序章 そのさん
ここが新しい家になるのか・・・貸し与えられた浮空艇を観察してみる。
マストやヤードなどから伸びるワイヤー状のロープが、様々な大きさの滑車を経て艇内に引きこまれている。え?もしかして船の中から全て操作できる様にしてあるのか?
海上を航行する船とは、吹き付ける風の勢いが違うだろうから当然といえば当然か。
ふむ、トップスルスクーナーと言うやつか?バウスプリットも有るんだな。どれくらいの速度が出せるんだろうなぁ?今から楽しみだ。
甲板に艇内から帆の様子が見て取れるように、透明なガラスの様なモノで確認できるようになっている。夜空とか綺麗に見えるだろうなぁ。
「ふむ・・・考えられてるな」
浮空艇の裏手に回ってみると、やたらと大きな舵が後部舷側に一枚ずつ取り付けられている。
小回りも良く利きそうだ。 高速且つ小回りが利くのか・・・空の船でも船酔いとか有るのかねぇ・・・今から少し心配だ。
浮空艇の周囲を触ったり眺めてたりしてると、クイクイと服が引っ張られるような気がした。見てみると、純真そうな瞳をした女の子が服を引っ張っていた。
ふむ。誰かの子供かな?子持ちの乗組員も居るんだ?子供を置いて戦場にか・・・どの世界も大変だな・・・と、唸ってると、子供は少し落胆したかのように「はぁ、仕方ないのよね・・・」とか呟いて居る。放置も出来ないので声をかけてみた。
「お嬢さん、どうしました?誰かの見送り?親御さんが心配してるんじゃない?」
と、尋ねてみた。
女の子は、やれやれ、またか・・・と言った感じで反論してきた。
「あたちはこう見えてもこの船の操舵手なのよ?見くびらないで欲ちいわ。アナタが新ちい艇長さんね?本当に黒い髪に黒い瞳なんだ?とても珍ちいわね。あたち、異世界人を見るのは初めてよ。ところでアナタは根性が有るのかちら?かなり揺れたりするけど大丈夫?今から取り止めることも出来るけど・・・アナタは艇長とちてやっていく覚悟はお有り?一癖も二癖ものあるクルーばかりでとても大変よ?あ、そうそう、あたちを可愛らちいお嬢さんと呼ぶのは止めて頂けないかちら?こう見えても大人なんですからね?もちかちたらアナタよりもお姉さんなのかもよ?あ、そうだ、あたちの名前はポーラ。ポーラ・ウィングラス。アナタのお名前を聞かせて頂けないかちら?」
立石に水とはこの子とか、もといこの事か。しかし『可愛らしいと』は一言も言ってない気がするが・・・。余りの勢いに戸惑って居ると、彼女はまた口を開いた。
「あら?御自分の名前を元の世界に忘れてきたのかちら?あたち礼儀のなってない子は嫌いですからね?まぁ、あたちのような妖艶な美女を目の前にちたらムリも無いかもちれないわね。あ、あたちが美人だからって襲ったらダメよ?こう見えても強いんですからね?まぁ、名前は後でいいわ。とりあえずよろちく。先に行ってるわ。あ、そうだ、アナタお料理とか出来るかちら?前の戦闘で料理担当者が戦死ちちゃって美味ちい料理が食べられなくなってちまったの・・・とても悲ちい事ね・・・アナタが料理が出来るのならお願いちても良いかちら?あたちの好きな料理は肉料理全般ね。クルックとシナギクの炒めものなんか美味ちいわよね・・・あらやだ、ヨダレが垂れそうに・・・料理は任せたわよ?おいちい料理が楽ちみね。期待ちてるから頑張りなさいよ。それじゃあたちは行くわね」
トテトテトテと言う足音が聞こえてきそうな感じで船の方に向かって行った。
え?妖艶?何処が?普通に幼女だろ?と、つい返しそうになるもグッと堪える。しかも料理担当にされてるし?
アレが草原の小人か・・・自分にも『癖』があるって自覚はなさそうだな。
なんか・・・一気に疲れた気がする・・・あの相手をしないといけないのか?まぁ、他のクルーに任せられるなら任せたいな。幼女愛好家の趣味はないし。
そろそろ船内も見てみるか・・・と、艇に取り付けられているハシゴに向かい甲板に上がっていると、バサッバサッと言うような音が聞こえてきた。鳥だ!巨大な猛禽類のような鳥が、鋭いかぎ爪をこちらに向けて降下してくる。咄嗟に「殺られる!?」と身構えてしまったが、その大きな鳥は何事もなかったかのように甲板に降り立つと、優雅に礼をし、バリトンの聞いた渋い声で挨拶をしてきた。
「貴君が新任の艇長殿ですな。お初にお目にかかります。拙者は『鳥人』のスカイマーク・タンピヤと申す者。以後お見知りおきの程を」
「あ、はじめまして。こちらこそ宜しくお願い致します。タンピヤの方ですか・・・」
「うむ。我が一族は人族が住まう以前よりタンピヤを棲家にして居ります。正直人族は見分けがつかぬのだが、艇長殿は見分けやすくて宜しい事ですな。」
礼儀正しくて話しやすいお方だ・・・見た目が鳥だけど。
「あ、やっぱり黒髪って珍しいんですかね?」
「うむ。珍しいな。あの様にキラキラした髪では引き千切って収集したくなりますからな。拙者も耐えるのに苦労しております故・・・その点、艇長殿には安心してお仕え出来ますな」
「あ、ははは、そうなんですか。黒い髪で良かった・・・?のかな?」
「幸いにも我が家でもある浮空艇『オーグル』には人族は艇長殿のみでありますからな。うむ。安心である・・・」
え?この人も少しオツムが可哀想な方なのか?と、思うも表情には出さないようにした。
しかし『オーグル』ねぇ、コイツ、そんな名前を付けられてるんだ。
「へぇ~この浮空艇はそんな名前なのですね」
「うむ。オーグルは良い浮空艇であるな。何より速い。そして速い。拙者よりも速く飛べる。ぐぬぬぬぬ・・・悔しいのでがあるが仕方ないのである。だが、それ故に見張りは楽しいのである。艇長殿も直ぐに気に入ると思われますな」
スピード狂って感じか?まぁ、余り触れない方が良さそうだ。
「スカイマークさん、これから宜しくお願い致しますね。あ、申し遅れまし・・・」
名前を告げようとすると、うむうむと頷きながらヨタヨタとペンギンのような足取りで船内への入り口のようなところに向かって行った。
・・・。かなりのセッカチさんなのかな?そう思いつつも、私も後に続いて船内に向かったのだった。
とりあえず4人目。
『オーグル』は「鬼」と言った意味を持ちます。
2012/09 『改定済み』