をしたいのですが?」
と、声を掛けてみた。すると中からの返答はこんな感じであった。
「お腹すいたにゃ。期待外れなダメダメにゃ君には失望したのにゃ。ふて寝するから一昨日来やがれ!だにゃ」
はぁ・・・この船の乗組員はこんなのばかりか・・・うぅ、胃が痛い・・・。
気を取り直し、医務室の正面の扉を見てみる。部屋名のプレートには『病室』と書かれてあった。
診察室と病室は分かれてるのな。中はどうなってんだ?と、ドアを引いてみる。こちらには鍵はなく普通に開くようだ。
中は大きめだが幅の狭い二段ベッドが5つ置いてある。ベッドの脚はそのまま床と天井に伸び、完全に固定できるようになってるようだ。その中の1つに先客が居た。
え?病人か怪我人・・・?と、思い近寄ってみるとエルフ男のザードだった。
あぁ、そういや昏倒させられた後、放り投げられてたよな・・・と、思い、トラブルの原因になりそうだったんでその場を後にした。
医務室の隣は『雑具室』と書いてある。雑具とは何だろうと思い覗いてみる。予備の椅子やら大工用品やら樽のような物と混じり、魔導筒も一緒に置かれていた。
え?こんなに扱いは雑で良いの?・・・とは思ったが、攻撃用の魔方陣を組み込まなければ日用品の扱いなんだよな・・・と思い出した。使い方で武器にもなり日用品にもなるのか・・・発明した人は余程の高性能かアレな人だったんだろうな・・・と、嘗ての同郷人に思いを馳せた。
雑具室の正面は『談話室』と有った。え?病室の隣が騒がしくなりそうな部屋でいいのか?と、思いはしたが、狭い船内を有効活用する為なんだろうと納得する事にした。
中の広さは病室の2倍ほど、床と壁に固定されたカウンタータイプのテーブルと、幾つかの椅子、金属板で囲われた簡単な調理場みたいなスペースが有った。食堂と調理場も兼ねた場所のようだ。
調理器具はどの様なものかと思い一応確認してみる。幾つかの魔方陣が描かれた金属板が棚に収められ、鍋とかフライパンの様なモノも置いてある。水道のようなものは存在しないが、魔導筒で水を生成できるのは確認済みである。調味料はタンピヤで見たもの以上に揃ってる様だ。あそこの食事は酷かった・・・ここの乗組員とは味覚が合うと言いんだけどね。
更に奥へ進むと、ここは乗組員の雑居室となってるようだ。壁際にハンモック様な網があちらこちらに掛けられている。
どうやら先客が居た様だ、3人居るが皆が筋骨隆々の大男である。エルフが細マッチョなら彼らは太マッチョとしか言い用のない見事な体躯である。
3人のリーダー格と思われる一人が話しかけてきた。
「おや?こんにちは。黒い髪・・・と言う事は貴方が新しい艇長さんですね?宜しくお願い致します」
え?見た目に反して礼儀正しいんですけど?声も爽やかだし。個人的には「がはははは!」みたいな野太い声で笑う人を想像したのですが?よく見ると、片眼鏡の様なモノまで掛けて居る。
「私たちは見たとおり田舎者で言葉遣いが恥ずかしいのですが、ご容赦をお願い致します。申し遅れました、私の名前はクリストファー・タンゼントと申します。左に居るのがリチャード、リチャード・マルティネスです。右にいるのがジョン・クリーバンクです。見ての通りオーガ族です。3人とも操帆手を務めさせて頂いています。以後、宜しくお願い致します」
「リチャードと申します。宜しくお願い致します」
「私はジョンです。艇長殿、以後、宜しくお願い致します」
え?え?え?・・・と、私の頭は疑問符だらけになってしまったのは止むを得ないと思いませんか?
タンピヤ人も大概ながら変だったが、彼らもまた変に思えた。確かにまぁ、余所者である私の方が異端・・・なのでしょうねぇ。
「ご丁寧な自己紹介、痛み入ります。私の名前はヒョーエ。ヒョーエ・ジンナイと申します。こちらこそお願い致しますね」
「艇長殿、私達に言葉遣いを合わせて頂かなくても大丈夫ですよ。ヒョーエ殿ですか。これから宜しくお願い致します」
「いえ、私の居た世界では、この様な話し方が普通でしたから。どうぞお気になさらずに」
「そうなのですか?親近感が湧きますね。一度行ってみたいものです」
彼らなら格闘家として引く手数多だろうな・・・と思ったが、流石に口には出せない。いや、マッチョな紳士も現実には多く居たけどね。
言葉遣いが似通った人達が居る・・・それだけで気持ちが落ち着く気がする。彼らとは良い友人関係を結べそうだ。
「艇長殿は艇内の見回りですか?余り引き止めても申し訳ないですので、どうぞ行ってらっしゃいませ」
「ありがとう、そうさせて頂くよ」
実に気持ちの良い方達だ。人は見た目じゃ判らないものだ・・・と、つくづく思ったものだ。
彼らと別れ、ハンモックの森をかき分けつつ進むと船首付近に当たるのか、ドアのない部屋の様なスペースが在った。入口の横には『資材室』と書かれたプレートが貼ってある。
中を覗いてみると木板や金属板と共に、色々な工具が置かれていた。中には男の子が居る。どうやら草原の小人のようだ。
「あ!君がポーラの言ってた艇長さんだね?僕はミレーヌ。ミレーヌ・ウッドブラス。ヨロシクね」
あれ?女の子なのか?草原の小人はよく判らん。
「あ、僕は男だよ。名前が名前だから良く間違われるけどね。あぁ、気にして無いから大丈夫。いつもの事だからね。君の名前を教えてくれると嬉しいな」
「あ、これは申し訳ない。私の名前はヒョーエ・ジンナイと申します。こちらこそ宜しくお願い致します。ミレーヌ殿」
「あぁっと、ミレーヌで良いよ。あ、そだ、ヒョーちゃんとジンちゃん、どっちで呼んで欲しい?」
「あ~っと、私ももう35歳なのでちゃん付けは抵抗が・・・」
「え?・・・本当に・・・?僕よりも年上じゃないか?冗談だよね?」
「いえ、間違いないですよ」
「そっか~子供じゃないから名前で呼ばれるのは嫌なのかな?んじゃ、ジンちゃんで」
草原の小人は他人の話を聞けない種族なのかね?まぁ、気にしても仕方の無いことかも知れんな。
「ミレーヌは何歳くらいなんですか?」
「え?僕?僕は24歳だよ。ふ~ん、35かぁ・・・艇の中じゃ結構年上になるのかもね。大半が20代だって話だし」
やはり草原の小人はよく判らん。どう見ても小学生低学年位にしか見えん。
さっきのオーガ達は何歳くらいなのだろうか?
「僕は資材室に普段から居るから遊びに来てね?あ、そうだジンちゃんは「れいふうき」と「おんぷうひーたー」の発明者だって?浮空艇は暑かったり寒かったりと寒暖の差が激しいから助かるよ」
「あの程度で良ければ、また何か考えておきますよ」
「うん。約束だよ?異世界人は発想が柔軟とか聞いてたけど、実物見て成る程な~って思ったよ」
「褒めてくれて感謝です。あっと、そうだ、見回りの途中だったんだ。他も見て回りたいので失礼しても良いかな?」
「うん。りょ~かい。絶対にまた来てよね?またね~」
成る程。草原の小人も皆がポーラみたいな訳じゃないのな。自己中っぽいのは変わらないが。
さて、と。一度指揮所に戻ってみるか。
合計9人目です。
後4人くらい居ます。
艇長合わせて15人です。
2012/09 『改定済み』