戦闘開始 そのはち
速度はどんどん上がり、少しずつ離せてるようだ。しかし、艇体からは『ギシギシ』と軋むような音が聞こえてきている。
このまま持ってくれたら御の字だな。
後方の『魔法投影』を見る限りでは、確実に離していけている・・・急降下だから離せてるのであって、通常の速度は完全に凌駕されてるみたいだな。
その時、何か、こう見られているような、『うなじ』の辺りがザワザワと言うかピリピリする様な感覚がした。まさか、コイツは・・・。
「ポーラ!取舵だ!緊急回避!」
「っ!?あいさ~っ!」
命令と共に艇が左へ曲がり右へ大きく傾く。回避した直後に先程まで艇が居た場所を目掛け紫電光が突き抜ける。
命令した人間が急旋回に耐えられず、情けない事に大きくバランスを崩し蹈鞴を踏む。
だ、誰にも見られていないだろうな?・・・と、思いつつ周囲を見るが、誰も気にしていない様だ。ポーラが何故かクスクスと笑っていたが、気にしない事にする。
「見たところ、敵は旋回型砲塔を有してる。危ないと思ったらポーラの判断で回避を!」
「あいさ~。ところで旋回型砲塔って何なのかちら?」
「あぁ、元の世界の基本的な武装だ。帝国の異世界人の知識だろう。機構次第だが、上下左右に照準が付けられるはずだ。軸線が合って無いからと言って油断すると喰われるぞ!」
「個人用魔導筒の自在性を持たせた戦闘艇版ってとこなのね」
「あぁ、そんな所だ」
「艇長さんは、その辺りの有用な知識は持って無いのね」
「・・・まだこの世界に着て1ヶ月程度しか経っていない。時間さえ有れば幾らでも!あの世界は一般人でも、趣味次第で幾らでも知識を得られたからな!」
「期待しても良いのかちら?」
「あぁ!生き延びられたらな!」
「そうね、生き延びられたら考えまちょうね」
この会話の間にも紫電の光が艇体を掠め、回避のため艇が大きく揺らぐ。ポーラの会話をしながらの回避行動、誠に頼もしい限りである。
後方の『魔法投影』を見ると、かなり引き離せたように見える。このまま諦めてくれると良いのだが。
その時、永遠に来なければ良いと思ってた言葉がミーシャの口から紡ぎ出される。
「高度3000だべ!」
クッ!遂に来たか・・・。
「降下角30°だ!高度1500で20°、1000で10°、500で上昇角10°に!」
「あい。了解だべ」
角度を細かく刻んで立て直す他ないか・・・少しでも距離を稼がないと。
あいつらの動力源は何かは知らんが無限では無いはず。
角度を立て直す度に艇体が『ギチギチ』『メキョメキョ』『ガキガキ』と、余り聞きたくない音がしてきている。
まぁ、空中分解しないだけマシだな。
「高度500だべ。上昇角10°にするべさ」
その声と共に、今まで下向きであった艇が上向きになる。それと同時に指揮所付近のフレームから『ゴキンッ!』と言う、何かが折れるような音がした。音はしたものの、直ぐ様影響が出る訳では無い様だ。
「今、ヤバイ音がしなかったか?」
誰とは無く言ってみるが、返答はない。皆がヤバイって事は理解してるが、口には出せないってのが正直な所だろう。
ふと、後部を示す『魔法投影』を見ると、敵の姿が無い。お?振り切ったか・・・と、思ったものの、そうではない事に気づいた。
「うぬ?敵の姿が消えたと思ったら、上昇角の場合は後方上空が見えないじゃないか・・・そう言えば。スレイ!敵の位置はどうなってる?」
「上に被られたでござる!このままじゃ不味いでござるよ!」
上に被られた・・・?あっ!?最短距離で被って来やがったのか・・・何と言う盲点!不味い、不味いぞ・・・。
真上を占拠されたら何も出来ないじゃないか。それに対して、旋回砲塔を持つ敵は撃つ事が出来るのか・・・真上や真下に攻撃なんて今までの艇の構造上不可能だったから、最初から考慮されてないのな・・・。
不味いな・・・どうするか・・・?機動力の差がここまで影響しようとはっ!
「スレイ!今現在の風向きは?」
「10時方向からの向かい風でござる!」
向かい風か・・・行けるか?
「操帆室!オーガ三名で以って第一帆柱の帆を展開!風でブレーキをかける!出来るか!?」
「ふむ。私一人では無理ですが、3人でやれば可能かも知れません。いや、出来ます!」
「良し!任せた!直ぐに頼む!」
「了解です」
「法撃手!『雷撃槍』法撃準備!」
「了解っ!」
「あいよっ!」
あのサイズで全周囲を重装甲で固めるとか有り得ん。後方の装甲は薄い筈!・・・もし駄目なら諦めるか。
「スレイ!敵の位置と高度はっ!?」
「ほぼ真上、高度は約800でござる!間もなく敵法撃の射程圏内と思われるでござる!」
良いタイミングだ。問題は艇が持つかどうかだな・・・。
「こちら操帆室。帆を張りますよ!衝撃に備えて下さい!」
その言葉と共に艇の行き足が急激に遅くなり、艇から『ゴキゴキ』と鈍い音が聞こえ、つんのめる様な衝撃が襲ってきた。
「ミーシャ!上昇角60°!」
「了解だべ」
角度が急激に上がり、『魔法投影』に敵の後部が映し出される。全体的な見た目はケチャップの容器みたいな形状をしてる様だ。
充填速度は約4秒・・・ならばここだ!
「法撃開始!撃って撃って撃ちまくれ~っっ!!」
「ハッ!望む所よ!」
「任せなっ!」
『雷撃槍』の紫電光が敵のケチャッ・・・涙滴型艇体に突き刺さる!
今度は弾かれる事も無く損傷を与えたようだ。それと共に敵の速度が大幅に低下する。
「ミーシャ!敵を中心に捉えられる様な角度調整を任せた!法撃手!良いぞ!撃ちまくれ~っ!!」
これで陥とせないと何も出来んな。
その心配を他所に、敵の艇体の損傷は拡大していく。
ふぅ~・・・何とか成ったか・・・と、安堵の溜息をついた。