戦闘開始 そのきゅう
敵の浮空艇を撃破した・・・その安堵感から気を抜いた瞬間、艇体に『ズシン』と言う音と共に天井付近から木屑がバラバラと降り注いできた。
何事かと思い、天井を見上げた瞬間、スレイからの警告があった。
「敵に乗り込まれたでござる!・・・コイツは・・・トロールでござるかっっ!?」
スレイの警告の声と共に天井が大きく破砕され、指揮所に降りてきた異形の姿をした生物らしきモノが言葉を発した。
「ぐげゲゲけケッっ!よくモ我が預かりシ艇を潰シてくれタナっ!」
ガラスとガラスを擦り合わせる様な甲高く耳障りな声であった。
これがトロール族か・・・しかしデカイ!4メルト半位とは聞いてたが、予想以上に大きく感じる。
トロール族の見た目は、黒光りする肌に4本の腕、大きな牙の様なモノが生えた口を持ち複眼のある顔・・・ピチピチの半袖シャツと短パンを履いた巨大な2足歩行の甲虫。それがこのトロール族の外観であった。
「これがトロールか・・・なんて脳筋臭いんだ・・・」
4本の腕に、併せて2本の巨大な棍棒と巨大な両刃の剣を持つその姿は、邪悪な破壊神のような存在感を醸し出している。
無理だ・・・勝てる気が全くしない。指揮所の皆の顔は絶望に彩られていた。毒吐き幼女であるポーラですら言葉を失って居る有様だ。
「まズは艇のコンとロールを破壊すルとシヨうかッ!」
と、言うと、その手に持った巨大な棍棒を浮空石を包み込むフレームに叩き付け、大剣で舵輪を破壊する。
「あぎゃっ!」
「キャンッ!」
弾けるフレームと共にミーシャが棍棒で吹き飛ばされ艇の内壁に叩きつけられる。ポーラは舵輪の破片に巻き込まれ身体のアチコチに木片が突き刺さる。それらと同時に艇がコントロールを失い、傾斜が戻り高度が下がっていく。
「ポーラッ!ミーシャッ!クソッ・・・たかだかトロールなんぞに舐められて堪まるかっ!」
ザードはそう言い放つと、手に魔力を宿らせ30サンチ程の魔方陣を空中に描いていく。
「こちとら伊達や酔狂でダラダラと軍人をやってるって訳じゃねぇんだよっ!喰ぅらぃやがれっ!!」
叫ぶと同時に『雷撃矢』が構築され放たれる!
『雷撃矢』は『雷撃槍』の1段階弱い魔法で、その分魔方陣もかなり簡略化されている。魔方陣の構成を弄る事で矢の本数を増やす事が可能だが、簡易的な分威力が『雷撃槍』に劣る為、魔導筒に用いられる事は殆ど無い。今では廃れた魔法である。
ザードが空中に展開した魔方陣から放たれた5本の紫電の矢が、トロールを目掛け放たれた!
が、トロールの前で『バチュンッ!』と言う音と共に霧散し消えていく。
「なっ!?魔法障壁・・・だと・・・」
トロールの身体を良く見ると、首、手首、腰、足首に金属の輪が嵌められている。どうやらこれらが護符の様である。
茫然とするザードを棍棒で打ち据えつつトロールが嘲笑った。
「グきキキきキっ!魔法陣を描けるノは驚きだガ、そノ様な魔法、効きはセぬわっ!!」
「ゴボブェッ・・・」
吹き飛ばされたザードは、口から血の泡を吹きつつ痙攣している。
「ザードッ!?クソッ!バケモノがぁ~~っ!」
サーシャさんもザードと同じく魔方陣を描いていく。
「ヘッ!喰らいなっ!」
魔法弾を簡単に弾かれてしまったザードとは違い、サーシャは『岩石弾』展開すると、トロールに向けて解き放った。
『ゴキャッ!』と言う音と共にトロールに命中した!・・・と思われたが、振りかぶられた大剣により斬り落とされた。
「なっ・・・」
絶句し、呆然となったサーシャさんに向けて、トロールは棍棒を横薙ぎに振り回した。
「サーシャさん、危ねぇっ!」
咄嗟にしゃがみつつ、サーシャさんの脚を目掛け足払いを叩き込み強引に蹴り倒す。
バランスを取るため咄嗟に伸ばしたサーシャさんの左手首から鈍い音が聞こえ、骨を粉々に粉砕しつつ棍棒は通りすぎていった。
「グゥッ!」
倒れて悶絶するサーシャさんの身体を引きずり、その場で立ち竦んでいたポーラを蹴飛ばし、勢いをつけて下甲板へ繋がる階段に二人を放り込む。
まぁ、死ぬような事は無いだろう。・・・後が怖いが。
万事休すか!?と、身構えたが、操帆室よりオーガ達が、金属棒の様なモノを持ち、加勢に来てくれた。
「艇長殿!ここは我らにお任せを!行くぞジョン!リチャードッ!」
「「了解っ!」」
オーガ3人がトロールに立ち塞がる。
「ジョンッ!リチャードッ!時間を稼いで下さいっ!」
ジョンとリチャードがクリストファーを護るかの様にトロール対峙する。
「クきキキャキャッ!下等種族の分際で、上位種族で在る我等に敵うと思うてかっ!?」
身長差が倍近くもあるトロール相手じゃ、如何にオーガが頑強とは言え、大人と幼児位の差がありそうだ。
力ではトロールにかなり劣るが、敏捷と速度では多少上回ってるようで、手に持った金属棒で何とか凌いで居ると言った状況だ。
オーガ二人が時間稼ぎをしている間に、クリスが服の各所に仕込んでいる魔方陣を起動し『筋肉量増強』『骨密度上昇』『皮膚硬質化』『攻撃力上昇』『敏捷上昇』等の肉体増強系魔法を発動していく。
筋力が増大し、骨の強度が上昇する事で、2メルト半のクリストファーの身長が3メルト半にまで増大する。
おぉ~クリスさん凄ぇな。トロールよりかは少し小さいが、体格的には引けを取って無い。
「さぁ、行きますよ。ふんっ!」
掛け声と共に手にした金属棒をトロールに打ち下ろす。
だが、トロールは手にした大剣で難なく受け止め、お返しとばかりに棍棒を振り回す。
「クききキキャッ!温イッ!温イわっ!!」
クリスは、振り回された棍棒を手にした金属棒で防ぐが、棍棒の圧力に耐えられずアッサリと圧し折れる。
「クキキきっ!貴様!魔法ヲ使うとは、モシや王族かっ!?丁度良い!そノ生命、我ガ貰い受ケるッ!」
え?クリスさんが王族?どう言う事?
「正体を知られてしまったからには貴方を生かして返す訳には行きませんね。第18王子、クリストファー・ガウ・オーグルニスの名に懸けてっ!」
え・・・第18王子・・・?随分と子沢山なのね・・・。
「さぁ、これからが本番です。同胞達の仇、今こそ晴らす時です。行きますよっ!」
ジョンとリチャードから金属棒を譲り受けたクリストファーの動きが加速する!
両手の金属棒が目にも留まらぬ速さで振るわれ、トロールを追い詰めていく。
「下等種族風情が生意気ナッ!」
クリスの動きに合わせる様にトロールの動きも加速して行く。大剣と金属棒が火花を散らし、棍棒を構成する木材の破片が周囲に飛び散る!
このまま続くかと思われた攻防も、トロールの狙いすました一撃が棍棒に金属棒を食い込ませ、クリスの攻撃を封じる。次の瞬間、逆袈裟懸けに斬り上げられ蹴飛ばされたクリスの巨体が、指揮所の壁に減り込んだ。
「「王子っ!」」
ジョンとリチャードが叫びつつ素手で殴りかかるも、棍棒で殴り飛ばされ、大剣で斬り伏せられる。
クリストファーとリチャードは大量の血の海に沈み、ジョンはピクリとも動かない。
「クきゃキャキャきゃきゃッ!脆イ!脆過ぎルわっ!!」
余りの強さに言葉も出ない。
グッ!瞬く間に主力が壊滅か・・・絶望的じゃね?
余りの絶望的状況に思考が停止して居ると、トロールが口を開いた。
「オ前っ!そノ髪は異世界人か!?軍師様二良い手土産が出来そウダッ!我が失態も帳消し出来るカも知レん!」
昆虫の表情は分からないが、ニヤリと笑った様な気がする。
げふ・・・ターゲットロックオンされた!?しかし、チャンスでもある。手土産にするって事は少なくとも殺されない可能性が高い。何とか隙を見つけて反撃に転じないと・・・。それに、皆を早く治療しないとヤバイ。
その時、待ち望んでいた人物から声を掛けられた。
「ジンちゃんっ!大丈夫っ!?」
艇の前方を見るとミレーヌ、ユーリス、ターニャの3人が槍の様なモノを此方に向けて立っていた。何とか間に合ってくれたか?
これで望みが出て来たかも知れん。
ミレーヌ愛してるぜっ!お前は最高の相棒だっ!
「ミレーヌっ!状況が状況だ!アレは使えるかっ!?」
「嫌でも使わないと皆が死んじゃうでしょっ!」
「スマンッ!この礼は必ずする!」
「ぐキキきキきき!何をスるかは知らンが、無駄な足掻きヨっ!こノ男ハ我ガ頂イて行くっ!」
トロールの言葉に反応し、ターニャが80サンチにも及ぶ魔方陣を展開しながら叫んだ。
「その肉はアタシのにゃ!お前にゃんかに渡してにゃるモノかっっ!!」
・・・あれ?聞き間違いかな?今確かに『肉』って言わなかったかな?
はははは・・・おかしいな、あまりの絶望に幻聴が聞こえた様な気がするなぁ・・・。
ターニャの展開している魔方陣は今まで見た事も無い位に複雑で精緻なモノだった。凄まじく繊細で精緻な魔方陣を、両手を使いながら僅か4秒足らずで構築し発動に漕ぎ着けた。
「うにゃ~~~~っっ!アタシの肉に手出しはさせ無いにゃ!代わりにこれでも喰らうにゃ~~っっ!!」
ターニャが叫ぶと共に中位神聖系攻撃魔法『聖光矢』の魔法が解き放たれた。巨大な光の柱が魔方陣から数十サンチの位置で収束し、直径5サンチ程の白いレーザー状の光の棒が、トロールの魔法障壁をアッサリ貫通、大剣を根本から斬り飛ばしつつトロールの右手の1本を灼き飛ばす。
凄まじい威力だ・・・ただの食人鬼じゃなかったのな。
・・・しかし、天才的で凄腕の食人鬼って、メチャメチャヤバくね?
・・・ま、まぁ、後の事はこの場を乗り切ってから考えるとしよう。
「ぐぎょギョギョきょっ!!ヨくモ我ノ腕ヲッっ!!」
トロールは呻き、左手で右手の斬り口を押さえて片膝を着いている。高密度、超高温の光の刃で灼き切られた為か、血は焼き固められたようだ。トロールの腕と共に、艇体の内装も焦げて火が付いているのだが・・・早く何とかしないと・・・。
艇の前方を見ると、ターニャもかなりの魔力を喪失したのか片膝を着き大きく喘いでいる。
「あの甘美にゃる血肉はアタシのモノにゃ・・・誰にも渡さにゃいにゃ・・・」
え~と、その~、助けてくれてる事は嬉しいが、何と言うかゴメンナサイ。




