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序章 そのじゅう

 ずはミレーヌの所に行こう。操帆室と下層船室とを繋ぐ入り口を作ってもらわないと。

 指揮所から食料庫に下り、前から誰も来ない事を確認し、医務室の前を足音をなるべく立てないようにダッシュで通り抜ける。


「ふぅ・・・何とか魔窟まくつからは逃げられたか・・・」


 額にじっとりとかいた汗を手の甲で拭う。

 もう完全にトラウマである。いや、安心してた所に食いつかれたら誰でもこうなると思いますよ?

 途中、『談話室』からやたらと騒がしい声が聞こえてきた。

 

 そっとドアを開けてみると、『談話室』には何人かの姿があった。多少揺れてるが気にもせずにカードゲームにきょうじてるようだ。ユーリスとザードとフェル、そしてオーガのリチャードの様だ。

 しばながめてると『ああっ!』とか『次こそはっ!』『った~やられたぜぃっ!』とか『次は負けませんよ』とか聞こえてくる。


 一頻ひとしきり眺めていたが、気さくな艇長風に声を掛けてみた。


「よぉっ!勝ってるかぃ?」


 反応は様々だった。


「あぁん?テメエかよ?何のようだ?」

「ヤフーッ!勝ったり負けたりでさぁっ!艇長も混ざりますぅ?」

「ひぃっ!な、何も悪い事してないよっ!」

「これは艇長殿。勝率はボチボチですね」


 一人、恐怖に歪んだ顔をしてるな・・・そこまで嫌がらなくても。でも、期待に満ちた目をしてるように見えるのは気のせいか?


「いや、騒がしかったんで何事かと思ってね。ごゆっくりどうぞ」


 と、ドアを閉めその場を後にする。素早く医務室方面を視認し、誰も居ないことを確認し、素早くそこを離れる。


「やれやれ・・・心臓に悪いぜ・・・」


 足早に艇首方面に向かう。緊張にビクビクしながらハンモックを掻き分けつつ進む。ようやく突き当り『資材室』と書かれたプレートを目にし安堵する。

 さぁ、気を取り直していくか。コンコンと入り口の壁をノックする。何か作業をして居た『草原の小人』がこちらを振り向く。声を掛けられる前にこちらから掛けておく。


「やぁ、ミレーヌさん。遊びに来ましたよ」


 取り敢えずは遊びに来たと言う事にしておこう。


「あ、ジンちゃん!来てくれたんだね」

「ミレーヌさん、先程は怪我の治療、心より感謝です。有難うございました」

「『さん』とか付けて呼ばないでってば。ミレーヌで良いよ。それに怪我の治療は僕の役目みたいなものだし」

「いや、恩人に対して丁寧に接するのは当然でしょう?」

「名前に『さん』とかつけるような人に知り合いは居ないよ。お引き取り下さい」


 そ、そりゃ困る。


「判りました。ミレーヌ、これで良いですか?」

「変な敬語も要らない」

「仕方ないな。判ったよ。さっきは有り難うな。助かったよ」

「うん。それなら良い。何度も言うけど、あれも僕の仕事の一つだからね。そう言えばサーちゃんはどうしたの?」


 本当のことを言うべきか?いや、ミレーヌにとってサーシャさんは恩人みたいだし、それで機嫌が悪くなっても嫌だしな。ここはポーラに泥をかぶって貰おうか。


「いや~ポーラが色々と言葉責めしたら何か泣いちゃって・・・」

「あぁ~ポーラはキツイからねぇ。僕もポーラは少し苦手だな。本人の前じゃ言えないけどね」


 あれ?ポーラはポーちゃんとは呼ばないのか?聞いてみるか。


「ミレーヌはさ、俺達の事は『ジンちゃん』とか『ちゃん』を付けて呼ぶのに、ポーラの事は『ポーちゃん』とかって呼ばないのな?」

「あ~初めて会った時にポーちゃんって呼んだらさ・・・」


 あ、なんか想像できた気がする。


「『アナタはあたちの何かちら?兄妹?幼馴染?そんな初対面の相手に『ポーちゃん』なんて呼ばれるほどしたちく無い筈なのね。馴れ馴れちく『ポーちゃん』って呼ぶのは止めてくれないかちら?』・・・とかって延々えんえんと言われちゃってさ・・・だからそう呼ぶのは嫌なんだ・・・」

「あ~判る気がする・・・口を挟む隙とか無いもんな」

「そうそう、相手が誰でも同じなんだよね。どういった育ちをしたんだろ?」

「何処かのお嬢様かもな?すんごい家柄のさ。そして、親と喧嘩して家出してそのまま・・・とか、有り得そうだよな」

「あはははは、それ、有りそうだよね」


 一頻りポーラの話題で盛り上がる。


「そう言えばジンちゃんは何しに来たの?何か頼み事?」


 さて、ここからが肝心だ。巧く誘導しないとな。


「いや、治療のお礼も兼ねて挨拶にな。初めて会った時『また来てね~』とかって言ってたじゃん。だから遊びに来たんだよ」

「あ、そうなんだ!ありがとう!ここって誰も来ないから暇なんだよね~。大抵は『談話室』に行くし、寝るのは船室だし、一番辺鄙いちばんへんぴなところだからね」

「そっか。じゃ、暇を見つけて遊びに来るよ」

「そうしてくれると嬉しいな」


 よし!良い流れだ。


「あ~でも、医務室の前を通らないといけないんだよな」

「ターちゃんかぁ・・・前々から血とか見たら興奮してたけど、そんなにも気に留めてなかったからなぁ。まさかジンちゃんを食べようとするとはねぇ」


 いや、実際に食べられたんですけどね?


「遊びに来るとなるとあの人が障害になるんだねぇ。困ったものだ」

「ん~どうしようか?」


 良し!ここだ!


「艇長権限を行使して、医務室を通らなくても済むような入り口を資材室付近に造っちゃおうか?」

「あ、良いね!でも、そんな事をしても良いのかな?」

「まぁ、大丈夫でしょ」


 良い感じで進行してるな。


「造るとしたらどんな感じかな?」

「そだねぇ~、登り下りは梯子はしごみたいにして、開け閉め可能なふたみたいにすれば転落事故も抑えられて良いかもしれない。『操帆室』から直接に下層船室に降りられるなら、みんな喜ぶだろうしな」

「なるほど。皆の為にもなるかな」

「なると思うよ」


 良し!ほぼ確定したな。


「ん~ちょっと待ってね。確かこの辺りに・・・ん~何処にやったかなぁ?」


 ミレーヌはゴソゴソと棚をあさって居る。暫く眺めてると『有った有った』と巻物らしき紙の束を持ちだしてきた。この浮空艇の見取り図のようだ。


「現在地がここでしょ?『操帆室』がここ。両舷のこの辺りに利用できそうなスペースがあるんだよね」

「なるほど。ここなら邪魔にも成らないかな?」

「うん、大丈夫だと思う」

「それで完成までにどれくらい掛かる?」

「ん~どうだろ?まぁ、天井というか床を切り抜いて、取っ手と蝶番組み付けて、梯子を取り付けるだけだから・・・明日の朝くらい?」

「おぉ~流石に仕事が早いな。サーシャさんが褒めてたからな。仕事が出来るって」

「いやいやいや、そんな事はないよ」


 何とか話はまとまったな。


「どうする?すぐに取り掛かろうか?」

「お?そりゃ嬉しいね~」

「んじゃ、用意するから待ってて。一緒に行こう」


 可愛い事を言ってくれる。感謝感謝ですな。

 ゴソゴソ、ゴトゴトとのこぎりやら釘やら色々な資材を棚から持ちだし始めた。


「荷物は俺が持つよ」

「良いの?」

「おぅ!俺も助かるからな。皆も助かるだろうけど」

「あはははは。そこまで怖がらなくても良いのに~」


 雑談しながら上へと向かう。

 いやぁ~二人だと心強いね。

 『食料庫』付近まで来た時に、何やら視線を感じた。

 ふとたるの間を見てみると、そこには獲物を狙うような目付きをし、舌舐したなめずりをして居る『猫人ねこひと』が潜んで居た。


「ヒィッ!」

「ジンちゃんどうしたの?」

「あ、あそこに人外生物が!」

「え?どこに?」

「樽の間っ!ぎぃゃ~~っ!!」


 特大の叫び声が喉からあふれでてきた。やべっ!ミレーヌが居なかったら狙われてたかも知れん!

 慌てて資材室の方に逃げようとする。するとターニャが叫んだ。


「待つにゃ!」

「待てと言われて待つ馬鹿は居ない!」


 そう振り返り駆け出そうとしたら、『談話室』のドアが開き、中から人が出てきた。

 

「何か騒々しいですが、一体何がありましたか?」


 リチャードだと?退路をふさがれた!?

 

「リチャードすまん。道をゆずってくれ!」


 訳も分からない内に譲ってくれようとしたが、『談話室』から更に人が出てきて完全に塞がれる。

 引くか進むか躊躇ちゅうちょしてるとターニャが口を開いた。


「待ってにゃ。にゃにもしにゃいにゃ・・・」 

「ジンちゃん待ってあげて、謝ろうとしてるみたいだよ」

 

 いや、嘘だ!さっき舌舐めずりしてたぞ。


「アレからテイチョーの事を考えたら胸がキューキューするにゃ。こんにゃ気持ち初めてにゃ」


 愛の告白っぽいですが、そこは胸じゃなくお腹だと思いますよ?


「一緒に居たいにゃ!好きにゃのにゃ!愛してるのにゃ!」


 え~愛してるのは私の『血肉』なのでは無いでしょうか?


「ゴメンナサイ。間に合ってます」


 かじられた後で告白されても・・・無理と言うものですよ?


「さっきは血に酔って少し理性が飛んだだけにゃ。もうしにゃいにゃ!」


 え~と、血に酔う時点で問題有ると思うのですが?


「お願いにゃ!もうテイチョーの事しか考えられにゃいにゃ!嫌われたままじゃかにゃしいにゃ!許して欲しいにゃ!」


 周囲を見てみると、その場に居る男連中はターニャを同情的な目で見ている。そして、非難する視線がこっちに集中するぅっ!


「ジンちゃん・・・流石に可哀想だよ・・・許してあげなよ」

「艇長殿、流石にもうやらないと言ってますし、許してあげたら如何ですかな?」

「ケッ!女も許せないようなゴミクズだったとはなぁ」

「ヤハハッ!艇長もなかなか厳しい男ですねぇ~」

「・・・・・」


 ひぃっ!視線が痛い。え?齧られた被害者が悪者に?

 本当に悪いと思ってるのか、一つ試してみよう。


「あ、樽の横に血の滴る美味しそうな生肉が!!」


  

 ま、お約束だが・・・。


「え!?どこにゃ!?どこに有るにゃ!!アタシの生肉はど~こ~にゃ~~~っ!」 


 やっぱりか・・・猫をかぶってやがったな。

 先ほどとは打って変わり、非難の冷ややかな視線がターニャに集中する。


「ほらな?反省してないだろ?俺以外の事も考えられるじゃん」


 『猫人』の表情は判らんが「シマッた~」ってな感じに見える。

 

「そ、そうにゃ。アタシはやる事があったのにゃ・・・バイバイにゃ!」


 そう言うなり『医務室』に入っていった。


「ほらな?新しい出入口は必要だろ?」

「うんそうだね。必要だね。すぐに取り掛かるよ」


 ミレーヌの表情は虚ろな感じになっていた。アッサリ騙されすぎだって。


「お前らもアッサリ騙されてるんじゃぇよ!」


 当然ながら他の男連中も責めておく。


「女は怖いな・・・」

「そういや姐さんも騙されたって言ってたっすねぇ・・・」

「私とした事が騙されてしまったようですね。艇長殿、申し訳ありません」

「・・・・・」


 ここまで鈍い男共だったから、食人鬼がバレなかったんだろうな・・・と、納得してしまった。


「さ、ミレーヌ行こうか。サクッと終わらせてしまおう」

「うん。ジンちゃんごめん・・・」

「気にすんなって、そのうち見分けれるようになれば良いさ」

「うん。気をつけるよ・・・」


 何と言うか、前途は多難すぎる・・・このままここに居て大丈夫なのだろうか?

 ってか、並のブラックな会社とは比較にも成らない位にこの職場は黒くね?

 前の世界は、少なくとも食人鬼と一緒に働く必然は無かったしなぁ・・・。


 と、こんな感じで、違う世界の新しい職場での生活が始まったのであった。

 


異性は何かと怖いですよね・・・・。


設定の方に、序章終了時の人物一覧を掲載。

年齢その他の簡易的情報を記載。


2012/09 『改定済み』

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